リーシャ、窮地。
私は浮ついた気持ちで去っていく馬車を眺めていた。
あの馬車には私の愛すべきクークたんが乗っていて、今まで私と話していた。
色々素敵な話が出来たので実に満足である。
私の理想通り彼の下で動けることになったし、私の魔法もある程度把握して貰えただろう。
これできっと彼が魔法が使えないことになどならないはずだ。
推しのことを考えていると周りが疎かになる。
そう。
だから、気付かなかった。
私の後ろに近付いてきた人影も、その気配も。
「いいご身分ね?お前も、あの婚約者も」
冷えきった声色。
私の体も急激に冷えていくようだった。
体全部が過剰に怯えている、振り返らずとも分かった。義母だ。
「・・・・・」
お義母様と呼びかけて、この前母と呼ぶなと言われたことを思い出した。
今までハツラツと回っていた頭は途端に回転数を落として、なんとか義母と向き合った。
「返事もしないなんてなんて礼儀知らずかしら。お前、婚約者にあたくしに挨拶もせずに帰らせたのね」
「ぁ・・・・・」
引きつった喉から音が漏れた。
心の中でどこか冷静なままの凛が笑った。リーシャって本当にこの義母が怖いのね、なんにも出来やしないのに。と。
けれどリーシャは怯えきったまま、冷たくなった指先を握りしめることしか出来ない。
「あたくしお前などにかける時間がありませんの。けれど最近お前があんまり偉そうだから話をしなければならなくなったのよ、お前などのせいであたくしの時間が無駄になるの、わかる?」
強い言葉。義母の目を見ることも困難で、浅い息で視線をさ迷わせた。
「お前、最近あたくしのウィルフレドにまで構っているんですって?汚らわしい。あの女に似たのかしら?義理の兄弟にまで媚を売るなんてなんてはしたない」
「そ、んなことは・・・・・」
「お黙り、お前はただこの家に生きていられる事をせいぜい感謝して小さくなっていればいいの、簡単でしょう」
義母なんて魔法も使えない。私に何も出来ないのはそっちの方なのに、私にはまるで勝ち目がないような錯覚を覚えた。
「あの婚約者も婚約者よね、お前のような女を貰ってまで我が伯爵家に擦り寄りたいなんて・・・・・お前にお似合いの図々しい男だこと」
「・・・・・っ、やめてください!」
思わず言い返す。私はいい。リーシャも凛も、罵られたって傷つくのは今だけだ。
けれどクークリオンは。彼だけは違う。
私のせいで言われもなく貶されるのはおかしい。私はそれを見逃してはいけない、見逃しては私ではない。
じろりと睨みつける義母の目をなんとか見据えてきつく拳を握り込んだ。
「私は構いません。けれどクークリオン様を悪く言わないでください!」
「黙れというのが聞こえないの?ああ、そうよね、お前はあれに助けてもらうつもりなんでしょう。あの程度の男だもの、お前がいやらしく擦り寄れば女として相手をーーー」
「そんなことしません!クークリオン様を馬鹿にしないでっ」
言葉を遮って怒鳴る。ハッとして義母に視線を戻すと、心底醜いものでもーーゴミか何かを見るような冷たい視線とかち合った。
「あたくしの言葉を遮るなんて・・・・・どれだけ偉くなったつもり!」
義母は持っていた扇子を私に振り下ろした。
パシン!と音がして、私の頬が打たれた。
「っ、う・・・・・」
痛みと、驚きと、今まで感じていた恐怖から涙が零れた。
前もそうだった。この女を前にすると、私はただ泣くことしかできないのか。
悔しくて、怖くて俯きかけた時。
「姉様!」
「ウィルフレド!来てはなりません!」
来るなという義母の静止を無視したウィルが走ってきて、私と義母との間に割り入った。
義母が握りこんだ扇子と私の頬を見比べて痛そうな顔をしてから、ウィルフレドは義母と向き合った。
「母様。あまりの仕打ちです!」
「いいえウィルフレド、そこをおどきなさい。お前は騙されているのですよ、その卑しい女はお前の憐憫を誘って自分を守ろうとしているだけ」
「いいえ!母様、姉様は何一つ縋りもしませんでした。母様を悪くも言いませんでした!」
「それがこの女のいやらしいやり方なのです!」
私を守ろうと言い募るウィルフレドの背に庇われて私は息をついた。
義母の視線がウィルに向いて、私はやっと息ができる心地だった。
ウィルは千草のお気に入りで、彼と関わることの半分以上彼女に丸投げして来た事もあってその背をまじまじと見てしまった。
ウィルフレドはそこから暫く義母に色々と言い募ると、私の手を取った。
「母様、僕は姉様を酷く扱うことはいい事だとは思いません」
「ウィルフレド!」
「行こう、姉様」
私の背に手を添えるとウィルフレドは歩き出した。
後ろから義母の強い声が聞こえたが、不思議と先程ほどの恐怖は感じなかった。
普段からクークリオンは義母に挨拶してませんが、まあ気がついた時に詰るのが彼女ですね。
悪役令嬢系のイメージです。




