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もしも人間が魔王になったら  作者: キバごん
呪われた子編
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第五十一話 もうだめだと思ったときに浮かぶ咄嗟の判断が意外にもそれが最善だったりする

「魔力は、自分の気持ちを形にしてくれる、いわば文字みたいなものなんだよ」


 潰れた管をなんとか通って出てきたような細い声で老女は、赤毛の少女にそう言った。

 老女の顔は極めておだやかで、少女はそれが好きでじっと見つめ返していたが、言葉の真意はわからないでいた。

 魔力が文字だなんて、うまく想像できない。 文字は言葉で、魔力は言葉ではないのに……なんでおばあちゃんはそんなこと言ったんだろう?


「シウは文字を習ったばかりだったね。 そうさ、その文字と同じなのさ」


 シウニーはまばたきした。

 そうさ、なんて言われてもこっちは納得いってないのに。 文字はいろんなこととか、感情とかを離さずに伝えられるものだ。 魔力は感情をつたえられないのに、まったく同じなんてことはないだろう、おばあちゃん。

 老女は納得のいっていないシウニーの顔を見て、いったん目を丸くさせたがすぐにまた微笑んだ。


「なにも小説みたいに、手紙みたいに、誰かに事細かくなにかを説明するためのものじゃない。

 相手に対する感情を表すのさ。 怪我をした、信頼できる友達や家族には治癒を。 逆に憎らしい相手には火や風をおこして怪我をさせる……自分の感情を出して相手に届けると言う点では、文字とさほどかわらない。 だから、シウ、あなたはこれから気をつけてこの『文字』と付き合っていかなければならないのよ」


 シウニーの眉はしだいにあがっていった。 やっと理解できた気がしたから。

 前に両親が言っていた──相手が傷つくようなことを言ってはいけない。 それは、周りの男子からいつも言葉でちょっかいをかけられていたから、簡単にわかった。 この魔力もそうだ。 お母さんもおばあちゃんも生活でよく火や水の魔法を使う。 いつも小さかったり量が少なかったりするけど、もっと魔力をこめればもっと大きくなったりするのは知ってる。

 もし私が大きくなって、魔力を多く持つようになっても乱暴に使っちゃいけない。 きっとそう言いたいんだろう。


「うん、わかってるよ。 魔力を危険なことにつかったりしないよ。 使い道をはっきり決めたほうがいいのはよーくわかってるもん」


 老女は目を閉じて首をふった。

 シウニーは目を大きくさせた。 どこか自信満々に言ったのに、期待していた反応とは違う反応をされたのには、きょとんとするしかなかった。

 じゃあ、いったいどういうことだろう。 それ以外にどんな気をつけることがあるのだろう。

 老女は、そうまばたきもせずに答えを求めているシウニーの肩をつかみ、口をあけた。


「あなたが危険な使いかたをする子じゃないのはわかってる。

 だから、あなたは、みんなから優しい魔力の使われかたをされる存在になるの」



 目が覚めたシウニーは、暗闇の中で驚いた。 時計を見ようにも見えず、目を凝らして、ベッドから降りたふらつく足で壁にちかよってやっと8時前であることがわかった。

 頭にあった最後の記憶には昼の明るさがあって──そんなに私は眠っていたのか。


 手が胸に触れた。 素肌であった。

 シウニーの目はうろたえてふらふらと泳いだ。

 火傷の痛みが、ないのだ。 でも火につつまれた記憶がふっと浮かんだついさっきには、この肌に熱さが幻肢痛のように浮かんできていたが、もうなんともない。

 あれほど長く焼かれたのだから肌はぼろぼろになってしまって当たり前だ。 だがいま触れている肌は普段、風呂にはいって触る感触と同じなのだ。

 怖かった。 果たしてどんな変化が自分に起こっているのか、この暗闇の中で怖くなった。

 壁によった机に置き鏡があるのを知っていたシウニーは、手探りでつかんで窓の方へと近づいた。

 すると鏡を見ると、どうだ、星明かりだけだが、肌が綺麗に元どおりになっているではないか。

 シウニーは驚きのあまり頬を何度もさすった。

 冗談のように思えたが、あかりをつけ、光に目を慣らしたあとに身体を見ると、火傷のあとなど一つもなかったのだ。


 脳裏に青白い光がちらついた。──きっと、エリメだ。 倒れた海斗を治したあの治癒能力で回復したのだ。 でも、それならあのあと私に近づいていることになる。

 私があいつと戦っている最中に逃げ出したエリメが、あいつに見つかる危険をかえりみずに……? 自分が知らぬ間になにがあったというのだ。 まわりにそのエリメはいないし、家に響くはずの生活音すらしない。 いったい誰が真に自分を助け、ここまで運んできたのか。

 机の上にたたまれてあった上下あわい緑の服(たぶんベリアルの寝間着)を身につけ、住居の中を歩いてみたが、バルとベリアルの姿はなく、他の団員すらいない。

 一階の店舗部屋にいくと、薄く電気がついていた。


「オ怪我は大丈夫ナノで? シウニー様」


 アンドロイドがそこにいた。 3体いて、他2体は敵から城を守る門番のように、おおげさなレーザーでもうちそうな大型の銃をもって、右半分だけシャッターがおりている出入り口を見つめていた。


「えっ、ま、まぁ……この通りやけどはなくなりましたし──」


 シウニーはハッとした。 彼らならば私を運んできた誰かを知っているのではないか。 彼らは毎日店を守っているのだから、私が気を失っているときの出来事を知っているのでは。 だから問いただした。 彼らの知能はあのベリアルが作っているから高度で、受け答えも齟齬そごなく完璧である。

 詰め寄って、尋ねた。 若干慌てたようにしかめっ面になってしまっているのは、鏡を見ずにも理解できた。


「ソレに対して、ワタシどもは答えル存在として適切デハありません」


 しかし、齟齬がないというのは、すべてうまくいくという保証にはならない。 彼はまっすぐにこちらを見ていた。


「どうして!? そう答えるということは知っているんでしょう!?」


「ソレでも、お答えスルことはできまセン」


 首根っこをつかんでも、返事が変わることはなく、やさしく肩を押し返すばかりだった。

 とうとう痺れを切らしたシウニーは自動ドアに駆け寄った。 「いけませン!」 とはアンドロイドが言ったものの、シウニーは止まらず外に出た。

 そこは普段通り、夜の中央街だった。 建物はまぶしいほどに電光をはなっているし、人の多さも変わらない。 ただし人の流れが激しく、みな同じ方に走っていくのだ。 なんだ、とシウニーも続いた。 ときどきもみくちゃにされそうになって、しまいには大きな通りから離れて、翼をひろげて飛んだ。 近くのビルの屋上から屋上へとうつりわたりながら、下の彼らの動きを目で追う。 すると中央街出入り口門の近くでとまって、みな、前方一点を見つめている。 シウニーも目をやった。──はるか先に燃え盛る小さな焚き火のような炎のかたまりを見た。

 ここから見てもかなり激しく燃えているのがわかる。 山火事ほど大きくなく、巨大な建造物がつどって燃えているような規模。

 たしかにあんな大きな火事が起こるだなんてめずらしい。


 シウニーはしばらく、目覚めきっていない頭のまま火事を眺めていた。 その頭が覚醒したとたん、その火事の火種がなんなのかがわかって青ざめた。 冷や汗がどっとあふれて、べったりとした服の感触が一瞬皮膚にへばりついて、シウニーはもう一度翼を大きく広げて、火種であるアリフトシジルへと向かった。



 まだ腹が痛む。 消火活動の激しさから幾分かまぎれるが、それでも掻き消えることはなかった。

 女は夕方ごろに現れた巨人を思いながら、ホースがわりの魔法陣を描いて火を消している。

 6時少しまえだったと記憶している。 国を囲んで成る作物の世話を終えて家に戻ろうとしたとき、女性の声で呼び止められた。 そこで油断したのをいまになって後悔する──聞いたことのあるような、ないような声だったものだから。 振り向いたら果たしてなんの違和感もない女で、金髪のもみあげを指で遊ばせていた。


「たずねたいことがあるのですが、いま、お時間よろしいでしょうか」


「は、はい」


 他国の女だと認めた途端の出来事に、私はどうすることもできなかった。


「エリメを出せ」


 私と同じ色の肌が眉間のあたりからぱっくりと割れて、目が肉の中に埋もれていくところを見たら、私の腹をそいつは突き蹴ってきた。 身体が地面を何度も打って、仰向けに夕空を見上げるころには、口は開けど声は出ず、鈍痛の圧迫感に、息だけがすきま風みたいに吹き出るだけだった。

 国への報告だけでもなんとかと、動かそうにも膝立ちだけが限界だった私は、たまたま近くにいた同い年の同職のアケの弓矢で守られた。 矢が刺さって悶え始めたあいつの姿が、見ずにでもどれだけ暴れているのかが想像できた。 すると「ネネカ!」と私の名を何度も呼びながら慌てて駆け寄ってきたアケの顔を見るとやけに青ざめていたのを、不思議に思った。 普段ならば歩幅を合わせてくれるのに、痛みでついていけない私をぐんぐんと引っ張っていくのだ。 この事態だからあれなのかもしれないが。 でも、どうしても違和感をぬぐえなかった私はうしろをチラと振り返り、回されたアケの腕の上からさっきの不明の存在を見た。

 それがいま国で暴れている、皮膚におおわれていない巨人たちだ。 身体から中途半端に浮き出た多くの目でまわりを確かめ、筋繊維がまるだしになった肉体に、武器に絶え間なく変化し続ける両腕──誰かに変化へんげもできるようで、少しの油断も意識下にうかばせてはいけない。


 私たちをいちはやく見張り役の三槍団員がみつけてくれたことで、最初の被害の広まりは激しくなかったものの、結果は変わらなかったと言うべきか、いまではあらゆる建物が炎に呑まれている。 これらの炎は巨人たちが火炎放射器に変えた手のせいだ。 青々と満開の木々は、これらの炎が散れば樹液がすべて絞られたように黒々とやせ細っているだろう。

 巨人は数百もいない、せいぜいが80程度。 それでも彼らは能力の光らせ方を知っているのか、国のこの異様な状況のせいか、なかなか押し返すことができないでいた。

 魔王様も姫も不在で、お二人が帰ってきたときには国が無い……なんて未来は許せない。 なんしてでも、必ず我らだけで抑え込まなくては。


 比較的広い通りを走っていると、隣の家の壁がはじけて、それにまみれて三槍団員が一人飛んできて、向かいの塀にぶちあたった。 ガラスなどの破片で斬ったのか、腹まわりの服が裂け、血が流れているのが見えた。 すると家の残骸から巨人がぬっと出てきて、ネネカはとっさに二人のあいだに腕をひろげ立った。


「エネルギー、たくわえて、たくわえる」


 後ろから巨人の声がして、とっさに振り向くとはたして巨人がいた。 住居の屋根からぬっと顔を出して、クモのようにこっちへ近寄ってくるのだ。

 周りに味方はいないか──そう願いを込めてあたりを見回すが、おらず、みな別の巨人と戦っているようだった。

 勇敢に動いた身体は膝をついた。

 彼らは両手を大きなハサミにした。 サキサキと何度も開き閉じて、刃のあいだから覗く巨大な一つ目がなんともおそろしい。 きっと焼肉カットされるずっしりとした肉のように切られてしまうのだ。 思わず食いしばっていた奥歯が、急に痛くなるのを感じた。


 団員の娘の靴と地面がこすれる音を聞いた。 まだ戦う意志が残っているんだ。 でも身体はすぐに答えてくれそうになかった。

 なにかできることはないか──こんな臆病な自分にもできることは。

 ただそんな猶予もなく、巨人の手に届く範囲に、いつの間にか私はうずくまっていたのだ。

 たぶん、きっと、巨人はハサミを広げたんだと思う。 でもそれが私たちに届くまえに、私に血飛沫が飛んできて、見上げると、首をなくした巨人がいた。 身体はかたまって、ちょっとしたら崩れた。

 岩が遠くで砕ける音がしてから、空の方で声がした。


「安眠妨害しやがって……!! 全員叩き切ってやる!!!」


 憤る声はサタンのもので、数本の小さな斧を左手にもっていて、それが投げられたのだとすぐにわかった。 そんな彼女の姿が、大変に心強く思った。 いつもは自分勝手な、少し横暴なところもあった彼女だったが、ことここに及んでは凄まじく心の支えになるようで、折れかけた心が立ち直ってきたのがよくわかった。

 自分にできることをやろう──彼女のように大それたことはできないが、小さな積み重ねぐらいはできるはずだ。 そう立ち上がろうとすると、顔の肌に、薄い熱が帯び始めた。 それはもうもうと大きくなって行って、じかに炎が燃えているようにまで発展した。 我慢できなくなって顔に触れると、ねちゃついた肉が指をさわった。 皮膚が溶けていたのだ。 私は思わず悲鳴をあげた。


「ぇ、んぁ……? なんだ……っ?」


 倒れた巨人のかげに隠れていたやつが2人、出てきた。 間も無く巨人につぶされて死ぬところだったのだろうが、アタシが投げた斧が当たるってー奇跡的な偶然で助かったみたいだった。

 でもなんで、叫ぶ? なんでそんなに苦しそうなんだ。 顔をおさえてうずくまって、どうしたってーんだ。 そいつのすぐうしろにいた団員の1人が寄り添って、髪をすくった途端、ぎょっと目を広いて肩をゆすっていた。

 気になってアタシも駆け寄った。


「顔あげろ」


 アタシの国内での地位はよく理解してる。 アタシの一声で大体の奴はその通りに動いてきた。 でもこいつはうずくまったままだ。 いつまでも泣いていて、焦らされたように感じて、思わず頭を掴んで無理やり顔をあげさせると、どろっと赤い血が塊で落ちて、地面でひろがった。

 そいつの顔の下半分の皮膚が焼けただれたようになっていて、顎の骨の一部がぐちゅぐちゅになった肉にまみれて見えていた。

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