ウィルフレド、手のひらで転がる。
(ウィルフレド視点)
昨日はいい天気だった。そして、今日も。
窓から差し込む朝日をみて、ため息をついた。
僕には姉がいる。・・・・・ようだ。
「それ」を知らないわけじゃない。見たことも、声を聞いたこともある。
でも、どう思ってるかなんて考えたこともなかった。
姉の名前はリーシャ。母様をずっと悲しませていた身分の低い妾から生まれた子だ。
母様はリーシャの母を身の程知らずで傲慢で、とても卑怯だったという。
僕は父様だって悪いんじゃないかとは思ったけど・・・・・言わなかった。
その人は僕の産まれる前に亡くなっていて本当のところは知らない。けど、母様が悲しんでいるのは知ってた。だから母様が落ち着くならいないやつのことなんてどんなに酷く言ってもいいと思っていた。
母様が元より話を大きくして話しているだろうとは思っていたはずなのに、いつの間にか僕の中にもそういう気持ちが根ざしていたようだ。
その娘が身を小さくして、僕にウィルフレド様。と声を掛けるのだって、媚をうっているだけだから無視しなさいと言われれば、そうかもしれないと・・・・・疑問も持たず頷いていた。
そう、印象に薄い姉だった。目を伏せ、ボソボソ喋って、それも挨拶くらいしか聞いたこともなくて。だから考えなかった。
寂しいのかな、なんて。悲しいのかな、なんて。
その日、姉は母様の部屋の前へ現れた。
中庭から、空を飛ぶなんて真似をしてまで、現れた。
「おかあさま。私、そんなふうに呼んでいいのか分からないのです」
「ねぇおかあさま。どうかこの窓を開けて、一度でいいから私に笑ってくださいませんか・・・・・」
リーシャの声が、いつになくハッキリと聞こえた。
中にいるのは僕で、母様は奥の書斎だ。
母様に聞こえやしないのに、そんなこと知らないリーシャは訴えた。
笑ってほしい、なんて。
そう言えば、リーシャは部屋から殆ど出ないらしい。だから、たまに部屋を出るとわざわざ母様にリーシャが部屋を出たとメイドから報告を受けるのだ。
リーシャの部屋を母様が訪ねることはない。僕も。そして、父様だって行かないだろう。
あの子は、毎日どう過ごしているのだろうか?
書斎から母様が出てきた。リーシャが来ています、話を聞いてあげませんかと提案する前に母様はリーシャに冷たく厳しいことを言った。
「お、かあさま」
穢らわしいと言われれ、何とか返した言葉は酷く震えていた。
リーシャの絶望が伝わってくるようだった。
胸が傷んだ。あの子の母親はもういない。それがどんなに意地悪な女だったとしても、リーシャは母を亡くしているのだ。
あの子の母親になれるのは、母様しかいないのに。
カーテンをひかれ、リーシャが見えなくなってから母様はいつもの優しい顔で振り返った。
「ウィルフレド、気にしないでくださいね。妾の子に気を使う必要はないのですよ」
「でも、母様。あの子もかわいそうでは?」
「そうかもしれない。でも、私には許せないのです。あれは私の一番嫌いな女の子どもなのですから」
眉根を寄せた母に何も言えず、口を閉じた。
母様だって被害者だ。
悪いのは、リーシャの母と、父様。けど母様は父様に文句は言えないから、あの子を責めるしかないのかもしれなかった。
母様がそんなに苦しいなら、僕があの子との橋渡しをして、恨みをなくして楽しく過ごせないのかな、とふと思いついた。
・・・・・とてもいい考えに思えたのだ。
* * * * *
それが昨日。
僕は早速リーシャの部屋へ行くことにした。
きちんと先触れも出したし、姉弟なのだから僕が出向いてもおかしくはないはずだ。
おかしくないのに行ったことが無かったから、なんだか違和感があった。
ノックをすると返事がひとつ。
ドアを開けに来ないなと思い、自分で開ける。久しぶりに扉を自分で開けたきがした。
弟が来ると前触れがあって、本妻の息子で、普段「様」付けまでしている相手にドアを開けに来ないなんて・・・・・誰も訪ねてこないからマナーも学ぶ機会がなかったのかと思うと同情した。
ドアを開けると、窓の方に目をやりこちらに背を向けたリーシャがいた。
声をかけようとして言葉に詰まった。
リーシャはまるで庶民のようなワンピースを身にまとっていたのだ。
素朴なそれが似合っているのが尚可哀想だった。
「それで・・・・・ウィルフレド様、なにか私に御用でしたか?」
「・・・・・別に。母様が関わるなと言うから反対に気になって見に来ただけだけど・・・・・」
それも本当。母様には言わずに出てきた。
母様との架け橋になれたら・・・・・とは、こんな格好をさせられている彼女には言いづらかった。
「母からのお下がりのものがいくつも。それにクークリオン様との婚約式にひとつ仕立てていただきましたわ」
「それってお前のものは1着しか、しかも随分前に作ったきりって事だよね」
ドレスについて尋ねると母のものはあるという。よく考えれば昨日はシンプルながらもドレスを着ていたことを思い出す。
けれどそれも今の流行りとは違う古いもので、いくら妾の子とはいえ伯爵家の娘が着るようなものではなかった。
僕の言葉にリーシャは頭を降って見せた。
「いいえ、いいえ。生まれる前に母が作ってくれた赤子用のもので良ければまだたくさん。けれどもう入りませんの。・・・・・母に一言お礼を言いたかったわ」
「今日はお父様に会うと思ってましたの。すみません、こんなみすぼらしい格好で。父は私が母のドレスを身に纏うのがお嫌なようですの」
とても信じられなかった。同じ家にいてこんなに環境が違ったなんて、気付いてすらいなかった。
聞けば聞くほど彼女が不憫で哀れだった。
ドレスを着ているだけで父様が嫌がるなんて。そんな風に彼女を酷く追いやるのならどうして子を作ったのか。彼女の顔が泣きそうに見えて慌てた。
「な、泣かないで。お前のことは父様に話をしてやってもいいよ」
父との仲を取り持とうかと声を掛けると拒否された。そして、心配してくれるなら話の相手をと言うのだ。
ーーー言葉を忘れそうだと。
そんなに誰との関わりも持てず、ドレスも古いものしかない生活をこの部屋でしていたというのだろうか?
魔法がうまくなった、と言っていたのを思い出した。
この子は、ここでたった一人、母様や父様に認められたくて魔法を練習していたのかもしれない。
寂しくて辛くて、いっそ恨んでいてもおかしくないのに・・・・・同じ家で、殆ど同い年の僕の身なりと全然違うことを妬みもせずに。
「怖いのです・・・・・昨日のように思い知ることが。あの人の前に、立つことが・・・・・」
母様との橋渡しという目的も否定されてしまった。けれど無理にこれを進めようとも思わなかった。
それほどに昨日の言葉が怖かったのだろう。痛かったのだろう。
昨日だけじゃない。会う度母様は冷たく彼女に接していた。僕だって何を言うでもなく、母に追従していただけだった。
母様と向き合うように言えるわけもなかったのだ。
母様の話を聞いただけでリーシャはカタカタと体を震わせていた。
昨日母の前に現れたのがどれほど勇気がいったのかを考えると辛かった。
結局僕に出来たのは、話の相手になる約束をするくらいだった。
ここへ来る前よりずっと重い気持ちで僕は部屋を後にした。
けれど。
「きっと、助けになろう」
今からでも、できることを。
そう、決意をしたのだ。




