リーシャ、売り込む。
コツン、とクークたんが机にカップを置く音が響いた。
さっきの雰囲気からは一転、すっかり静かになった中庭でクークたんは瞬きした。私はそれを見つめた。
「リーシャ嬢、まず前提として、これからの会話全ては秘匿するように。私がこの話をしている相手は限られているから、お前が話せば出どころは自ずとわかってくる。そちらのメイドにも口外を許すな」
「はい、クーク様」
ああ〜普通嫌なはずの命令口調が私を歓喜させる。エムとかじゃない。普通に推しの台詞はなんでも歓喜、これ常識。
ふと思いついて、手を挙げる。
クークたんが鷹揚に頷くのを見て、口を開く。
「あの、クーク様。後ろの護衛の方達はご存知ですか?」
「ここで今からの会話を知っているのは、フィデル・・・・あの赤い髪の者だけだ」
「なるほど。では、少し魔法を使っても?」
赤い護衛はフィデルと言うらしい。他の護衛やメイドは知らない、と。
魔法という言葉に剣の柄に手をやったのは他の護衛だけ。そう言えば前回と同じなのは赤い護衛だけだ。
彼は私に害意がないことを理解しているのか、それとも抵抗することが無意味だと分かっているのか。私は護衛からクークたんに視線を戻して笑った。
「はい、ちょっとした防音魔法ですわ。クーク様が秘匿なさりたいならその方がよりよいかと。範囲はクーク様、私、そして事情をご存知の・・・フィデル様でいかがでしょう?」
「防音・・・構わない」
「ありがとう存じます。では」
指を軽く振る。勿論全くの無動作でも出来るが防音魔法なんて特に実感しにくいものであるし、とわかりやすく発動を知らせた。
「・・・・・もういいのか」
「はい。これで私のメイドにも、そちらのフィデル様以外の護衛にも聞こえませんわ」
クークたんが合図をすると、弁えたように頷いたフィデルが横の護衛に話しかける、が護衛は首をかしげた。
「おーい、聞こえるか?」
「は?声が・・・・・」
「お、聞こえない?」
「俺の声は聞こえてるんですか?そちらの声は聞こえません」
「よしよし。聞こえないみたいです、クークリオン様!」
護衛同士のやり取りを見たクークリオンも頷いてみせ、私に向き直った。
「成功しているようだ」
「ええ。私にはメイドの口を閉ざす事が少し難しくて・・・・・魔法を使う許可をありがとうございます」
ニコリと微笑む。クークたんは私の言い訳もなんとも思わないように頷いた。
後ろで余計なのだけがちょっぴり可哀想に私を見ていたが、無視。そもそもクークたんにも可哀想だと思われたい訳でもないし。
「では、お話を伺えますか?クーク様」
「ああ。まずリーシャ嬢。君はスタンピードというものを知っているか?」
「ええ、魔物が異常繁殖して起こる、と」
やはり、話はこの事だった。私を使う気になってくれたから話をするんだろう。よかった。
これで凛として出ていくよりずっと動きやすくなる。
私はクークたんにだけなら、どこまで使えるのか伝えるのもありだと思っているのだ。例えば化け物扱いされたとしても。
ただし、それは今じゃない。
ーー私だって、普通に女の子として好かれたいし。
全力を出さずに終われるならそれに越したことはないから。
「そうだ。スタンピードは数年に一度起きているが、私が抑えた情報から考えるとそれが近いうちに起こることがわかった」
「スタンピードが?ですが、いつもは冒険者達が対処しております。私に話す訳は?」
「ああ、いつもなら。けれど、今回は少し違う」
クークリオンは話した。
これまでにない大規模なものになる可能性があり、少なくともここ最近では見られなかった規模だろう事。
冒険者ギルドに通達するのが精々で、ことが起きるまで王宮から魔法部隊は出せない事。
そして、戦力を必要としている事。
戦力に、私を望んでいると言う事。
「王宮部隊とは別で使える戦力が欲しい。お前と、他にギルドから人員を用意したいと考えている」
「私が必要だと?」
「君は魔法使いとして少なくとも一流の中にいる。それは今まで見てきた魔法だけで充分理解出来ることだ。私の力になる気はないか?」
疑うような台詞にハッとした。
この人、私を試しているんだわ。
今まで父の操り人形だった“リーシャ”のままか、それとも本当にクークリオンの味方なのか。
ーーー愛を、試されている!
「私をお使い下さい、クーク様!」
バンッと机に手をついて立ち上がる。
傀儡ではない。私は私の意志を持って、あなたの力となるためにここにいるのだと全身で伝える。
「私は、クークリオン様、あなたが好きです。あなたの為にならなんでも致しましょう!」
事の他大きな声が出て、クークたんとフィデルの目が丸くなった。
フィデルはともかくクークたんの見開かれた目が綺麗で次の句がでてこなかった。じいっと瞳を見つめていると瞬きしたクークたんは目を細めて頷く。
「よく分かった。お前を信用してやる。まず戦力としてどこまで使えるか確認したい。使用出来る魔法を教えてくれ」
「はい!・・・・・あ、でも、何から何までと言うとあまりに多くて・・・特に飛行魔法と水魔法が得意です。ほかは、中級本程度。水精霊と契約しています」
基本情報は父に知らせたものと同じ。
指すら振らずに防音をリーシャとクークリオンだけに限定する。
「それから、治癒魔法も得意です。部分欠損程度まで治せます」
「この防音魔法も得意ではないと?中級というにはレベルが高いようだが」
防音からはじき出された赤いバカが喚いているのをちらりと見てクークたんは言った。
私は笑い返す。
「細やかに分類すれば“ある程度”できるだけの魔法ならもっとあります」
「ある程度、ね」
「はい。それと、一番クーク様に使えると言ってくれるだろう魔法が」
「ほう?まだ他にも?」
私は無言で机の上にあった花に手を伸ばした。
きっとクークリオンは最初から気になっていたはずだ。
伯爵家に飾るにしてはーー萎びたこの花が。
手のひらを向け、一瞬。花は瑞々しさを取り戻した。
ついでに水魔法で護衛たちやメイドからはそのまま萎びた花が見えるように加工。
千草と契約して以降、水魔法の能力は格段に上がっていた。
クークリオンはじっと花を見て、それから私に目を向けた。
「これはどんなものでもできるのか?戻せる制限は」
「暫くは、としか。まだ実際にはせいぜい1ヶ月くらいしか戻したことがないので、それ以上はしてみないことには私にも分かりませんの」
花をしなびた所へまた戻してにこりと笑いかけた。
寒すぎてサムになった。




