リーシャ、治癒する。
「患者さん、増えておりますよね」
「増えてるねえ」
はあーっと椅子にしなだれかかる私を見てヒセラさんが頷いた。
今日も今日とてお仕事in治癒院。
魔力的にはまだまだ余裕があるが、如何せん対人職、何時間も向き合っていれば気疲れもバカにならない。
「しかし私は大助かりだよ、いやあいい人を雇ったなあ」
「これで今まで私なしで回してたとは、相当でしょうね、ヒセラさん・・・」
「そりゃそうさ!あんまり忙しいんで死因は過労かと思ったね」
はっはっは、と軽く笑っているが、笑い事ではなかっただろうと思われる。
その上今でも私は毎日働いているわけでもなく、それ以外の日をどうやってこなしているのかと思う賑わいぶりだった。
「原因は・・・やっぱり魔物の増加でしょうか」
「そうだねえ、ここ最近のけが人増加はそれが殆どだと思うよ。今まで怪我なく帰ってこられた場所で今までにない数、種類の魔物。そりゃあ冒険者の皆々様も困るってもんさ」
肩を竦めて見せたヒセラさん。同意するように肩を竦め返し、ぐるりと首を回した。
「仕方もないね。こればっかりは天の決めること。私らは仕事をまっとうするだけさ。さて、私は戻るよ、お疲れ様」
「お疲れ様でしたわ」
休憩室を出ていくヒセラさんの背を見送った。
疲労感を隠せなくなってきた治癒院のメンバーが多くなってきている今、これがスタンピードまでだと知っていることもあるしシフトを増やすか考えどころである。
他の魔法の練習などで必要な時間を差し引いても、もう少しなら働けるだろう。
確実に、着実にスタンピードへ向け魔物が増えている。
既にけが人は増え、恐らくは死人も増えているだろう。
こうして治癒院で仕事をしているとよく見えてくると言うものだ。
重苦しい気持ちで帰り支度をしていると、ザワザワと待合の方が騒がしくなったのを感じた。
「急患かな?」
慌ただしい足音、声。
重症の人でも来たのか・・・・・と首を傾げる。
ここで私が駆けつける必要はほぼない。何故かと言うと、よっぽどでなければヒセラさんが処置してしまうから。“一般人”としてはあの人の治癒魔法は天才の領域であり、ほぼ瀕死の人でもいなければ命をつなぎとめることは容易いはずだ。
部分欠陥などは治せないにしてもそれはそれ。治せないなりに傷口を塞ぎ命を守るヒセラさんに変わって私が五体満足に治癒することはない。
命あっての物種、私は死なない人の為に自分の力をひけらかすつもりはなった。
「普通に考えて、多分は助けるんだろうけど・・・」
私は普通ではないから。
ちょっと自嘲気味に笑う、と、休憩室のドアが勢いよく開いた。
「リン!まだ帰ってないね、こっち来て!!」
そこに現れたのは先程までお喋りしていたヒセラさんで、目を丸くしているうちに私の手を引いて治療室へ押し込んだ。
「ひ、ヒセラさん!なんなんです、きゅう、に・・・・・」
ベッドの上に寝かされた患者にハッと息を呑んだ。
「・・・・・リン、やっぱり知ってたか。それなら話は早い。この人は“助かる”だけじゃ困るんだ、分かるだろう」
「・・・・何言ってるんですか、ここの治癒院で1番腕がたつのは」
「ああもうずべこべ言わない!私が治したことにしとくから早くっ!」
ベッドに寝かされていたのは、1人の男性。私はこの人を知っていた。
「セルヒオ・コローナ第一殿下・・・・・」
身体中血塗れで、なんならふくらはぎは殆どギリギリ繋がっているだけという惨状。
ごくんと唾を飲むと、ヒセラさんを見た。
「私が治せると確信しているのですか」
「私は自分の目を信じていてね。君の余力を察するにこの位は大丈夫かなって。私も魔力が全部残ってたらギリギリ何とかなるかもしれないけと、とてもじゃないが今私が処置しては足に後遺症が残る」
「・・・・・必ず私の処置だとバレないようにしてくださいね」
ヒセラさんが頷いたのを確認して、私はセルヒオ殿下に進み寄った。
見ただけでも怪我の度合いは酷い。勿論それでも治せるが・・・・・少し考えて、ため息をついた。
実力を隠すのに時間をかけようかと思ったが、そうするとまた余力が残り、それを見られてはヒセラさんには結局そこそこに予想を付けられるだろう。
それなら。
手をかざし、回復魔法を行使する。
ぱあっと光が部屋を覆う。最近治した中では1番大きな光で自分でも目がチカチカした。
そして、光が収まった頃には・・・・・もう、怪我は跡形なく無くなっていた。
「治ったの?」
「ええ、治癒しました。確認を」
とは言え血塗れなままなので分かりづらい。ヒセラさんはサッと積み上げていたタオルを1枚とると、消毒液に付けた。
身体を拭き取り、じっと怪我のあとを見詰め・・・・私を振り返った。
「間違いなく。けど、これは・・・私の予想よりよっぽど治癒魔法が得意みたいだね」
「まあ一応は。黙っててもらえるんですよね?」
「うーん、とりあえずはね」
「ちょ、話が違います!」
ヒセラさんは顔を背けると、わざとらしく小首を傾げた。
「私は黙っていたいけど〜、上から命ずられた場合、“リン”が治したことは黙ってられないかなあ。私も一応、貴族の端くれなもんで」
「・・・・・とりあえず黙っててくれるならいいとします。ありがとうございます、ヒセラさん」
「いいえ。まあ話したら教えてあげるから、好きに逃げなよ」
リンを告げる・・・・・恐らくは私が本名を伝えていないと知っている上でそうしてくれるのだと言うのだから諦める他あるまい、と嘆息する。
ヒセラさんの父が男爵を賜っているのは聞いたし・・・・・と思って、ふと気になった。
「あれ?ヒセラさん最初に家名はないって言ってませんでしたか?」
「うん?ああ、言ったね」
「え、でも男爵を賜って・・・・・」
「父がね。私もまあ賜った家名を名乗ってもいい立場だけど、どうにもねえ。父とはいえ、養父だし、孤児だった私は名乗らない方が生きやすいのさ」
軽く笑うヒセラさんは気にした様子もなく椅子に腰掛けた。
「私だったら殿下を治癒するのにどのくらい時間がかかるかなぁ、そのくらいはここで待機しないと」と指折り治癒時間を数えている彼女を横目に、私もひとつふたつと頷いて、並んで椅子に座った。
名乗らない、という選択を取っているのは私も同じだ。分からないでもなかった。
殿下の顔を眺める。
整った綺麗な顔。私より一つ歳上のはずで、つまり今15歳。長いまつげに、ほうと息をついた。
好みの顔からは少しずれるが整っている人は基本的に好きだ。
血を失っているし、少し青白い顔はいっそ人形のようだった。
「綺麗な方だよね。惚れた?」
「まさか」
「おや、即答だね」
ヒセラさんに笑う。
「私、とっても一途なんです」
リーシャの行き当たりばったりな生き様は私の行き当たりばったりな作文の為です失礼します。




