リーシャ、ヒロインを思う。
チュンチュンと鳥の声がする。
どうやら外は晴れているらしく、爽やかな日差しが窓から差し込んでいた。
とてもいい朝、爽やかな一日の始まりのはずだがーー私はすっかり寝そびれて林檎の王冠の・・・・・略して攻略ノートと向き合っていた。
「どうしたらいいかしら」
夜中に目覚めてしまってから、今まで起きていたが眠気は欠けらも無い。
理由は分かりきっている。
クークリオンが私との関係を肯定するような台詞を言ったから・・・・ではなく、クークたんが簡単に私の秘密を知らせてしまったからでもなく、昨日の“巫女”のことが非常に気にかかったからだった。
「恐らくはその巫女がヒロインよね」
そう、ヒロイン。
林檎ちゃんである。林檎茜ちゃん、が確か本来の名前だ。私は自分の名前でプレイしていたので林檎凛という語感の悪い名前だったが。
ヒロインは勿論乙女ゲームらしく攻略対象と恋愛を楽しむが・・・ノートにも書いているが、あのゲームは実にシビアだ。
戦闘があり、勝ち負けが攻略に大きな鍵を握る。魔物を浄化する旅をするのだ。
魔物を殺すことは出来ても浄化など普通はできない。ゲームらしくするための特別感、演出。そう言ってしまえば不思議はない。
ゲームは目が覚めるとベッドに寝ていた所から始まる。
王様の前へわけも分からず連れ出され、異世界の訪問者よ、救いを・・・・・とありがちなストーリーが始まる。
けれど、どうやってこの世界へやって来てしまったのかは語られない。というか主人公も戸惑ったのは最初だけで、あとは時々寂しがる程度で基本はケロッとして魔法学園で生活を謳歌していた。
私もプレイヤーとしても、攻略で悲劇のヒロインらしく『家族に会いたい』と涙を流すシーンがあったがどうしてヒロインはここにいるのか、なんてことを考えたりはしなかった。
ありきたりな異世界転移。呼び出されたか迷い込んだかの二択で、どちらも見飽きていて、どちらでも良かったのだ。
けれど作中、はっきり“巫女”扱いはされてなかったし、特別な力を持った迷子のような立ち位置だった。
その上過去に同じような転移者がいた、という話もなかった。だが、昨日の話を聞いた限りではその記録が残っている?では、ヒロインは隠されていたのか、それとも遠い昔の話で誰も知らなかったのか。
「その書類を見て見ないことにはなんとも言えない、わね」
はあ、と息をつく。
寝顔を見ようと思ったはずがとんだ誤算だった。
林檎がやってくるのはまだ一年半程先だ。
リーシャと同い年の彼女は15歳で現れる。学園で学びつつ王宮魔術師の援助の元各地に赴いて魔物を浄化していくストーリー。
魔物が生まれやすくなる魔素は魔物を殺すとどうしても生まれる。それが浄化となるときれいさっぱり消え去るのだ。
血も出ないしゲームとしても実に描写が優しかった。
「・・・ううん、考えてもわかんないや」
ノートを放り出してベッドに転がった。
浄化。そう言えばあの魔法は試していなかった。
ゲームの頃は主人公だったのでもちろん使えたそれ。魔物を前にしていない今使う意味もなかったので試しすらしていなかった。
そもそも私は浄化必須のストクエ以外は殺しちゃう方が得意なガチ戦闘プレイヤーだったのでさほど重きを置いていなかったというのもある。
浄化は詠唱が絶対に必須だった。あれはゲームでも特殊な魔法で、レベルが上がらないのだ。
何度もゲームクリアして、なおかつレベ上げに明け暮れていた私である、ストクエでしか使わなかった詠唱もすっかり覚えていた。
・・・・・自分しか居ない部屋で大の大人が詠唱を叫んでポーズを決めたりなんてしてない。してないったらしてない。
「汝嘆かれしもの、我赴くもの。浄化において汝今白い心にならん。神の名においてこれを実行す。・・・・アマルティア」
じっと待つこと数秒。差し出した手の先に何も感じることが出来ず、そうだよなあと納得する一方少し寂しく思いながら手を戻した。
どうやらヒロインでない私に浄化魔法を使うことは出来ないらしかった。
もぞもぞ布団にくるまって、ふと思う。
「そういえば、アマルティアって罪人って意味だったよね」
アマルティア、罪人。浄化の対象、つまり魔物のことを罪人としていると考えるのが一番辻褄が合う。だが、呪文の並びからすると、この位置に来るのは神の名のはずでは、とネットで議論が交わされていた。
なにかのフラグでは、と。けれど結局伏線が回収されることはなくゲームは終わり、やはり魔物をアマルティアとして、それを浄化する呪文なんだろうと言う結論に落ち着いていた。
「魔物が、罪人かあ」
魔物だからと一概に罪人とする呪文に前世でも少し違和感を覚えたがーー
「ま、ゲームなんてそんなもん、なのかな?」
かと言って神の名前とするほうがよっぽど不敬だし、意味もわからなくなる。
ゴロリと寝返りを打つとここに来てやっと眠気が戻ってきた。
「あーあ、ちょっとだけ寝ちゃお・・・・」
私は目を閉じた。
顔までおおってしまった布団の上に、ほんの小さな柔らかい光の粒が漂っていたことなど私は知らなかった。




