第八十八話 財布の紐と己の決意は固く閉じろ
地下4階ーーーー
アノミアとシェイラは少女二人を救出に向かった。
今現在、大勢の戦闘員を相手にしている。
その部屋から大きくそれた廊下を海斗と吉和は、蝦夷がいる場所へと走っていた。
廊下は枝分かれし、側面には多くの扉ーーーしかし吉和が持つ地図によって正確に道を選ぶことができている。
足は一心不乱に一つの目的のために動いていた。
「大丈夫でしょうか騎士のお二人は……」
「心配いらねえよ、あいつらは海にいる化け物より化け物してる」
多くの戦闘員が地下にいることを知っている吉和は、たった二人で救出に向かったことに対し不安を抱えていた。
いくら強靭な肉体を持つ騎士でも、少女をかばいながら戦うことができるのかと……
だが一方海斗は何も心配していなかった。 それが不要とでも言えるようなさっぱりとした返事をしたのだ。
彼女らの性格上、己を鍛えることに時間は惜しまないーーーそれをわかっていたからだ。
だから、相手がどれだけ多かろうが問題ないと判断したのだ。
「しっかし少し遠回りになってるが、大丈夫かこれ」
そんなことよりも彼は違うことに懸念を抱いていた。 それは距離だ。
業塊自体が広いーーー当然廊下の距離も長くなる。
早く止めて地球を救わなければならないのに、時間がかかってしまっては元も子もない。
「えぇ問題ありません、それに、少し立ち寄りたい場所があるので……」
「そんな場所があんのか」
だが吉和は先ほどの海斗のように、心配する必要がないと言わんばかりの返事をしたのだ。
その上寄り道をしたいと言い出した。 まだ猶予があるのなら、と海斗もひとまず落ち着いたのだ。
「ーーーーここです」
それから少し、ほんの少し走っただけで寄り道場所に着いた。
何も変わらない、今までに見てきた電力で横にスライドする扉だった。
その扉の横にはパスワードを入力するパネルがあり、吉和は近づき操作した。
彼曰く パスワードはわかっていたが、中々ここに近づけなかった とのことだ。 今なら入れると思ってやってきたのだろう。
そうして入力されたものは認証され、扉が開いた。
海斗は何らかの装置やら武器やらが備え付けられている部屋だと思ったのだがーーーーそうではなかった。
想像の逆をいったのだ。
「なんだここ……普通の部屋みてえだが」
なぜならばごく普通の部屋だったからだ。
ツインベッドが左奥にあり、その右には四角いカーペットが敷かれ、丸いテーブルが置かれてある。
彼らの近く、部屋の手前にはタンスやクローゼットなどの生活用品をしまいこむ家具があった。
たったそれだけの部屋だったのだ。
「はい、普通の部屋です……ただし、持ち主が普通ではありません」
「蝦夷の父母の部屋なんです」
ーーーーーーー
海斗達とは別行動をとる班ーーー全体的に悪魔で構成されたものだ。
彼女達は要塞の最深部、地下7階を目指すために現在地下6階の通路を走っていた。
地図を持つのはシウニー。 迷わないようにと吉和に持たされたものだ。
そこから読み取れるに現在の場所は、地下7階へと通じる階段から500m程離れた所ーーー
確実に目標地点まで近づいていた。
「ここを抜けたら……もう直ぐです!」
彼女の顔には、やっとという喜びが映し出されているようだった。
だがそう上手く運ぶことができないのは承知ーーーテンポよく進んでいる彼女達の前から敵が向かってきているのだ。
まるで目的をつかんでいるかの様、かなりの数だ。 おそらく200は優に超すだろう。
だが逆を言えば、そのくらい重要な機関ということだ。 ならなおさら足を止めるわけにはいかない。
皆無言でそれぞれしなくてはならない事を分担していった。
シウニーとエレイナは前衛で体を張り、ルシファーとマモン、バルは後衛で呪文を詠唱していた。
敵も銃や剣を振りながら攻めかかってくる。
だが、鍛え抜かれた騎士、天然ながらに備わった天賦の才とも言える怪力を持つ料理長になす術なく吹き飛んでいく戦闘員達ーーーー
その上、魔力の塊が飛んでくるのだ。 泣きっ面にハチ状態となっている。
しかし目の前に立つ敵は次々倒されては行くのだが、後ろから追加の戦闘員が川のように流れてくるのだ。
「ーーー! いちいち敵がうっとおしい……!」
「ならば私がやりましょう……」
嫌気が差すシウニー。 彼女を見かねてルシファーが前衛へと浮いて移動した。
手を振りかざし魔力を飛ばすーーーーそれは次々と敵を飲み込み戦闘不能にさせたのだ。
「お見事です、ルシファーさん」
「……さぁここからですよ……」
賞賛するシウニーを一瞥し進み出すルシファー。
これでまた士気が上がったというものだ。
ーーーーーーー
「ここに来れば、何か蝦夷が行動に移した理由がわかるかと思いまして」
「……」
と言う理由で吉和は来たのだという。
確かに蝦夷が何故人間界に業塊ごと移動してきたのかはわかっていない。 不明のままだ。
それが簡単に掴めればいいのだが……そう思いつつ海斗は部屋を見渡した。
背の低い、約1m50cm程のタンスの上には写真立てが置かれている。
近づいて確認すると、三人家族が写されていた。
右には男性、左には前かがみになり中央下側にいる小さい子供を撫でている。
これが蝦夷が子供の頃に撮られた写真なのだろうか……幸せそうに笑いあっている。
「いつくらいからこの部屋使われてねえんだ」
「おそらく……蝦夷の親は500年前に亡くなっていますから、ちょうどその時からと」
500年前から……もう一度部屋を見渡す海斗。
そんな膨大な時間使われていないにしては……不自然だ。
「……にしちゃあ埃とか積もってないな……」
「業塊全ての部屋には自動清掃装置が備え付けられています、そのおかげでしょうーーーーいつでも、いつまでも綺麗にとっておけるというわけです」
なるほど、それなら合点がいく。
小さな疑問は解消された。 が、肝心のきっかけが見つかっていない。
親はこまめに整理整頓されていたのだろう。
小さいものは全て収納され、きっちりと並べられていた。
海斗はおもむろに手が届いたタンスの引き出しを開けた。
するとそこには、少々痛んでいる大学ノートのようなものを見つけたのだ。
「……! これは……」
「ーーーー日記ですね……」
吉和も近づき、そう結論づけた。
彼の言う通りーーー開くと日付とともにある文章が書かれていた。
それは母親が書いたものと推測できる。
海斗は手に持ったそれをめくった。
ーーーーーー
■月■日
今日は家族みんなで、一緒に陸地へと買い物に出かけた。
いつも行く街は魔界とは思えないほど静かで優しさが包む。
何もかもを忘れる少ない時間ーーーー蝦夷も楽しそうにはしゃいでいる。
■月■日
ついに、練習日がやってきた。
蝦夷が業塊を仕切れるようになるために。
まずは業塊が担う重要な役割を教えなくちゃ。
あの子が勇ましく海の平和を守る姿を想像すると、不思議と笑みがこぼれてしまう。
■月■日
蝦夷の十五歳の誕生日がやってきた。
彼も大体のことは覚えたし、そろそろ頭を変わってあげてもいいのかも。
夫にも話をすると、まだ早いと思うーーーそう言った。
でも、表情はにこやかだった。 まんざらでもないらしい。 二人揃って親バカだ。
■月■日
彼はメキメキと力をつけ出した。
二十歳にもなったし、今からでも頭になれる。 も追うここまで来たんだなと感慨に浸る日々。
……でもおかしい。
今日は海流の速さが尋常ではない。
海を泳ぐ化け物の数は一定を保っているはずなのに、一体どうして?
■月■日
不穏に思ってから一ヶ月後の今日。
信じられないことが起きた。
異常なほどの数の化け物が現れた。 膨大な数にならぬように、この要塞で減らしていたのに……どこから出現したのだろうか。
夫との推論を進行中。
「……」
■月■日
長い推論の末、やっと答えが出た。
業塊の目が届かない場所で産卵し、隠れ生活をしてきたのだと。
そうでなければ説明がつかない。
しかし今日で終止符を打つ。
現れた分を一気に消滅させるエネルギーが溜まった。
これで終わる、これでやっと普段の生活に戻れる。
■月■日
凶報が耳に飛び込んできた。
化け物達が陸に上がり、家族で行っていた街の方に向かっているとのこと。
どうやらまた化け物達は業塊の攻撃を免れたらしい。
しかしいよいよ陸に上がってしまえば、その攻撃も全く届かない。
こうなってしまったのも私達夫婦の責任。
代々魔界の海の秩序を守ってきた。 それが私達の役目。
だから……だから守れないわけにはいかない。
他人が傷ついてはならない。
私達自らが止めねばならない。
それで死んでしまっても悔いは……ある。
あの子の勇姿を見られないこと。
でも……ごめんなさい。
大人になってすぐの貴方を置いていく不出来な親を恨んでもいい。
頭から消してもいい……だけど。
海の秩序を守り、平和を築くという教えだけはーーーー忘れないで。
それを願い、ここに最後の日記として記します。
いつか、これを見てくれると信じて。
ーーーーーーー
「……このような事が」
意外な真実を知ることができ、驚きを見せる吉和。
彼が推測するに、蝦夷の大事なものを奪った化け物を違う世界にもおくりこみたかった。
そして同じような運命を他人にも辿らせたかったのだろう。 随分とわかりやすい動機だ。
探していたものが見つかりある種の安堵も覚えた。
「気に食わねえ」
「?」
しかし海斗は難しい顔をした。
決してほしいものが見つかった時のそれではなかった。
ただ平静に日記を眺めた。
「500年もの間、息子は親の部屋に入らなかったわけだーーーー入ってたらこいつを見つけて、こんな幼稚な事はしなかったはずだからな」
「普通親の部屋空いたら痴態とかを探りに行くもんだろ、なのにあいつはそうしなかった」
「環境が変わっちまうのは自然の摂理だ、何かの生物がいる限り変わり続ける、永遠にそのままなんて事はねえ……一人二人が努力したって捻じ曲げる事はできねえよ」
「だが……心は変わらせない事ができる、ただ一人の問題だからな……固く誓えばどうにでもなる」
淡々と言葉を繋げる海斗。
その目は疑いなく日記に向けられているのだが……どこか遠くの方を見ているようだった。
「でもあいつはそれさえも放棄した、簡単に曲げて真逆の方向に行っちまった」
「一番大事なのは、一番しなくちゃあいけねえ事は……テメェの願いを貫き通すことじゃねえのかよ」
「……」
「それが親の願いでもあるなら、なおさらだ」
そう言って、海斗は日記をもとあった場所にしまいこみ、扉に向かって歩き出した。
「行くぞ、吉和」
「海斗さん……」
部屋を出て、蝦夷と会うために歩き出すーーーー
その背中は非常に大きく、とてつもない悲壮を感じさせた。
彼の行く道に死角なし。
人間にもまだこんな人がいたのだなと、感心する吉和。
だがその人間にも、一つ言わなければならないことがある。
いや、前々からーーーとかではなく、今できたものだ。
かなり簡単なこと。 それは
「道逆です」
「え?」
蝦夷の部屋に通じる方向とは真逆を歩き始めていたのだ。




