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第四十八話 雨の雫

不快なシーンがあります。

ご注意ください。

「……奥に行こう」

「……」

返事の代わりに、アデラインはルトヴィアスの首に手を回した。

ルトヴィアスの腕が背中にまわり、もう片腕が膝の下に滑り込む。何度かそうして運ばれたことはあるが、今夜ほど彼の横顔を見られないことはない。

自分からもう少しいて欲しいとルトヴィアスをひき止めたのに、アデラインは早くも後悔し始めていた。湯を使った後でよかったとか、もっと上等の香油を塗っていればとか、どうでもいいことが頭の中で混乱する。いや、むしろこんな貧相な体をルトヴィアスの前に晒すのだと思うと、今更ながら自分はなんて大胆なことをしたのだと逃げ出したくなった。

ルトヴィアスの首に回した手が震える。

――…どうしよう…。

今更、やっぱりやめようなんて言えるわけない。婚礼の夜が思ったより早く来ただけだと、アデラインは必死に自分に言い聞かせた。遅かれ早かれ、彼の妻になるのだと。

アデラインの体を寝台に下ろすと、 ルトヴィアスは天幕を纏める紐に手を伸ばし、引いた。重い音をたてて天幕が降り、寝台を覆う。

――………っやっぱり無理!!!

「ル、ルト!あの…」

「それで?何があったんだ?」

「え?」

ルトヴィアスはアデラインの隣に腰をおろした。

「…何…って?」

「やっぱり何かあったんじゃないのか?それで、眠れないんだろう?」

「……」

『もう少しいて』というアデラインの言葉を、ルトヴィアスは『眠れない』と解釈したらしい。

「……まぁ、いい。寝ろ」

ルトヴィアスの手に押されるようにして、アデラインの頭は枕に沈む。

「ほら、手」

「手?」

促されるままにアデラインが手を出すと、ルトヴィアスがその手を握った。

「……ルト」

「ん?」

「…何してるの?」

「眠れないと手を繋いでもらわないか?よく母上がしてくれた」

「………」

つまり、彼はアデラインを寝かしつけるために、寝台に運んでくれたらしい。緊張して固くなっていた自分が馬鹿みたいで、アデラインは掛布を引っ張り頭まですっぽりとかぶる。

「……馬鹿…」

あんなに勇気を出したのに。いや、すぐに後悔はしたけれど、でも女を寝台まで横抱きにして運んでおいて指一本触らないなんて、そんなの有り得ていいのか。

――…違うわ…私に…私に魅力が足りないんだわ!

眠れないからと手を繋ぐなんて、幼い子供への扱いではないか。つまり、やはりルトヴィアスはアデラインを女としては見ていないのだ。

辿り着いてしまった衝撃の事実に、アデラインは掛布の中で猛烈に落ち込んだ。

「……だって震えてただろ?」

「……え?」

ボソリと落ちてきたルトヴィアスの呟きに、アデラインは掛布から少しだけ顔を出す。ルトヴィアスは少し困ったように笑って、アデラインを見下ろしていた。

「子供じゃあるまいし、この時間、あの状況で、婚約者にもう少しいてと引き留められて、意味を取り違うわけないだろう?…でも、怖いんだろう?」

アデラインは迷った。迷って、頷いた。

「…ごめんなさい」

「何かあったんだろ?」

「え?」

「それで、らしくもなく俺を誘ったんじゃないのか?」

「誘……っ」

その単語の破壊力に、アデラインは打ちのめされた。淑女として、自分が有り得ない間違いを犯したのだと思い知らされる。真っ赤になって、また掛布の中に逃げ込んだ。

「…ご、ごめんなさ…」

「何があったかは言ってくれないんだな…」

少し落胆した声に、アデラインは掛布の中から反論した。

「…ち、違うの。ルトを信頼してないから言えないとかじゃなくて……本当に何もなかったの。ただ…私の心の問題っていうか…その…焦りというか…」

「焦り?」

「あの…あの…私…」

ビアンカの姿を思いかえす。人を羨んで、自分を卑下するのはもうやめたはずだった。でも、あの美しさを目の前にして羨まずにいられるのは、やはり美しい人だけだろう。

「私…やっぱりもうちょっと…綺麗だったらよかったなぁ…て…」

アデラインが呟くと、突然掛布が乱暴に引き剥がされる。

「きゃっ…い、いたたたたたた!」

「まだそんなこと思ってんのかお前は」

容赦なく鼻を引っ張られ、アデラインは早くも白旗をあげる。

「ごめんらさい!ごめんらさい!ごめんらさい!おねがいはらしてえええ!」

アデラインの赤くなった鼻を弾くようにして、ルトヴィアスは指を離した。

「ひどいいい」

じんじんする鼻を、アデラインは指の先で撫でる。自己否定発言によるお仕置きから随分と遠ざかっていたので、完全に油断していた。

「馬鹿言ってるからだ。そのうち伸ばすぞ本当に」

「やめてよ!」

鼻をつまむ仕草をするルトヴィアスに、アデラインは悲鳴をあげて寝台の端まで逃げた。クックッと、ルトヴィアスは笑う。

「いいから、ほら寝ろ」

「……もうつままない?」

「しないよ。お前が馬鹿言わなければな」

掛布を、ルトヴィアスはかけ直してくれた。

「…ルトは…寝ないの?」

「お前が寝たら部屋に戻る」

ということは、アデラインが眠るまではそこにいるつもりなのか。

黒い喪服もそのまま、きっと疲れきっているだろうに。ふと、アデラインは良い策を考え付いた。

「ねぇ、一緒に寝る?」

「…………は?」

「大丈夫よ、寝台も広いし。私寝相はいいの。長衣は邪魔だから脱ぎましょう?湯あみは明日の朝すればいいわ」

アデラインは起き上がると、早速ルトヴィアスの長衣の釦に手を伸ばす。だが、ルトヴィアスは焦ったように体を退けた。

「おい、待て!」

「え?何?」

「何考えてるんだ?怖いんだろう?」

「だってルトは何もしないでしょう?」

「しな…しない…が…」

「なら、怖くないわ。一緒に寝ましょう?」

「…………」

観念したのか、脱力したルトヴィアスはアデラインにされるままに、長衣を脱ぐ。

「さあ、どうぞ」

「……お邪魔します…」

靴を脱ぎ、おそるおそるという具合にルトヴィアスはアデラインの隣に横になった。

「何だかうきうきするわね!お友達とお泊まりってこんな感じかしら?私実は憧れてたの!」

「…友達…」

「ミレーはよく友達や従姉妹と同じ寝台で寝ないで朝までおしゃべりしたんですって」

ガバっとルトヴィアスが半身を起こす。

「…お前、まさかオーリオとも同じ寝台で寝たんじゃないだろうな!?」

「オ、オーリオと!?」

アデラインは仰天して目を剥いた。何故ここでオーリオが出てくるのだ。けれどルトヴィアスは至極真面目な顔だ。

「今、従兄って言ったよな!?」

「それはミレーの話で…オーリオと同じ寝台でなんて…まさかそんな…わ、私はあの…ル、ルトだから…」

アデラインは真っ赤になって、ルトヴィアスと繋いでいない方の手で、顔を隠した。

「ルトだから…一緒に…て…」

従兄とはいえ異性のオーリオと同じ寝台で眠ったことなどない。そこははっきりさせておかなくてはと、必死に弁明するアデラインは、どうしてなのか、ルトヴィアスに抱き寄せられていた。

「…ル、ルト?」

何もしないのではなかったのか。緊張に、また体が固まった。そんなアデラインの心の声が、ルトヴィアスには聞こえたようだ。

「…何もしないから、安心しろ」

耳元で低く響く声に、アデラインはゾクリと身を震わせた。心なしか、体が熱くなる。

ややあって、ルトヴィアスは少しだけ身を離した。少し苦しそうな表情だ。

「…あー…くそ…生殺しだ…」

「な、なまごろし…?」

何故そんな物騒な話題が出てくるのだ。

ルトヴィアスは苦笑して、アデラインの額にこつりと自らの額をぶつける。

「式が終わったら覚悟しとけよ」

「…私、生殺しにされるの?」

「…違う。馬鹿」

楽しそうに、ルトヴィアスが笑った。その笑顔に、アデラインの緊張もほぐれる。

それから二人は、長い時間おしゃべりを楽しんだ。卵から孵った青ツグミの雛の話や、リオハーシュ夫人の『水の話』が一体どんな内容なのか予想したり、嫌がるルトヴィアスの足にアデラインはわざと自分の足をくっつけたりした。冷たいと、ルトヴィアスが騒ぐのが楽しくてたまらず、声をあげて笑った。

どのくらい、そうしていただろう。

「アデライン?寝たのか?」

尋ねてくる声に、アデラインは返事をしようとしたが出来ない。瞼が重くて持ち上がらず、体は眠気に支配されていた。

「ん…」

首筋に微かな痛みを感じて、アデラインは身をよじった。

「…おやすみ」

返事は、やはり出来なかった。けれどルトヴィアスの腕がアデラインを抱き締めてくれるのを感じて、その温もりに頬擦りをする。ルトヴィアスが『くそ』と毒づいたのが聞こえ、何を怒っているのだろうと、不安になったが、すぐに彼が小さく笑ってアデラインの髪に口づけした気配がした。

――…怒ったわけじゃなかったんだ……。

きっと髪が何かに引っ掛かったとか、そんなたわいもないことだったのだろう。安心して、アデラインは体から力を抜いた。

すぐ傍に、ルトヴィアスの温もりがある。息遣いを感じる。

幸せで、呼吸が止まるのではないかと思った。



止まれば、よかったのに。





「………」

強い雨音に、アデラインは目を覚ました。指を伸ばし夢の残像を探すが、どこにもルトヴィアスの温もりはない。淋しさと不安に、涙が一雫、床に落ちる。

ドンドン、と乱暴に扉が叩かれ、アデラインは飛び起きた。清潔とは言いがたい掛布を引き寄せ、座ったまま壁際まで後ずさる。

扉が開き、メロウズが顔を出した。――ライルを斬った、あの男だ。

「飯だ。食え」

木の器と匙を床に放り投げるように置くと、メロウズはまた乱暴に扉を閉める。足音が遠ざかるのを聞いて、アデラインはほっと胸を撫で下ろした。

器に入っていたスープは、半分以上が床に零れて、飲めるのはほんの僅かだ。そろりと這うように近づき、器と匙を胸に抱くと、アデラインは急いで元いた部屋の隅に戻った。水に干し肉と芋を入れて混ぜただけのようなスープは、美味しいとは言えなかったが、アデラインには貴重な食べ物だ。

「……何日たったのかしら……」

裏門から馬車で半刻ほど走ったところで、アデラインは馬車から降ろされ、この部屋に閉じ込められた。おそらく王都のはずれあたりだろうか。外を見ようにも粗末な部屋には窓はなく、木の隙間から僅かに外の光がはいってくるだけだ。その光さえも、さらわれた夜から続く雨のせいで、満足な灯りとはとても言えない。夜なのか昼なのかさえ分からず、さらに極度の緊張で断続的にしか眠れないアデラインには、もう時間の感覚がなかった。食事も、一日一度なのか、それとも三食出されているのか、よく分からない。空腹感も感じないが、それでも食べ物を目の前にすると本能が手を伸ばす。

部屋の中には何もない。床は埃だらけだ。藁屑が落ちているところを見ると、農家の使わなくなった納屋のような場所なのかもしれない。所々雨漏りもしていて、すきま風も吹く。寝台などの家具もなく、アデラインは与えられたぼろ切れのような掛布を体に巻いて、部屋の隅で小さくなって、時を過ごしていた。

廊下を挟んで斜め向かいの部屋に、アデラインを拐った男達はいるらしい。話し声がかすかにきこえるが、なにを話しているかはわからない。

「…寒い…」

ルードサクシードは昼夜の気温差が激しい。夏でも夜や朝方は冷え込む。しかもこの雨だ。日があたらないせいもあって、アデラインのいる部屋はやたらと寒かった。

――…ビアンカ様なら…。

ビアンカなら、こんなふうに捕まったりしなかっただろう。逆に男達を倒してしまうくらいしたかもしれない。もし捕まっても、隙を見て逃げ出せるだろう。

――………婚約解消も…私がこれじゃしたくても出来ないわよね…。

きっとルトヴィアスは、アデラインを探している。婚約を解消して関係なくなるだろう相手でも、彼は見捨てたり出来ない。そういう人だ。

――…でも…。

ルトヴィアスがアデラインを見捨てなくても、大臣達の中には見捨てようと言い出す人がいるかもしれない。宰相はさすがにそんなこと言い出さないだろうが、けれどいつも私情より国を優先させてきた彼が、娘の命より国益を選んだとしても不思議ではなかった。

――…人質をとられて…犯人の要求通り継承権を捨てるなんて有り得ないもの。

そんなことすれば、国の根幹が揺らぐ。ルードサクシートが賊の言いなりになる国だと言われかねない。国の威厳のために、娘を見捨てる選択を父がしても恨むまい。母と大喧嘩にならないか、それだけが心配だ。宰相がそうと判断すれば、ルトヴィアスも強くは反対出来ないだろう。

「…ごめんなさい、ルト…」

涙が滲んだ。

こんな形で迷惑をかけるとわかっていたなら、もっと早く婚約解消していたのに。自分の継承権を守るために婚約者を捨てたと、彼は罵られたりしないだろうか。今後の彼の評判を貶めることになったら、死んでも死にきれない。

突然、何かが割れる音がして、アデラインは震え上がった。

「あんたが言ったんだぞ!あの女を盾にとれば王子は必ず動くと!」

「だから待てと言っているだろう!立太子まではまだ日がある!」

「だいたい、あんたがさっさと王子を毒で始末しないから…」

「それはこちらが言いたい!弓技会で必ず王子を仕留めると豪語したのを忘れたか!」

相当大きな声で怒鳴りあっているようで、何を言っているのか正確に聞き取れる。

――…仲間割れ?

交渉が上手くいっていないということだろうか。

激しい物音もまだ続いている。取っ組み合っているのかもしれない。

「ぎゃあああああっ!」

悲鳴がして、突然静かになった。

「……何?」

一体何があったのだろう。

様子を窺おうと、アデラインは扉に近付いた。そっと耳を扉につけると、かすかだが話し声が聞こえる。

「どうするんだよ!こいつを殺しちまったら外の奴等に払う金が…」

「こいつが俺らの仲間だってことは王宮にばれてんだ!どちらにせよこいつからはもう金はひきだせん!」

どくりと、心臓が冷たく脈打った。誰かが、言い争いの末に殺されたのだ。そしてその誰かは、話の流れから、あのアーブだと推測出来る。同情は出来ない。でも、顔を知っている人間の死に、アデラインは動揺した。

――…でも、彼らの仲間が一人減ったということだわ…。

なら、僅でも逃げ出す隙が出来るかもしれない。微かな希望を抱いたアデラインの耳に、ガチャリと向かいの部屋の扉が開く音が届いた。そして、近付いてくる複数の足音。

「…こっちにくる…!」

アデラインは慌てて定位置まで戻り、蹲る。部屋の扉が、乱暴に開かれた。メロウズと男が2人、部屋に入ってくると、アデラインを見下ろした。

「…やれ」

メロウズが―彼がどうやら頭目らしい――顎をしゃくると、男の一人がアデラインの腕を掴み、もう一人が鞘から剣を抜いた。

「いや!やめて!!」

殺されるのだと思い、アデラインは逃げようと身をよじるが、屈強な男相手に敵うわけもない。冷たく光る刃に、恐怖でかたく目を閉じた。しかし、覚悟した痛みは訪れず、代わりに袖のあたりからビッと、布地が切れる音がした。

「…?」

おそるおそる片目をあけると、男はアデラインのドレスの袖を持っていた。そんなものを何に使うのだと、思った瞬間、刃が流れるようにアデラインの腕を斬った。

「い…っ」

ポタポタと流れる血を、男はドレスの切れ端で拭う。

「そんなものだろう。王宮に届けさせろ」

メロウズが言うと、男達は頷き、アデラインから離れる。廊下の外で待っていたらしい誰かに、男は血濡れた端切れを渡した。

「手っ取り早くあの王子から王位継承権を捨てさせられると思ったのに…女の為に王位を捨てる馬鹿なんているはずなかったな。あんな奴のいうことを真に受けた俺が馬鹿だった」

メロウズは鼻で笑った。あんな奴、とはアーブのことだろうか。

「王宮はどうやらあんたを見捨てる気らしいぜ。3日たったのに、継承権の放棄どころか立太子式の延期すらする様子がない。さっきの血に汚れた端切れを見て、慌てて何かしら行動を始めりゃいいがな」

「…どういうこと?」

メロウズの口ぶりに何か含むものがあることを感じて、アデラインは尋ねた。それを待ってましたと言うように、メロウズは嬉しそうな顔をする。

「それでも王宮が動かないなら、次はお綺麗な宝石がぶら下がってるその耳を送りつけるつもりだ。その次は指だ。一本一本、毎日送りつけて…さて、何本指が残るかな」

クククっと、メロウズは笑う。まるで、楽しみでたまらないとでもいうように。

ふつふつとアデラインの中で燻っていた怒りが、恐怖心を凌駕していく。

「…私が怖がって泣くとでも思っているの?」

「何?」

メロウズが、ぴくりと頬をひくつかせた。アデラインが、恐怖で命乞いするのを待っていたのかもしれない。

アデラインは、下からメロウズを睨み付ける。こんな卑怯な男に、絶対に命乞いなどしない。

「何が目的?ルトに…ルトヴィアス殿下に継承権を捨てさせて、何がしたいの?」

「皇国の支配から脱するのだ!」

扉の近くにいた男が言った。

「あの腰抜けの王と皇国に手懐けられた王子を廃して、皇国に屈しない新しい王を立てるのだ!」

「そうだ。そしてアルバカーキ陛下ご存命の頃の強く誇り高いルードサクシードを取り戻すのだ!」

高らかに言うメロウズが持つ剣の柄頭に、何かの紋章が見えた。

――…あれは…。

弓と天馬を象ったルードサクシード王家の紋章。アデラインは愕然とした。

――……この人達…騎士だったんだわ…。

王家の紋章をほどこされた剣を持つのは、女神と王家に忠誠を誓った騎士のみだ。けれど男達は荒んだ生活をしているのが見てとれ、規律正しい騎士団に属しているようにはとても見えない。前王の死後、リヒャイルドの皇国への恭順や軍縮が許せず、騎士団から脱走した者は数多いと聞く。彼らはそんなかつての騎士達なのかもしれない。

そうであればこそ、こんなやり方をする彼らを、アデラインはますます許せなかった。彼らは仲間であるはずのライルを傷つけ、忠誠を誓った主君であるルトヴィアスを脅し、守るべきルードサクシードの名誉を貶めようとしている。

アデラインは立ち上がった。

「ルードサクシードの為だと言っているけれど…やることは卑怯な盗賊と変わらないじゃないの」

「何?」

男達の目に、一瞬にして怒りが灯る。

「我々はルードサクシードを真に愛するがゆえに…」

「そうだ!我々はルードサクシードの為を思って戦っているのだ!」

いきり立つ男達を、アデラインは一蹴した。

「皇国の支配から脱する?新しい国王をたてて、また戦争をするつもり?そんなお金がどこにあるの?敗戦の賠償金を分割にしてもらって、ようやく国家財政が成り立ってるのよ!?ようやく麦が実った畑に火を放って、また農夫に剣を持たせるの!?あなた達がしていることは、この国を滅ぼしかねなっ……」

バンッ、とメロウズの鞘が、アデラインの腹を打った。痛みと衝撃に、アデラインは丸くなって床に転がる。

「…っ」

「何もわからん小娘が偉そうに!」

鞘は、今度は背中を打ち付けた。

「…っ!」

歯を食い縛り、悲鳴を飲み込む。絶対に叫んだりするものか。

「………予定変更だ」

メロウズは倒れているアデラインに近づくと、髪ごと頭を掴み上げた。

「…っ」

「次に送りつけるのはドレスだ」

メロウズの生暖かい息が首筋にかかり、アデラインは戦慄した。恐怖に歪んだアデラインの顔を見て、メロウズは満足げに笑う。

「見るも無惨に切り裂かれたドレスを見て王子様は何を考えるだろうな」

そう言って、太い指でアデラインのドレスの胸元を掴むと、一気に切り裂く。

「――いやっ!!!」

逃げようともがくアデラインの頭を、メロウズは床に勢いよく打ちけた。頭がくらくらして動けなくなる。

「そうそう、そうやって大人しくしてろ」

「…い、いやあああ!!」

足首を捕まれた瞬間に、アデラインは悲鳴をあげた。涙があふれでる。無我夢中でメロウズを蹴り飛ばし、這って逃げようとするが、すぐに背中に体重がかかった。 身動きができない。

「おい、足押さえろ」

男達の下卑た笑い声。腰紐が解かれる音。剥き出しになった肩に感じる、絡み付くような視線。

――…ルト!!!

死んだ方がましだと思った。舌を噛み切ろうと、震える顎をかまえた瞬間。

馬車が壁に体当たりした、と思った。そんなような大きな音がして、僅かに部屋自体が軋んで揺れた。誰かが、何かを叫んでいる。『待て』『早くしろ』。それから慌ただしい足音。それらの音は、アデラインの体に覆いかぶさっていたメロウズ達が、身を起こすよりも先にアデラインのいる部屋に近づき…。扉が廊下側から蹴破られた。蝶番がとれてただの板切れと化した扉は、音と埃をたてて、倒れ落ちる。天井から埃が落ち、藁屑が舞った。その向こうから、頭から煤色の外套をかぶっている人物が、ゆらりと部屋に踏み込む。外套からこぼれるように覗く金髪は、暗い場所でも目立つ月のように輝いて、そこから涙のように雨滴(うてき)が落ちる。

「………ル…ト…?」

返事をするように、碧の双眸が金髪の下から姿をあらわした。


2018.8.21 誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございました。

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