リーシャ、萌える。
街へ出たらお金儲けも権力者とのツテも出来る。と考えていた私は弟とひと騒動したその次の日、街に来ていた。
父からの呼び出しは以降なく、様子見なのかなんなのかわからないが放置されている。
そしてそんな様子見されている今日の私は父やメイドたちには部屋に居ると見えるよう偽物を用意した上で、ノコノコ抜け出していた。
魔法の万能さ、恐れ入ります。
初めて街に降りた。私が凛を思い出してから、というわけではなく、本当の意味で、リーシャが生まれて初めてのことだった。
リーシャは静かに部屋で過ごしていた。子どもの頃から周りの目は冷たく、人と関わりたくなかったので外へ出たいなんて我儘も言わなかったし、いう相手もいなかった。
お陰様で刺繍はとても上手くなったし、勉強も得意だ。この国の言葉の他に、三つの言語を・・・・・書くことが出来る。
残念ながらヒアリングする機会も、声に出す機会も無かったので話せるのかと言うとよくわからないというのが本当の所だ。
頭の中に発音はあるが、言ってみれば英語のrとlの発音の差のように、実際に使える人に教わらなければよく分からないものも多い。でも、完璧でなくていいならとりあえず会話にはなるかなという気もする。
筆談なら間違いないし、かまわないけれど。
話が逸れたが私は街にいた。
ガヤガヤと騒がしい人の群れの中、人酔いしそうな気がしつつ歩みを進める。
事前に書庫で予習していた通りの街並みで本当によかった。
勿論、目的地もきちんと決めてきている。
私が向かうのは治癒院だ。
治癒院とは名の通り、治癒を専門に行う魔法使いのいる病院のことで、私はそこに雇われようと考えていた。
そして、そこへ雇われるためにもうひとつ向かう場所がある。
冒険者ギルド。ありきたりな設定らしく、この世界には商業ギルドと冒険者ギルドが存在する。
ここで身分を証明できるギルド証を発行してもらうつもりだった。
冒険者活動をするつもりがないなら商業ギルドの方がいいのではないかと言われそうだが、商業ギルドは商業を生業としている人達が集まっているだけあって、身元をある程度調べられてしまうのだ。
その点冒険者ギルドは孤児でもなんでもござれで身元を隠したままギルド証をつくるならこちらが簡単でいい、という訳だった。
「それにしても・・・・・明るい街だわ」
見渡せば人は商売をし、笑い、子どもは走り、雑多な物が溢れて決して整ってはいない。けれどそのごった煮のような光景がとても眩しかった。
服装は私の着ているワンピースよりまだ質が悪いものを着ている人が殆どで、裕福で余裕があるのかというとそれも違うように見える。
それなのに、楽しそうで私までワクワクしてきた。
明るい街をにこやかに歩く。
目前に迫った冒険者ギルドは人がどんどん入っては出てくる。
冒険者の人口は全人口の2割を上回るという。5人に1人が冒険者という訳だ。
勿論私のように身分証の為に所属している人もいるのだろうが・・・・・と考えつつ、ギルドの戸に手をかけた。
ギイ、と音を立ててドアが空いた。
外観からも感じられたが歴史を感じる建物だった。けれど痛みはと言うとまだ少なく、大事に使われているのを感じる。
いい街で、いい人達だわ。
ぐるりと中を見回すと、よく小説で見かけるタイプのギルド風景が広がっていた。
カウンターに、雑多に貼られた依頼書。
上に書かれているSだのBだのが恐らくは冒険者ランクだ。
けれど中の人たちは落ち着いたもので、華奢な私を見ても「女が来る場所じゃねえんだよ、ああん?」と難癖をつけようとはしなかった。
カウンターは女性が3人、男性2人で女性側の列が長い。冒険者は男が多いし、男性の気持ちからすると女性の方へ並びたいのだろう。
私は1番列が短かった男性職員の所へ並んだ。
もう1人の男性はまさに優男と言った風貌で、こちらは職員なのかと聞きたくなる三白眼の持ち主だった。
まあでも。自分の順番がやってきたリーシャはにっこり彼に笑いかけた。
ーーもちろんクークたんには劣るけど、優男よりあなたの方が私は好みなのよね。
「登録をお願いしたいの」
「訳ありはお断りしたいね」
三白眼の彼はじろりと私を睨んで、鼻を鳴らした。
まあ、どうやっても平民には見えなかったのだろう。けれどここで身分証を貰えなければどこへ行っても手に入らない。
私はぐいと身を乗りだして更に笑いかける。
「人で選ぶなんて冒険者ギルドは偉くなったのね?私は身分証が欲しいだけ。なんにも問題なんてないはずよ」
「俺に睨まれて怯まないのは大した嬢ちゃんだが、その身分証の使われ道によっちゃあ問題になるんだよ」
「大丈夫よ、ちょっと就職しようってだけだもの」
「就職ゥ?」
早口にまくし立てられていたのがふと止まった。
就職。そんなに違和感があったかしら?首をかしげてみせる。
「・・・・・一応聞くが、どこに?」
「治癒院を考えているわ。治癒魔法が得意なの」
彼は眉をひそめ・・・笑った。
「嬢ちゃん。悪いことは言わねえからやめとくといい。あそこで働けるのは‘‘得意’’なやつじゃねえ。才能があるやつだ」
「あら、親切にどうも、けれどそうね、心配ご無用とだけ言っておきましょうか」
にこにこと笑いかけるといよいよ困ったように顔を顰めて彼はため息をついた。
「用途がそれだけと言い張るなら、例え後で悪用されても今の俺に止める権利はねぇ。そんで、それが用途ならそのギルド証はすぐいらなくなるだろうな?」
馬鹿な使い道をするならその時には止める権利がある。そして治癒院なんてうまくいきっこない。そう暗に告げるのも気にせず頷いた。
「ええ、いいわ。ギルド証をちょうだい」
さらにもうひとつため息をついて、彼は紙とペンを差し出した。
名前と。年齢、得意魔法属性。得意な武器など項目がある。
私は名前だけ書けばいいのかな?とちらりと目をやると、大仰に彼は頷いた。
「名前、年齢、魔法属性までは書いておくのをおすすめする。他は冒険者活動をしないならいらねえだろうな」
「わかったわ。・・・・・言語はここの国のじゃなきゃダメ?」
「は?・・・・・どこのでも構わねえよ。世界共通が冒険者ギルドだからな」
頷き、ペンを持って一瞬迷ってから名前を書き込む。文字はエンシーナ国の物で、名前はリンにした。リーシャとは被らず、なおかつ私が自分だとすぐわかる名前だ。
歳は・・・・・また少し迷って、14と本当のものにした。いざと言う時年齢を答えられないのも困ると思ったからだった。
得意魔法属性は治癒に関わる光と水。この2つがないと治癒魔法は使えないと言われている。
ちなみにリーシャは凛のデータのおかげでどの属性も得意と言って過言ではなかった。
ここは「ありきたりな設定」とは少し違う。よくある2属性くらいが普通、ということもなく、どれも最低限使える人が多い。ただし、苦手な属性はマッチ程度の火しか出なかったり、光もかるーく指先が発光する程度だったりと得手不得手がとても関係してくるものだ。
時々全く使えない人もいるが、そちらのほうが少数だった。
ペンを置いて用紙を手渡すと、三白眼の彼が目を通し、針がついた小さな置物を差し出した。・・・・・それは。
「記入内容を受け付けた。血判を」
「け、血判!」
やっぱり!と自分の右手を左手で庇った。後ずさりそうになったのはなんとか留まる。シンプルに嫌。痛そうだし。
仰け反ってしまった私をみて、三白眼の彼が目を丸くして、笑った。
「怖いなら手伝ってやろうか?お嬢ちゃん」
その顔に萌えを感じたのはここだけの秘密だ。
また私の好みの男を生み出してしまった・・・・・(五〇衛門の声で)




