第四十三話 出所後すぐに味の濃いもの食べたら身体が受け付けてくれないらしいけど、あれって奴隷にも言えるんじゃね?
少女は、アリフトシジルへつく間に、エリメ・クーダと名を明かした。
シウニーはエリメと手を繋ぎ、歩幅を合わせて愛の色を込めた目で見つめていた。 海斗たちも前に出て、度々うしろを振り向いてはスピードを合わせた。
「ほんとにウチで暮らさせるのか?」
海斗はバルにだけ聞こえるようにささやいた。
「魔王様がそういったんでしょ? ちゃんと爆発に乗って、私たちのところにやって来たでしょうが。 運命ですよ、運命」
バルはそういってエリメを振り向いた。
海斗はバルのその目に、慈しみのような色が帯びているのを見た。 最初はあんな拒否の態度だったのに、いざ迎えるとなったらこれだ。
でも、ある程度わかっていたことだ。 子どもが苦しんでいたら助けたいと思うのがコイツの性格なのだ。
ただ、やはり、「呪われた子」と呼ばれていたのが、どうしても気になった。 へどろのような、どろどろと絶え間なくうごめいて、重みのあるモノが胸の底にたまっているような、気持ちの悪い不安があった。
アリフトシジルは決して優位な立場にある国ではない。 こうして出歩いている中で、バルは中央街の人たちは気にしないとは言っているものの、視線は感じる。 自分の顔も知れているのか、前にシウニーと出掛けたときにも、店の店主の目が、自分の顔を見て膨らんだのを認めた。
いまでは、バルが混じった外出の際には、気づけば周りにぎょろぎょろと視線をやり、全身が緊張にあることがままあった。 城の自室にいても心身休めるわけでなく、以前の泥棒騒動のように、誰かが忍び込んではいまいかと不安に駆られるときもある。
呪われた子と、勝手につけられたあだ名だとはいえ、思慮するに値する、不幸の事実が背負われているのを無視することはできないと、海斗は眉をひそめた。
エリメはうつろにさせた目を、通り過ぎていく地面にそわせている。 肌も、長いこと着たのだろう黄ばんだワンピースも、その目と同じくうす汚れていた。
海斗は、それを見て、初対面だったバルを想った。 バルも、こんな感じに暗く、とっつきにくい印象があった。 どこか塞ぎ込んでいるというか、重たい傘のなかで閉じこもってる、あの感じ。
国につけば、道ゆく者たちがエリメを興味深そうに見ていった。 海斗たちがついているので、なにか事情があるのだろうと思った彼女らは、声をかけることはしなかったが。
エリメはうつむいていた。 初めて来る国の風景に興味を示す素振りがない。
海斗は一度、少しだけふりかえった。 ……あんな2つ名がつけられるに至る、少女が通った周囲の悲劇が、どんなものかは知らない。 やはり少女を見て浮かぶのは、哀れに思う気持ちよりも、気味の悪い不安だった。
すぐに城に着き、食堂に連れていった。 昼はとうに過ぎていたが、まだちらほらと席には人がいて、彼女らはバルが見えると、立ちあがって一礼した。 座ったあと、見知らぬ少女に視線が移り、不思議そうな色が顔に浮かんだ。
「ちょっときたないですから、お風呂にはいりましょうか」
バルはかがんで、言った。
「風呂か!」
その言葉に、海斗はエリメに近寄った。
するとバルはジトリと見つめて、海斗の歩みを止めた。
「私がいれますので、魔王様はご飯つくってくださいよ。 ほら、調理班に許可とってほら」
「ヤダ! 俺がはいらせるんだ! ただでさえハーレムタグがつけられてのにハーレム要素皆無なんだから、こういうときだけでもそういうのしたい!」
「こんな子どもをハーレム要素としてみるのもいかがなものかと」
「だってそういう要素を無理にでもいれないとそろそろクレームが来そうで……」
バルはエリメの頬を撫でた。
「ハーレムを期待してる人はすでに最初の長編で見限ってるでしょ」
「そうですよ! それにかわいい女の子ならいたるところにいるじゃないですか。 それで大満足じゃないですか!」
シウニーが胸を張っていった。
海斗は呆れて目を晒した。
「調理器具性愛者がこんな小説見るかよ」
「誰がまな板じゃオラァッ!!」
ぬれそぼった髪をわしゃわしゃとバルに
拭かれながら、エリメは食堂に戻ってきた。
テーブルにできあがった料理を置く海斗は、綺麗になったと思うとともに、バルの姿に珍しさを覚えた。 シウニーは普段の姿に、カーキパンツを巻きあげているだけであったが、バルは、髪をかきあげゴムでとめ、紺のタンクトップと短パン姿であった。 服には、点々としぶきの跡がついていた。 そんな姿もあるのだと、調理場にまた戻っていった。
海斗たち4人は、1つのテーブルを囲んだ。
気づけば食堂には4人以外に誰もおらず、ただ調理班による厨房からの、夕食をつくる音だけが聞こえていた。
「……全部食べてもいいですからね?」
バルはエリメの顔を覗き込むようにしていった。
カルボナーラに塩胡椒で焼いた数枚の肉、サラダが人数分あった。 海斗たちは昼食をすでにとったため、子ども用のエリメと同じ量である。
それを目の前にして、エリメは固まって、まじまじと見つめていた。
「セクハラするくせに、こういうとこ、私より能力高いの腹立つ」
「中坊のとき、親が残業続きなんて当たり前だったからよ。
つーかそんなのどーでもいーの。 ほれ食べろ。 さっき腹鳴ってたろ?」
エリメは海斗を見た。 次いでバルを、シウニーを見た。 おずおずといったような、無感情といったような、虚ろな目だった。
そうしてフォークを持った手をあわせ、小さく頭をさげると、ゆっくりとパスタを巻き始めた。 そしてひと噛みひと噛み、これが丁寧で、ゆっくり、ゆっくり、味わうように咀嚼している。 飲み込んで、また巻いたパスタをフォークごと頬張ったところで、こちらを見てくる海斗を見あげた。
ほほをふくらませたエリメの顔に、海斗は釘付けになって、そのにじみでる素朴なかわいさに吹き出してしまった。 さっきまで、物質的な表情しか見せなかったのに、いまは料理のおいしさに目を濡れさせているように見えたのだ。
この海斗の笑い声で、互いの距離感をはかる微妙な空気が消えた。
バルは目を細め、シウニーはエリメの頭をやさしくなでた。
エリメは、なぜ、こんな空気になったのかわからない。 しかし、こんな自分を、受け入れてくれたことだけは、まだ確信はできなかったが、感じ取ることはできたのであった。
外の空気が、湿気をふくませた。
魔界の空に、分厚い灰色の雲がかかった。




