第八十七話 鋼の意志 不屈の信頼
「最初はただの茶番として終わらせたかったのだが……ここまで聞き分けの悪い子だったとは思わなんだ」
地下4階ーーーーかなりの広さを持つ部屋にラーファとエリメは連れて来られていた。
そして二人はただ立たされているのでは無い。
暗い灰色の鉄籠の中で、腕を後ろで縛り座らされているのだ。
籠はロープで吊るされ、籠の前に蝦夷と、後ろに二人の戦闘員が立って見ている。
「と、いう事でお仕置きだ……頭が悪いのは死なんと治らんからな」
蝦夷が籠の後ろを一暼する。
目線の先には円柱型の巨大な水槽ーーーー床から伸び、天井から3m程度まで伸びている。 蓋はされていないようだ。
水槽内には化け物……鮫のようなもの、蛇のようなもの、一時は人間界を騒がしたネッシーに似たものまで
いる。
要塞近海で泳いでいるそれとは小さいが、それでも凶暴そうだ。
「この水槽の中で化け物達の餌となれ、小娘共」
「……」
「鉄籠の中で小さく踞っているがいい」
正座をしてこうべを垂れる二人。
蝦夷は彼女達の顔をよく視認する事はできなかったが、無表情だった。
しかしそれは光を失っていない。
「……こんな事をしても、きっと無駄です」
「ほぅ……素晴らしいほどの自信よな」
この状況下でまともに喋る事が出来るラーファに興味を持った蝦夷。
目を細め、話を続けることを許したのだ。 なぜそうまで言える という言葉を添えて。
「何者にも曲げられない人がいるからですよ」
「……」
「決して倒れない人が、いるからです」
ラーファは何も怯える事なくきっぱりと吐き捨てた。
反抗の言葉を何も惜しむ事なく、己の身を案ずる事なく言ったのだ。
倒れない人がいるーーーーそう聞いてなお顔を変える事はない蝦夷。
ただますます興味が湧き上がってきただけだ。
「ヒビだらけの人ですが、絶対に形が崩れることはありませんーーーー今までがそうです」
「……」
何万もの軍勢を一人で前にしても
敵が巨大な飛空船に乗り、攻めてきても
「どれほどの高い存在がそれを折りに来ても、叶うことはありませんでした」
異世界の魔王が暴挙を振るっていても
正体も全く知らない組織が襲ってきても
数多の銃器に囲まれても
「その人は血だらけになったとしても、それを折らそうとはしませんでした」
「私が直接見たことは一度しかありません……ですが、皆が話してくれます。 どんな相手だろうと、自らが折っていったと」
人に頼らず、一人で立ち向かうとした事を、皆知っている。
自らの腕で、刀二本で立ちふさがる背中を、全員が知っている。
それをラーファは語った。 彼女の体は萎縮していたが、顔は前を向き、目は蝦夷をしっかりと捉えていた。
「私も……一度だけ見ました」
エリメも感化され口を開いた。
全身を弱々しく小刻みに震えさせ、決して滑らかではないが、確かに強く発したのだ。
「何があっても、あの人は跪くことをしませんでした」
「もしあったとしても、完璧に足を止めることはありませんでした」
彼女はその身に襲った過去を思い出しながらそう言った。
一度は見失った己の心ーーーー生きることに、生を持つことに疲れきった彼女の手を取ったのは一人の男。
目を離さず、傷を負った奴隷としても気を使わずに笑顔を振りまいてくれた。
連れ去られても場所を探り当て助けに来てくれた。
「たとえくだらない事でも、どうしようもない物でも、その手からこぼそうとはしない……背負うことをやめようとはしない人です」
「貴方のような曲がった事しかできない人には、あの黒に勝つことはできません」
「あの人を超える輝く黒は、どの世界にもありはしません」
両目を見開き身を震わせながら、二人は本心を吐いた。
確信と恐れが入り混じった感情を持ってしまった所為なのだろうか、瞼には涙が微かに溜まっている。
蝦夷は二人の声に興味を通り越し驚きを感じていた。
「……そうか」
「そうかそうかそうか!」
少しの笑みを浮かべ、右手を上げ後ろに立つ二人の戦闘員に対し合図を送った。
その内の一人が、ズボンのポケットから黒い通信機のようなものを取り出したのだ。 一つのボタンが取り付けられている。
「ならば祈っていろ! そいつが来て救ってくれることを!」
そしてそれを押し、歯車が軋む音が部屋に響きだした。
すると籠が持ち上げられ、水槽の直上までに達した。
水槽には籠に入っている二人が早く落ちてこないかと興奮し、泳ぎ回っている化け物ーーーー
段々と籠は水面まで降りていき……遂には水中に全てが浸かる。
籠に水が入り込み、真に逃げ場がなくなってしまう。
「祈り続けるんだよ! 檻に囲まれ、水で浸された世界で! 来ることのない希望を抱け!」
肺の中に押し込んだ酸素でなんとか延命しようとする二人の少女……だが、小さな体に押し込める量は限られている。
ものの十秒程度でもがき苦しむようになる。
「ーーーー!……ッ!」
苦しんでいる二人の籠に体当たりや強靭な顎で損傷を与えようとする化け物達。
早く餌が食べたいのだろう、徐々にペースを上げていく。
「化け物が籠を食い破り、お前らを食うのが先かそれとも!......そいつが来るのが先か!」
「祈りだけで歩む道を決められるものならやってみろ!」
もう取り込んだ酸素は底を尽きかけているーーーーーその上籠の耐久もない。
最早手遅れ、少女二人にこれを挽回する力はない。
可憐な命が容易く折れようとしている……
だがその時、水槽を挟むようにして左右の壁に亀裂が生じ始めた。
それは大きくなっていきーーーー壁を破った。
砂埃と共に出てきたのは二人の影、それらは水槽めがけて得物をぶつけた。
たった一撃で分厚い水槽は割れ、化け物達は次の攻撃で絶命していく。
化け物を倒しきった最後に、宙を漂う籠を切りラーファ達を抱きかかえたのだ。
「すまないな、君達が思う男じゃなくて」
助けにきたのは海斗ではなく、アノミアとシェイラだった。
彼女達は少々申し訳なさそうにしている。
「!? なんだ……?」
蝦夷は早すぎた展開に頭がついてきていなかった。 だいぶ困惑気味だ。
「……来て、くれたんですね……」
「当たり前だ、最初に約束しただろう……その挽回に来たんだ」
抱きかかえた二人を地面に下ろす。
約束を一度違えてしまったことに気を悪くしているようだった。
許してほしいと彼女達は言ったのだ。
「海斗も心配していた……奴も君達を助けに行きたがっているようだったが、私達に機会をくれたんだ」
「魔王様は、今どこに?」
「蝦夷を探しに行っている、ただ……この様子だと、先に会ったのはこちらのようだ」
蝦夷がいる方向に睨む騎士。
その目は嫌悪する物体が如し、また獲物を発見した目でもあった。
「……」
「興ざめだ……お前ら、何人使ってもいい、奴らを始末しろ」
「ーーーはっ」
後ろに伸びる階段へと移動する蝦夷に、戦闘員が敬礼し四人に銃を向けた。
破られた壁からも大勢の戦闘員が現れる。
彼らも攻撃が滞らないよう横に整列し、銃を構えた。
「銃か……」
「銃なら簡単ですね、海斗に救われた時から弾丸を捌く練習をしてきましたので」
「そうだな……実に簡単だ」
彼女達の言う通り、銃弾に立ち向かえるようしてきたのだ。
その成果を見せる時だと言わんばかりに背中を合わせ、剣を構えたーーーー
全く怯える様子もない二人の姿……海斗が見ればなんと言うだろうか。
危ないことして……努力したんだな……そう言うだろうか。
はたまた 怖い女だ とでも言うのだろうか……
想像して笑みをこぼすシェイラ。 この状況を楽しんでいるようだった。
「貴様ら、言い残すことはないか?」
敵の一人がこんなことを言った。
面白い奴だ。 しかし言い残す事か、シェイラは頭を働かせ探した。
「……お前達に言う事……そうだな、あいつの言葉を借りるならばーーーーー」
「銃器で私達を殺せると思うなよ」




