リーシャ、思わず萌える。
ウィルに連れられて来たのは彼の自室だった。
姉弟とは言え殆ど他人の男性の部屋に入り込むことにちょっと難色を示しては見たが、ここが一番安全だからと押し切られてしまった。
勧められたソファに腰を下ろし、どこかへ行ってしまった弟の背から目をそらした。
そもそも凛の意識としては殆どどころか完全に他人である。どこはかとなく推しに対する申し訳なさを感じ、姉弟だから、裏切ってないから心は間違いなくクークたんのものだから、と余計な言い訳を心の中で並べ立てていると、ティーセットを持ったメイドを連れてウィルが帰って来た。
どこへ行ったのかと思えば、お茶を用意していたらしい。
「落ち着いた?姉様」
心配そうな瞳に覗き込まれる。
綺麗な二重。攻略対象らしい整った顔を観察して頷いた。
「ありがとうございます、ウィル」
「ううん。もっと早く気づけばよかった。ごめんね」
「そんなことは」
首を振ってみせるが、悔しそうな顔をしたウィルは私の目元を拭って、目を伏せた。
「いや、元を正せばそもそも僕のせいだ。僕が姉様にわかりやすく懐いたから、母様も気を悪くしたんだと思う」
「ウィル・・・・・」
悲壮感たっぷりに絞り出したウィルはもう一度謝った。
私は喉まででかかった『それは違う』という言葉をなんとか飲み込んだ。
そういう言い方をするなら、私が彼の哀れみを買う為に義母の部屋に行ったのがそもそもである。憐憫を誘うという義母の言葉もあながち間違いでもないあたりが気まずい。
目をそらしそうになって、今逸らせばウィルが傷つきかねないとハッとしてしっかり目を合わせて首を振った。
「ウィル、違います。私は今まで本当に・・・・・この家の中で会話ができる相手もいなくて寂しかった。あなたが声を掛けてくれるようになって嬉しかったのです。お義母様もきっと、可愛い息子の時間を取られたように思ってお寂しかったのでしょう」
「姉様。僕・・・・守るとか言って、遅くなってごめんね。ほっぺた痛いでしょ」
ウィルはティーセットの横に置かれていたタオルを扇子が当たった頬に当てた。
タオルは冷えた水で絞っていたようで、ひんやりと冷たい。少し熱を持っていた頬に気持ちがよかった。
ウィルからタオルを持つのを変わって、自分で抑える。ピリ、と少し染みたので薄皮位は切れていたようだった。
「大丈夫です。ウィル、助けに来てくれてありがとうございます。来てくれた時ほっとしましたの」
「うん・・・・こっちこそ、ありがとう姉様」
「まあ?助けられたのは私ですのにどうしてお礼なんて」
「僕だって知ってるんだよ。母様はなんだか色眼鏡で見てるみたいだけど、クークリオン様はうちより強い家だ。状況を話せば負けるのは母様に決まってる」
ため息を零すウィルは困ったように笑った。
たしかに義母はまるでタルトジークが上のような言動を取っていたし、なんなら父も舐めているようだが・・・・・同じ伯爵家とはいえ、うちとハースベルトでは家格はあちらの勝ちだ。
王宮で仕事もしているクークリオン本人も宰相からの覚えも目出度い(ゲーム情報だ)訳だし。
父が彼を舐めている、と言うのもあちこちから察される。普通、可愛くない娘だとしてもその婚約者を慮って彼の前へ行って恥ではない格好をさせるべきだし、そもそもこんな風に殆ど貴族らしくない生活をさせている娘と婚約させている時点でもクークリオンへの考えが推し量れるというものだ。
お陰様で私は彼と会う時も古びたドレスに袖を通すことになっている。
ハースベルトは一族を通して防御魔法に通じており、これまでの戦争、大戦で王宮を守り、戦ってきた。そのため現ハースベルト伯爵も王様との関わりが深いと聞く。
武力的にも領地全体で軍人教育に力を入れていることからも有力と言えた。
父はどうやらそんなハースベルトを野蛮でおつむが足りていない家で、戦が減ってきたこれからの時代には淘汰されると考えているようで、恐らく義母も近い認識をしているのだろう。
ハースベルト伯爵自体はあまり表に出てこないのでどれもかれも妄想に違いはなく、おつむが足りていないのはどちらかも自明だ。
「・・・クークリオン様はきっとご存知ですよ」
「そんなわけないでしょ?姉様の状況を知ってなにもしないの?」
「妾の子という立ち位置から考えても私程度の扱い、そんなに珍しくはないですもの」
クスリと笑う。クークリオンは冷静な男だ。婚約者の家の状況くらいはきっちり調べているだろうし、とりあえずは満足に生きていける婚約者をわざわざ救ったりもしないだろう。
ーーそれこそ、彼に愛されでもしない限りは。
「姉様は、クークリオン様が好きなの?」
「ええ、とっても」
「助けてくれなくても?」
「ええ、勿論」
ニコニコ頷くと、ウィルは不思議そうに眉を寄せた。
そんなウィルはちょっと考えてから、視線をうろうろさせた。
挙動不審な弟は落ち着かなさそうにしながら唇を尖らせた。
「・・・・・じゃあ、助けてあげても僕はすきじゃない?」
「・・・・・えっ、?」
やっと視線が私に戻ってくると、ウィルははにかんだ。
「好きだったら弟にくらい敬語はやめにしない?と思って」
ウィルフレドにはまだクークリオンの良さは分からないようです。




