第四十四話 人生皆バイ■ハザートの如し
中央街のファッションモールの屋根が吹き飛んだという報道を、海斗の部屋のテレビで知ったのは、曇り空に夕日のとろみが混じってきた頃だった。
モールをはるか後ろに立たせた女性アナウンサーが、状況を説明しているのを海斗たちは見つめていた。
「煙の中には、巨大な人影が何体も見えたとの情報がはいってきております。
彼らの声と思しき、低い叫び声も、たびたび聞こえているとのことです」
眉間にシワを刻みながら、そうまくしてたるように言った。 直後、マイクが叫び声をかすかにひろった。 くぐもった声であった。
すると、すでにもうもうとあがる黒煙を、その中から、より一層大きな煙がもわっとおしあげた。
海斗は眉をひそめた。
地球と魔界とで、起きる事件の差が、自分の常識とかけ離れてしまっていて現実味を抱けないでいた。 たまに強盗が押し入ったというニュースはあったし、テロまがいの行為も国際報道で目にすることは稀にある。 そんなニュース上での事件は、どこか対岸の火事状態であった。 いま、報道されているものは、それよりもはるかとおくに怒る、かすかに火の赤みが見える程度のもののように思えた。
バルも、シウニーも、「うわー、こんなのまだやるやついるんですね〜」やら、「じゃあ当分中央街行くのやめておきましょうね姫」やら、慣れたような気分をそえて言うのだ。 バルはそのままコーヒーをいれた。
エリメはベッドに腰掛けているだけで、ラーファの興味をかきたてている。 なにも反応せずにうつむいてばかりのエリメの顔を、ラーファはきらきらとした丸い目で何度も覗き込んだ。
ほぼ無反応を貫いているエリメも、すこしだけ困ったのだろう。 まばたきが多くなっていた。
海斗は振り向き、そんな子供たちの姿を見て、ほんとうに、水平線の火事どころではなくなってきていた。
しかしその火の手は、突然の愛なの来訪により、一気に川を渡り、目の前にまで迫った。
アイナはノックもせず、肩で息をしながら、「大変です」と消え消えになった声を絞り出し、テレビの映像を見て、眉をあげた。
「中央街で、正体不明の化け物があばれていて……」
そして、画面を指さした。
「その、モールから、出て行ったバケモノの数体が、ベリアル殿の店を襲っている模様……!」
無線が飛んできたのだという。 いくらかのノイズと、(おそらくは)ベリアルが走っている足音が混じった通信とともに、余裕がなさそうなベリアルの声で助けを求めてきたのだと。
ベリアルの店には、強盗やテロ対策のために数十体の防衛アンドロイドを置いている。 しかしそのかずをもってしても、なかなかに厳しい状態が続いているのだと語り、通信が切れたという。
バルはコーヒーカップを置いた。
「確かにあのモールの近くに、あの子の店がありますね。 すぐに編成を。 私もいきます」
「え、しかし、姫は……」
アイナは言い詰まった。 自分は出る気満々だったわけだが、まさかバルまで出ようとするとは思わなかった。
「阿呆。 姫が出ていい場面じゃねェだろ。
アイナ、俺が行くわ」
海斗が言った。 そしてバルの横を通り過ぎざまに横目でバルを見、「お前は国を守っとけ」と続けた。
アイナはそれに安堵したように、眉の緊張をといた。
「わ、私はどうすれば……!?」
そうシウニーが、海斗がアイナを連れて出て行く手前に声を上げると、アイナが答えるよりも先に海斗が口をひらいた。
「お前もついてこい。 バルを防衛は違うやつに頼むから」
すぐに3人が部屋からいなくなった。 ラーファハ出て行く前には、何か大変なのか、がんばって探すように海斗の背中を見つめていたけれど、エリメに興味が戻っている。
バルは、取り残されたような気持ちになった。
自分も、なにか役に立てると思っていた。 どんなときでも、その思いが、途切れた覚えがない。 国民が苦しんでいるならば、自分が率先して手を伸ばす──当たり前だと感じる。
だが、それを「姫」という立場が許してくれない。
しかし魔王である海斗はどうだ。 自分と同じ国の対象であるのに、どんなときも戦いに赴いている。 血を流す場面では、我が身を振り返らず1人でかかっていく。 自分の、理想形。
だからこそ思う。 なんだか海斗が、自分がやるべきことを代わりにする、影武者のようだと。
しばらくバルは、扉から視線をはずせなかった。 ぎこちなく丸椅子に座った。
「どうしたの? 気になるの?」
ラーファの声が聞こえた。
ふりむくとエリメがテレビの映像を見つめていた。 煙が上がり続けるモールの映像が、いまだ流れている。
「あの人、お強いのですか」
するとエリメが口を開いた。 初めて声を聞いて、バルは眉をあげた。 いままで一切喋らず、あまり目も合わせてこなかったのに、いまは影を孕んだ目でこちらを見ている。
その質問の意図はなんだろうか。 いやもちろん危険極まりないところにいくのだから、バケモノと戦っても無事帰ってこられるのかを問うているのだろうが。 どうも、エリメの目を見ていると、それだけではないような気がした。
バルは、顔から疑問に思う色を隠しきれずに、
「とても強い人だとは思いますが……」
そう言った。
エリメはバルからテレビへと視線をやった。
「あのお肉さん達より強いの?」
「お肉さん?」
バルは眉をひそめた。
お肉さんとは、バケモノのことだろうか。 彼らをお肉さんと呼ぶということは、一度見たことがあるのだろうか。
エリメはそう言ってから口を閉ざした。
バルは考えた。 このモール以外に、お肉さんと呼ばれるだけの何かがおこした事件があったか。 報道もされ、人々の記憶に残るような、そんな事件が。
バルは、エリメの顔を見ながらうんうんと記憶で過去を歩いてみたが、結局でてくることはなかった。
*
立ち並ぶビルと店の窓から明かりが漏れている。 大型ファッションモールが壊されているのもあって、人だかりの歩みは早かった。 スマホや、店のガラスケースにあるテレビで情報を手にいれるものも多く見えた。
海斗は、翼広げて飛ぶアイナに、脇下に腕を回されようにして抱かれ、そんな中央街を見下ろしていた。 たびたび目をしぼませ、顔に当たる風にたえていた。
アイナの飛ぶ速度はなかなかであった。 編成した、一、四、五番隊の隊員達から距離をはなして飛んでいる。 フロントガラスがなく、もろに風がぶつかってくるスポーツカーのようで、便利ではあるし助かるが、ヘルメットのない海斗には我慢の時間であった。
この風に慣れているアイナは、ぐんぐん飛び進み、あっという間に、煙をあげるショッピングモールが見えた。 さきほどよりも煙を濃くあげている。
報道陣が下の大通りに見えた。 さっきの映像をとっていた報道陣だろうか? 彼らを盾にするように、野次馬たちが集まっている。
アイナは若干滑空気味に、進路を斜め右に変えた。 ビルの上を飛んでいたのに、すぐにそれらの隙間を縫って降下していく。
当たる風は一段と強くなって、海斗は顔をそむけて目をすぼませた。
その薄い視界に、海斗は何かを見た。 その直後に、「む」というアイナの声が吹く風の音にまぎれて小さく聞こえた。 そうして思い切ってまぶたをこじ開けてみると、横に伸びる大通りに白と赤の人型が多く見えた。 白はなにかわかった。──ベリアルのアンドロイドだ。 前に見た記憶があった。
ただ、赤の人型はよくわからなかった。 そしてよくわからないまま、アイナは向こう側のビルの路地に着地し、海斗は降ろされた。
発砲や、地を蹴る重い足の音の束が大通りからきこえてくる。
海斗は路地から顔をのぞかせた。
赤い巨人が、アンドロイドの首をしめていた。 それは皮膚がなく、筋組織が露出しているバケモノであった。
まだ気づかれてはいない……少しでも長く観察しようと息を殺した。 すると、海斗はぎょっとした。
掴んだアンドロイドを高くあげた途端、巨人の脇腹から、大粒の目が、ぶろっと顔を覗かせたのだ。 それは海斗と目が合い、巨人は、壊れたアンドロイドを足元に落とした。




