第七十六話 人の写真を撮るときはまず許可を取ってから
「痒い〜!」
海斗は自室で書類整理ーーーーの横にはバル。
いつも通りの光景だ。
一つだけ違うところはーーー
「ーーーお、蚊でも刺されたか」
「そうなんですよ〜……もう痒くて痒くて……」
バルが左の二の腕を掻いていることだ。
そこには赤く腫れた部分がある。
犯人は夏に必ずやってくる、蚊だ。
気づけばやられているーーーそんな人も少なくない。
というか大概それ。
ほんと許さんからな。
「なにか塗り薬とかねえのかよ」
「ありますけどなんか負けた感じがしてイヤなんです!」
「変なプライドだな……」
わからんでもないが塗ったほうが早く治るぞ?
夏には必須品と言っても過言じゃあない。
そう思う海斗をまじまじと見るバル。
すると何か見つけたようでーーーーーーー
「……あれ?そんな魔王様も蚊に刺されてるじゃないですか」
「え、まじでか」
「ほら、左の鎖骨の下辺り」
バルが指摘した部分を見るために顔を引き、目を下にやるーーーーと。
赤い円が出来ていた。
どうやら本当に蚊に食われたらしい……
「ほんとだ……くっそぉ、変なところ刺しやがって……」
いつもだよ。
蚊って変なところ刺すよなぁ……
でそれが異様にむずかゆいのなんのーーーーー毎回腹が立つ。
ただ今回は一つ違った。
蚊に刺されたところを見ると痒くなってくるのが普通なはずーーーー
「……」
「でも……痒くないぞ」
しかしながら全く痒くなって来ないのだ。
ひたすら無反応、いつもの皮膚を触っているような感じだ。
「ほぇー、親切な蚊もいるんですね〜」
腕を掻くバルーーーーとても痒そうだ。
でもあと一つ違和感が……
蚊は痒さとともにもう一つ体に置いていくーーーー
それは出っ張りだ。
その出っ張りはさほど大きくないのだが、地味に不快感を出してくれる。
女性の方は肌の露出が多い今の季節なので特に嫌だろう。
だがその出っ張りが
「ていうかこれーーーー蚊の刺され痕じゃねえぞ……」
「え、じゃあなんですか」
「……平たい……少しも膨らんでない」
無いのだ。
更地のままーーーーこれなんなんだ?
「じゃあなんの痕ですかね……」
二人で考えてみるーーーーーーーー
だが出てこない。
これを作る虫など見たことが無い。
作るのだとすれば、これと一緒になんらかの刺激を置いていくはずだ。
とびきりの謎に悩んでいるとーーーー
「それは私がつけましたァ……」
海斗がいる机のすぐ前に黒い空間ができ始めるーーー
それは徐々に肥大し、終いには人一人が通れるほどにまで成長する。
その見方は的中し、中から女性が現れた。
それは黒いーーーーひたすら黒い女性。
枝垂れ桜を連想させる黒髪であり、身に付ける衣服も、所々白もあるが大部分が黒。
その他に黒以外の色をしているところといえば……青い目だろうか。
それも若干の黒みを帯びてきている。
「……だ、誰……?」
忽然と姿を現した女性に対して驚きを隠せない海斗。
当然と言えば当然である。
その姿を見たバルは答えを口に出した。
「マモンですね」
「マモン!?」
マモン……遂に現れたか……
七つの大罪では強欲を司る悪魔とされる。
マモンは富や金銭、お金に関する意味として捉えられているーーーーーしかし一説によると 『人の信頼するもの』 灯される。
どちらにせよお金が関係するとも考えられる。
「は、初めまして……」
驚きつつも律儀に挨拶をする海斗ーーーー
だがそれに対し彼女は不思議な言葉を発した。
「貴方は初めましてぇ……私は二回目ーーー再会を嬉しく思います魔王様」
「……どっかで会ったっけ……?」
こう言ったのだ。
どこかで会ったのかーーーーそれを必死に思い出す海斗。
しかしその記憶は、海馬の奥深くを覗いてみてもありはしなかった。
そんなわけで考えるのを放棄した。
するとマモンがーーーー
「私の方から会いに来ました……朝貴方が寝ている時にぃ……」
「その時我慢できなくてキスをしてしまってぇ……痕が残ってしまったのですが……」
我慢できなくなって……? それは少し気になるが謎は解けた。
これは蚊じゃなくマモンがつけたもの。
「あぁ……これキス痕なのか」
キス痕か……初めてつけられたな。
……なんかこんな事が起きても冷静でいられてしまっている。
日常が非日常であるからだろうかーーーそれはそれで怖いな。
「……ふふ……マーキングです……」
「犬が自分のテリトリーを主張する際、電柱などに尿の匂いを染み込ませたりするでしょう……?」
「それです………」
「……は、はい……」
……俺の体が震えている……ッ!
最大限にここから逃げろと悲鳴をあげている……!!
恐る恐るマモンをチラと見ればーーー
彼女が持つ目は青黒く歪み、頬を赤くし高揚していた。
あ、だめだ。
俺今回の話で死ぬかもしれない。
なんとかここまでやってきたが、七十六話目で主人公が死ぬかもしれない。
身内のなにかでーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーー
「……」
「……」
海斗は仕事が長引くと、気分転換のために城内か外を歩き回る。
今回は城内ーーーーなんの異常もなさそうだ。
……いやあるな……一つだけ問題が……
「……なぁ」
「はいぃ」
それはマモンの事だ。
この気分転換についてきているのだ。
いやついてくるのは別に問題ないんだが……
「そろそろ離れてくんない?」
「イヤですぅ……」
マモンは海斗の右腕にべったりと、ものすごくピッチリと巻きつきひっついているのだ。
これにより胸が押し付けられるという男なら一度は憧れるシチュエーションが襲ってきているのだが。
なぜか込み上げてくる喜びは微量だった。
「運命で結ばれているのになぜ自ら解かなくてはならないのですかぁ?」
「いやたぶんそんなのは俺達の間には無いような気がするんだが」
一欠片も感じられないぞそんな運命。
「まぁ可哀想に……この分厚い運命が見えないなんてぇ……でも私はわかります……だから貴方がどこに居ようと、私は……」
怖えよ!
ひたすら寒気が襲ってくるよ!
海斗が心を恐怖で震わせているとーーー前からサタンが歩いてくる。
「お、海斗じゃねえか……って……マモンも一緒かよ」
サタンも苦手なのだろうかーーー口角を歪ませた。
「そうですわ……何か不都合なことでも?ーーーーもしかしてサタンも魔王様と何らかの秘め事を……」
「んなのあるわけねえだろ……そんなのあっても私がどうたち振る舞えばいいかわからん」
「あらサタンが純情ぶるの……? あの憤怒のサタンが……」
「病んでるお前に言われたくない」
ごもっとも。
初めてサタンの言うことにうなづけた気がする。
やばい。
あって短時間しか経ってないがこの人はやばい。
俺が人生であってきた人の中で五本の指に入るぐらいにやばい。
サタンにそう言われるが、マモンは病むことに胸を張りーーーーーー
「病んでいると思われても結構……これが真なる愛なのです……」
「そんなくだらねえ思想で大丈夫かよ……」
くだらないーーーーサタンは確かに言った。
病んだ愛はくだらないと、それはサタンにとっては何気ない返しだったのだろうが
それがマモンの逆鱗に触れたーーーーーーーー
「くだらない……?」
真顔で呟き、サタンの元へと一瞬で詰め寄った。
手にはサタンの首が持たれている。
「ーーーッ! な、なんだよ……!!」
目を皿のようにし一驚するサタン。
つまり、あのサタンが追いついていないのだーーー
「ずいぶんと口が達者になりましたね……愛にくだらないことなんてありません……私にはくだらないと言う、思う方がくだらなくて切なくて辛さが感じ取れてしまうのです……」
静かに、緩やかにそう口に出した。
かなりの重みが乗ったそれは、見ているだけの海斗をも緊張で包んだ。
そして出し終わった後に
「そうは思いませんか? 魔王様……」
海斗の方向へ、グリンと首をしならせ向いた。
「そ、そうだと思います……! はい!」
肯定するしかなかった。
そうしなかったら殺されると感じたからだ。
これは……相当危険な悪魔と会っちまったぞ……
下手したらルシファー以上かもしれない。
そのあとは何事もなかったかのように歩いた。
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ーーーーーーー
ーーー
しかし翌日ーーーー
街の中心にある掲示板に
海斗とマモンがひっついて歩く写真が十枚を超えて貼られていた。
撮った者は
By ルシファー
やはりルシファーの方がヤバかった。




