第五十二話 見えていた手
夜空に何本もの煙が立ちのぼっておわりそうもない。 普段通り見えてきそうな星も国の中ではよく見えず、サリは背の高いビルのような建物の屋上でかろうじて見える星を数えるのに飽きを覚えて、街を眺めた。 あちらこちらで盛る火のように赤い巨人が動き回っている──これでは私のいる意味ないではないか。
まったく、自分の不祥事挽回の機会くらいくれたっていいだろうに。 あいつらはチームワーク大事に立ち回っているわけではないのか。 態勢の重要さを説く親の下にいる子どもとは思えない。
サリはウエストポーチを小さくつまんだ。
ラボに戻ったときは驚いたものだ。 なんと自分の作品ナンバーカードがなかったのだ。 これがなければラボ内に入れないシステムを前に、サリは途方に暮れていた。 良質な芸術作品には贋作が多いと、ラボの廊下にかけられた大層な画家のレプリカを見上げてカバネは行っていた。 だからこそカードがいるのだが……あのときはそのシステムに冷や汗をかいたものだ。 前にカードを紛失した者がいて、贋作認定を受けて粉砕機でバラバラにされて、能力だけを他の作品に混ぜられたことがあったのだ。 自分も同じ道を辿るのかと覚悟したが、そうはならなかった。
──価値ある作品のレプリカも同じくらい大事にされるもんだ。 だけど、僕はモノホンが出す価値こそ隣に置きたい。 だから、自分が本物だと言いたいのなら、モノホンの力を見せてね。
廊下は贋作ばかりをかざってるのによく言う。 作者としては尊敬できるけれど、一つの生物としてはいかがなものかと思うときがままある。 本物を取り揃える金を全部研究に費やしているぶん、これで本物の作品を作っているつもりなのだろうが。
サリはほくそ笑むように目を細めた。
以前にカードを失くした作品が一発で処分されたところから、私は作者にとって「本物」ということなのだろう。 ならば、彼が望む本物の力を示さなければ。
もうもうと絶えず嗅げる火から昇る大気に、いま再びあたりを見まわした。 いまだ腕を振り回して、建物を崩し暴れる奴らがあちこちに見える。 奴らもわかっているはず──私に汚名をそそぐ場面くらいくれてもいいのに。 このままだと活躍することなく全部終わってしまいそうでならない。
火で燃えぬ鉄筋の住居に、サリは鎖を伸ばして巻き付かせた。 ガッチリと絡ませてから引き戻すと、みるみるうちにヒビが入って倒壊した。 誰も中にはおらず、瓦礫の隙間からはテーブルやタンスなどの家具がチラと見えるばかりであった。
サリはあたりを見渡した。 ところせましとあがる炎の中に赤い巨人が暴れまわって、肌に触る空気も視界も熱くなってきて、思わずうんざりしていると、これらの赤の中に、ひときわ目に付く赤があった。
サタンだ。 背が向けられているが、あの服装と長い赤髪は間違いなくサタンである。
サリは薄く笑んだ。
まさか大罪組がここであらわれようとは。 遠くから聞く話では全員が自分のテリトリー内と、独自の考え方で動いているようだから、もう少しあとに出会うと思っていたものだから。
不思議と手に力がかかる。 自分の力を弱気に思ったことはない──しかしいまのいままで「大物」と戦ったことがなかったから、己の実力が一体どこにまで通用するものなのか、ずっと不思議な部分ではあった。それがいま、明かされる。
なぜあんな炎に囲まれた道路でしゃがんでいるかわからないが、まだこっちに気づいていないのは都合がいい。 サタンは敵と判断できる者が視界にはいっただけで飛びかかって来るそうだから、これなら適切な距離にまで近づいて実力を証明することができるというもの。
──平民どもを何人やったってしょうがないね。 建物を潰しただけでもしょうもない。 エリメちゃんをとってきたら一番いいけど……お肉くんたちがやってくれそうな雰囲気あるけど。 それが無理だったら〜……そうだね。 もうちょっと重要なやつの首とか身体とかとってきたらいいよね。 いるでしょ、あの国には、七つの大罪とか呼ばれてる変人ども。 あいつら全員個人の戦闘力としては魔界屈指だ。 あれが創作に使えたら最高だよね。 というわけで、頼んだよ〜。
カバネはそう言ってなにかの準備をしにラボに戻っていった。
「頼んだよ」 ということは、私にはそれ以外に道はないのだ。 あそこにいるサタンをとらえる以外にないのだ。 だれだけ力があるかは知識にないが、きっとやってみせる。 私は最高の絵画であると言ってみせてやるのだ。
ゆわらゆわらと、木を焼く炎の音にまぎれながら、サリは鎖をすらりとのばし、背伸びをしてビルから飛びおりた。 すると、視界の左端から何かが飛んでくるのが見え、身体がこわばった。 それは、かろうじてとらえることができた剣であった。
*
心配になってゴミ箱のそばから出てみれば、アリフトシジルが燃えていた。 中央街から遠く離れた場所だけど、あれほどの巨大がオレンジ色にともっているのだから、いやでも見える。 大通りで野次馬していた人たちも、自分とのかかわりができてはいけないと、もうとっくに姿を消していた。 周りの店からは黄色でまぶしい光がでていたが、それでも目は遠くの巨大から目を話すことができなかった。
エリメは小さな口をとじれなかった。
きのう、たった一日過ごしただけの国である。 それ以上に長く過ごした屋敷だってあるのだ。 思い出の場所でもないのに、あのオレンジを見ているだけで、胸のあたりが地面に落ちるようだった。
おいしい食事を一回とっただけだ。 手作りの、食事を。 それだけで、ここまで足がかたまってしまうものだろうか。
結局シウニーさんに助けられたあと、どこにいくこともできなかった。 ビルの階段下に隠れて、シウニーさんがどうなるのかという怖さでいっぱいになりながらうずくまっていた。 そしたら、何かが落下する音が聞こえて、見ると焼け焦げになったシウニーさんがいた。 あの鎖の女性が降りてくるかもしれないと思って、しばらく確認してから駆け寄って、傷を癒した。
──送り届けてくれてあんがとさん。 でもキミはいまからどうするつもりだい。
行くところなんてどこにもないだろう。
周りにいた大人の方に、ベリアルさんのお店までシウニーさんを運ぶのを手伝ってもらったあと、ベリアルさんはそう気遣ってくれた。
私は、「お茶おいしかったです、ありがとうございました」と頭を下げて、店から離れた。
──いらん世話かもしれんけど、また捕まるだけじゃないかい?
不運のことなら、ウチも、あいつらも気にしないと思うのさ。 だからさ、ねぇ──。
ベリアルさんは、私に声が届かなくなるまでひきとめようとしてくれた。 本当に優しい方だと思う。
でも、私はあそこにいてはだめなんだと、全部を言葉にはできないけど、そう感じた。 そうでなければベリアルさんも、まだ見ぬ国の人たちも、みんなみんなシウニーさんみたいになってしまいそうだったから。
それからはビルのかげに座ったり、せまい路地のゴミ箱の影に隠れていたりと……途中で助けを求めたい衝動に駆られることもあった。 路地から通りに顔を向けてみると、名も知らぬ人が行き交っていた。 でも、あの人たちに助けを求めたいなんて思いは、一瞬で消えてしまったのだ。──みんなの顔が、シウニーさんが負った火傷をべったりとつけたように空目してしまったから。
私は、誰かに助けを求めたらいけない子供なのだ。
アリフトシジルに助けを求めようとしたけど、もしも私の不幸がうつってしまったらと考えただけで、できはしなかった。 でもいまはこれだ。 結局私がいまどう行動しようと、過去に一度関わってしまっただけで不幸の道をたどるんだ。
「お前、まだつかまってなかったのか」
後ろから声をかけられてエリメは驚いた。 振り返ると海斗がいたのだが、あまりの鉄臭さに眉をひそめ、目を皿のようにおおきくさせた。 顔にも手にも血がしたたって、破れた服からは肌の中が見えていた。 それでもふらつくことなく、海斗はエリメの横を通ってアリフトシジルを見つめ、進んでいる。
歩くたびに数滴、血を落とす海斗を見てエリメは、なんと声をかけていいのか言い詰まっていたが、小さく声をかけた。
「ぁ、あのっ……いと、さん……」
聞いた海斗の名を思い出して口にしたが、うまく繋げることができなかった。──しかし、海斗はそんな小さな声に足を止めて、振り返ることなく口をひらいた。
「そうだ。 もう俺ァおまえの主人じゃねぇ。 見ての通り自分の家さえ無くなりそうなんだ。 どこへでも好きに行きな」
そう言ってまた歩き出した海斗に、エリメは罪悪感を抱いた。 自分の思いを伝えたく、声をかけようとすると後悔までもを感じてしまうものだから、どうしたらいいのかわからなくなって、エリメは下唇をかんだ。
私に関わらなければ国が燃やされることはなかったし、シウニーさんがああなることもなかった。 だから、謝罪くらいしたかったんだ。 なのに、うまく言葉が出せない。
「いか……ぁの……ごめ、ごめ、なさ……」
海斗は足を止めない。 霧みたいな声が、今度は届いていないのか。
「シウニーさん、とか、かい、さんも、全部、全部」
涙がこぼれでてきて、胸の前でさまよう手にかかった。
声に涙がのって、さっきよりも大きくなったけど、それでも海斗は足を止めなかった。 これ以上大きな声も出せそうにない。 だから、もう二度と、私の思いも、声も届くことはないのだけれど、独りよがりでも自己満足でも、思いを声に出しておきたくて、ひたすら言葉を紡いだ。
「わたしの、不幸で、全部──」
「不幸不幸ってまとめててもしょうがねぇだろうがァッ!!」
エリメの肩が跳ねた。 思わぬ大声が、彼の立ち止まりと同時に聞こえて、エリメの涙はとんとやんだ。
もはや止まってくれることなく、自分をいない存在として国に戻っていくのだとばかり思っていたものだから。 いまも彼は国を見つめている。
風が優しく吹いて、海斗の上着のすそがなびいた。
「お前はませて、子供らしからねェ態度で、これを不幸だのなんだの言うがよ。 お前が不幸だっていうこれは、所詮結果でしかねェ。 大事なのはここまでどうしてきたかっつー過程だ。 お前はなんども違う道を歩もうとしてきたか!」
エリメはまばたきも忘れて考えていた。 違う過程と、違う道──これらを歩もうとしてきたか……なんて、考えなくともわかること。 振り返ってみたら、ずっと同じ一本道。 商人にさらわれたこと、誰かに買われたこと、襲われたことはあっても、それはいつもと一緒で、つまるところ少しは景色を変えるものの同じ道でしかない。 分かれ道なんて、どこにもなかったように覚えている。
でもそれは、きっと、言い訳になってしまうかもしれないけれど、私1人の力ではどうすることもできなかったから。 だだぴろい創元に道を作ることなんて、ましてや自分の周りにそんな自由のきく広場がひろがっていることすら気づいてなかった。 だから……だからずっと一本道なんだ。
「お前はずっと1人だった。 だから変えようもなかったのかもしれねぇ」
風はぴたりとやんだ。
海斗さんは私の気持ちを察したように言って、またすぐに言い繋いだ。
「だが今回ばかりは違うだろう。 シウニーが、お前を救おうとしてくれたはずだ」
シウニーさん。 エリメは彼女の名前を聞いて、大火傷を負ったシウニーの姿がぶぁっと頭に写って、地面に視線をおとした。 まともな肌の色はなく、鮮やかな赤の髪も全く違う赤の火に呑まれて枯れた植物みたいになって、唇も老婆のようにこけていた。
「大怪我負ってでも、お前を助けたいと! あいつは動いたはずだ!
それでもお前は自分が不幸だとほざくか……!? 伸ばされた手を見てもなお、お前は違う道を進もうとしねぇのか……!?」
いつの間にか、海斗さんは体を半分だけこちらに向けて、私を険しい眼光で射止めていた。
「許さねェ……絶対に許さねェぞ、そんなことは……!」
腰に差した木刀を握った手が震えていた。
本当だ。 シウニーさんは私に何度も力強い手を伸ばしてくれていた。 買ってくれて、暖かいお風呂にもいれてくれて、大火傷を負ってでも助けてくれて。 海斗さんも、お姫様も、ベリアルさんも受け止めてくれようとしてくれたはずだ。
いま、私は分かれ道のど真ん中にいるのだと、気づいた。 だからあの国を何度も思ってしまうんだ。 ただ単に、優しくしてくれたから、だけではないんだ。
不思議と彼の目を、私は怖いと思うことはなく、ただただ自分の恵まれた昨日と今日を思い、あじわった。
海斗さんの歩き出した足音に現実に戻ってきて、ふと感じた。
「ぁ、えと、海斗さんはなんで! シウニーさんの大怪我のことをご存知、なので、しょうか……?」
あの場に海斗さんはいなかったはずだ。 人混みの中にもいないかったように思う。 それにいままでどこかで戦ってきたような身体であるし、彼があのことを知る手段はないはずだ。
すると海斗さんは歩みを止めて、さっきのような熱のこもった声ではなく、怪我のしんどさに小さく震えた声をだした。
「お前の肉親が教えてくれた」
エリメは眉をあげた。
肉親など、家族なんて、いないはずだ。 親戚のことも知らないし、いるかもしれないその親戚も私のことや知らないだろう。 でも、なんで、肉親が……?
海斗はのそりと、また歩き出した。
「そいつが誰なのか、知りてェならついてこい。 お前が知りたいお前のことが、ぜんぶわかる」




