クークリオン、攻略対象と。
(クークリオン視点)
コンコン、とノックの音が響いた。
部下にしては適当な叩き方に若干の予感を覚えながら、普段通りに『なんだ』と声をかけると、部屋に入ってきたのはまさかと言うべきかやはりと言うべきか、エルネスト殿下だった。
「クークリオン、夜更けにすまない」
「いいえ、殿下」
すまなさそうではない様子で謝ってみせると勝手知ったる殿下はスタスタと部屋に入ってきた。
こんな風に親密な所を見られると派閥がどうだ時期王位がどうだとうるさいやつも多いのがここ王宮であるが故に、素早く部屋に入ってきたこと自体は咎める事ではない。
だが、こんな風にそれを流れるように行えるほど彼がここへ来ることに慣れ、尚且つそれが自分で戸を開けた回数だということに頭が痛い思いだった。
王位継承権第2位の彼が自分で戸をあけるということは、護衛やメイドなどのお付が居ないという事に他ならないからだ。
とりあえず来たものは仕方があるまい、と戸棚からティーセットを取り出す。
ティーセットを用意するようになるくらいの回数、ここで殿下と会ってきた。
普段なら毒味を通さないお茶などお出しするわけにも行かないのだが・・・・・諦めとは恐ろしい物だ。
「殿下、先触れもなく抜け出してきては周りが可愛そうです」
「誰も気にしたりしない。俺はな」
自嘲気味に笑う殿下にため息が出そうになる。なんとか飲み込んだが少し息が漏れてしまった。
紅茶を注いだカップを彼の座った席に置いて、自分の分も用意する。
そもそもこのお方のこういう卑屈な所は嫌いだった。
いや、この人に限ったことではない。
俺は卑屈な人間は嫌いだ。例えば、これまでの我が婚約者だとか。
「何度も言うようで恐縮ですが、私はそういう負け惜しみのようなことを仰るのは無意味だと思います。結局あなたは努力なさっている」
「・・・・・お前も日々遠慮がなくなるな」
「私は忠実な臣下、時には苦言も申しましょう」
だが、今の婚約者は変わったし、殿下はこれまでの彼女とも違う。こうして卑屈な態度を取るが、その裏で惜しみなく努力をなさっているのを俺は知っていた。
そもそも俺と殿下に親交が出来てまだ1年ほど。そのきっかけこそ彼の努力だった。
王位継承権第1位の彼の兄、セルヒオ殿下。彼はまさしく王になるために生まれてきたかのような御仁だ。
幼い頃から才を発揮され、彼を王にと押すものは多い。そして、それをよしとしなかったのがこのエルネスト殿下である。
エルネスト殿下はたった1歳しか違わない兄の様子を見て王位を諦めきれなかった。
俺もセルヒオ殿下との親交は浅く、実際の所は知りもしないが・・・・・とにかく、エルネスト殿下の目にはセルヒオ殿下は王位を望んで努力しているようには見えなかったそうだ。
才能だけで王位を得るのかと憤り、それならばと今、王位に向けて努力なされている。
幸いにも今の王陛下は争いを好まず、王位のための暗殺などを強く禁じておられる。
それでも密かに暗殺を企てる貴族はいるだろうが・・・・・陛下の教えもあり、兄弟で殺し合うことはないようだ。
そうして彼は努力の一環として、俺を頼ってきたのだ。殿下は我がハースベルト家の特色が故に軍事関係、戦法、また守るための魔法など俺から学べる事を多岐にわたって知りたがった。
そうして頼られ、教えていれば恐れ多くも彼を弟のように感じるようになっていった。
・・・自分の本当の妹には怖がられていると思うと、少し複雑でもあるが。
そうして彼とは今も親交が深く、こうして王宮で寝泊まりしている際にエルネスト殿下が現れることにもすっかり慣れてしまった。
「お前といると気が晴れるようだ」
「ではいつなりと。ただし先触れをいただきたいところでございます」
「お前・・・・・・」
「さあ、無意味な話はやめて、意味のある話をしましょう」
「うん?帰れではなく、話だと?」
早々に追い出しにかかるいつもと違う俺に首を傾げるエルネスト殿下。
たしかにいつもならできるだけお早いお帰りをと話をするところではある、が。今回に限っては都合が良かった。
早めに殿下に話をと考えていた所だったのだ。
「実は、巻き戻し魔法の使い手を見つけました」
「・・・・・、なに?」
すっと真剣な表情になった殿下に頷く。
彼女がこの秘密を俺に委ねてくれた時点でいつ話そうかと考えていたのだ。
彼にとってこの魔法は実に有意義な物だ。
「これがあれば・・・・・あるいは」
「ああ・・・・・古代の文献を解読可能な状況に復元できるやもしれん」
巻き戻し魔法。今となってはこの国に使い手が居ない魔法だと思われていた。
10年前までこの魔法をなんとか使うことが出来た王宮魔術師がいたが、彼は天寿を全うした。
今の王宮魔術師に・・・いや、この国にこの魔法を使えるものはいないとされていた。
そしてその使い手を俺達は探していたのだ。
他国の魔術師に働きかけることすら考えていたが、それでは第1王子に黙することは難しく、方法を考えていた所だった。
「読み解ける場所から察するに、これは“巫女”に纏わる記述のようです。魔物を従えたとすら。その方法こそが知りたいが、劣化が激しく読み解けなかった・・・」
「だが巻き戻し魔法があれば!」
「ええ。可能となるかもしれません。本人もあまり遠い時間を戻したことは無いと言っていたのでどうなるかは不明ですが」
「・・・・本人・・・で、それは誰なんだ」
王宮の地下書庫に眠っていた、遠い昔の記録。劣化があまりに激しく、崩れる恐れがあって持ち出せないものも多く、持ち出せても字が消えて読み切れないことの方が多い。
今回見つかった手記に記された巫女の記述もなんとか繋ぎ合わせてみたが、解読しきることはできなかった。
だが読める所だけで見ても実に興味深い。
巫女。歴史に何度か名を見つけたそれは、いつの時代にも救いをもたらしたそうだ。
それが神がもたらした使いだとすれば・・・・・悪魔と契約を交わすよりずっと安全にこの国を富ませることができるだろう。
使えるものは使う。それに異議はないし、なによりこれが成功すればエルネスト殿下の立場は盤石なものとなる。
そのためにも、巫女の詳細や現れる場所、もしくは呼び出し方・・・・危険性などを調べたかった。
リーシャはまさに、欲しい魔法を提示した訳だ。
「殿下、我が婚約者でございます」
「婚約者?たしかタルトジークの娘だったか」
「ええ。彼女はまだこれを誰にも伝えていません。あなたの立場を固めるにもうってつけだ」
「使うところを見たのか?罠ではないか?タルトジークにいい噂はあまり聞かんぞ」
「目の前で確認しました。彼女自身については私を信用していただきたい」
殿下は少し不思議そうにしてから笑った。
「クークリオンは婚約者を嫌っていると思っていたが、どうやら順調な仲みたいだな。いいだろう、俺はお前を信じよう」
「ありがとうございます、エルネスト殿下」
クークリオンがへりくだってるのが私的に性癖に突き刺さります。




