第二十六話 一度起こったことは何度も起こる
夕方になりかけている陽の光が、懸命に走る海斗に降り注いでいた。
かなり中央街をまわったが、バルたちを見つけることはできず、中央街特別委員会も、サライという男の情報もついぞ手にすることはできなかった。 息が上がって、走るのをやめた海斗は、いつの間にか、広場にやってきていた。 真ん中に大きな噴水があって、バッテンの形に道が伸びていた。
ある一方の道の先を見た。 すると、さほど遠くないところに、赤い看板の大型ショッピングモールがあった。
海斗は、気だるげな目をした。
あれが、バルが行こうと言ってくれたところなのだろうか。
どうなってもしらない……サライの言葉が、あれを見た途端悪い冗談なのではないかと、急に、炎のようにボッと湧き上がった。 しかし、そんなわけないと、すぐにしゅんと消えて、心の中で自分を嘲笑った。
海斗は、木刀を抜いて、噴水に腰掛けた。 杖のようにして、足の間に立てた。
横に、ほんの少しだけ離れて、新聞紙を読んでいる、男がいた。 人間でいうと50代くらいか。
海斗は、その男を横目で見続け、ため息をついた。
「で、こんなに歓迎会を開いて、金は足りるのかい。 おっさん
つーか、俺を殺ろうとすんなら、短剣はもっとうまく隠すこった」
男は、次のページをめくろうとしたが、左から右の親指にたどり着くことはなく、しおれた植物のように、しなりと折れた。
つかのま、その新聞を見つめた男は、立ち上がって、新聞を置いて立ち去った。
海斗は、男の背中を見つめていると、周囲の悪魔たちの動きが目についた。 噴水を囲むように歩いているのが、見て取れ、木刀を握る手に力がこもった。
ここから見るに、一般らしき悪魔は見えなかった。 自分の他には、被害を出さないようにしているのかと感じた。
集まる男たちの腰には、刀が差されていた。
海斗は、苦笑した。
「中央街デビューパーティですか? わざわざそんなことのために集まってくれたんですか?」
そして、よいしょと立ち上がって、こりをほぐすために腕を回す。
「いやぁすみませんねェ。 さぞ、労力と金がかかったでしょうに」
どれだけの数が集まっているのか、海斗は疑問に思って、男たちを見た。 こちらを向く男たちの、顔のあいだからは、向こう側の景色が見えた。 そこまで厚く包囲はされていないようだった。
しかし、かなりの数だ。 ちらと横に視線をやると、どうやら、噴水をぐるりと一周かこめるくらいには集まっているようだった。
男たちは、一斉に刀を抜いた。 強気な姿勢を見せる海斗の、頬を一粒の汗がくだった。
このまま攻めてくれば……俺はどうする。──難しい現実に悩み始めた、その直後に、後ろの噴水が爆発した。
おびただしい量の風と水しぶきが背中に、振り返った顔にふりかかる。
それらが落ち着いて、はっきりとなった視界の先には、瓦礫の上に誰かが立っていた。
海斗は笑んで、ため息をついた。
「この世界の住民は……ほんと噴水ぶっ壊すのが好きなのな」
男は、冷徹な表情で口をあけた。
「お前が海斗だな」
「いかにも! なんだツミは! そちの名を教えい!」
男は、懐から、数枚の札を掴み取った。
「俺はトリタカ。 お前を殺すか、生け捕りにしろと、命令されここへ来た」
もう片方の手で、刀を抜き、海斗に切っ先を向けた。
「……お前なら、この戦況がどちらに傾いてるか、わかるはずだ」
海斗は上目遣いで、トリタカを見て、
「いやぁ……普通ならここで諦めて降参なんだろうけどもさ……俺、ワイザとの戦いで、少数形勢逆転に味をしめちゃってるんだよねェッ!!」
トリタカへと駆けた。
瓦礫を下るトリタカと海斗の得物は、打ち合い、ギャリリと擦れ、流れた。
海斗は、ぐらつく足元に気をつけながら、そのままの回って、木刀で瓦礫を弾きあげた。
トリタカの顔に襲い掛かった瓦礫は、細かいのはパラパラと当たったが、拳程度の瓦礫はかわされた。
少し体勢が崩れた海斗の隙を見逃さず、トリタカは頭を割るように刀を振り下ろした。 が、海斗は飛び下がった。 不安定な瓦礫の上からだったこともあり、片膝をついた着地をした。
そして鋭い目で見上げれば、こちらに舞い落ちてくる札が見えた。 とっさに避けようとして足に力を込めるが、ヅイッと全身に鋭い痛みが走った。 目の前まで降ってきて、光を帯び始めた札を見、これではいけないと、痛みに構わず飛び退いた。
が、やはり小さく、爆発の直撃からは逃れられたものの、膨らんだ黒い爆煙には飲み込まれてしまった。
煙の中で、海斗の心臓が大きく跳ね始めた。 緊張があった。 今度こそ死んでしまうのではないかという緊張と不安があった。
しかし、一方で、心臓が送る血流は、海斗の感覚を研ぎ澄ませた。 目に映るのは一面煙。 まだ痛む身体をリラックスさせた。 こわばった腰と肩から、入念に力を抜いた。
すると、右側の煙が揺らめいた。 サライと戦った時と、同じ信号が頭を駆け巡り、構えた。
刀の切っ先が飛び出してきた。 えびぞってかわすと、目の前にトリタカの顔が出てきた。 まさかかわされると思っていなかったのか、目を大きくあけ、海斗を見ていた。
そして海斗は、彼の顔を見て、
「殺し合いが、得物一本でするもんだと思ってんじゃ、ねェぞッ!!」
通り過ぎるトリタカの背中に左の拳をぶちあてた。
そのまま地面に打ち付けられる未来が見えたが、トリタカは、まるで着地する猫のように手を広げ、腕立て伏せの状態から煙から跳び出た。
薄くなった煙から、周りが見えた。 男たちは少し離れたところで得物を構えていて、海斗は、片眉をあげた。
もしかすると、煙の中での戦いに慣れている者は、この場にはトリタカしかいないのかもしれない。 薄くなって、やっと踏み込もうとしている姿が見えた。
爆発の戦い方も、あちらにとっても不得手の状況になっているのかもしれない。
そう考えを巡らせていると、一気に距離を潰してくるトリタカが、視界のはしに見えた。
振り下ろされた刀を受け止めた海斗は、札を数枚掴んだ左手が見えた。 またまこうとしているのだろう。
そうはさせぬと、海斗は右膝を突き上げた。 驚き、瓦礫の上へと飛び退きながら、トリタカは数枚の札の塊を海斗に向かってまいた。
微風にのってやってきた札に、光が浮かび上がるのを認めてから、海斗は、まだ散らばっていない札をまとめて掴み取った。 トリタカの鋭かった目が、膨らむのがちょっと見えて、すぐに札を後ろに放り投げた。──男たちの足元で、札は爆発し、慌てた様子を見せた男たちは一瞬で煙に呑まれた。
海斗は、にっと、歯を出した笑みをトリタカに向けた。
「慣れてきたよその戦法ッ!」
海斗はトリタカの胸のあたりを、木刀で突き示した。
「もう! テメェの懐にゃあ俺の2振目の刀があるってこった!!」
そう言い放った海斗の頬を、かすめるように札が背後の地面へと素早く落ちてきた。
なんだと、振り向いてみると、中央を小刀で刺された札が、地面に刺さっているのが見えたのだ。
海斗はまばたきした。
「なるほど、俺ァまだ木刀一本ってこった」
急速に光を帯びた札の爆発に、海斗は巻き込まれた。 避けるのが遅く、全身に衝撃がぶつかって、おもわず顔をしかめた。
それから、トリタカは海斗に煙の中で戦える者がいないと悟られたためか、大ぶりに刀を振り、煙をまきながら海斗を斬りつけ始めた。 そんな彼の考えを察したのか、男たちも我先にと、海斗に襲い掛かった。
なんとかしりぞけようと奮闘する海斗の身体に、着実に傷が増えていく。
幾度となく爆発に巻き込まれ、疲労と激痛にもみくちゃにされた身体で、降りかかる得物や爆発から逃げようとしたら、足がつったようにうまく動けなかった。
立つのが精一杯。 動くのは上半身のみ。
海斗は血まみれの顔をしかめた。
やはり、集まった者たちは、全員ワイザが差し向けた兵なのだろうか。 聞き回っても、聞き回っても、自分の敵が誰なのか、わからなかった。
目の前にいる者の正体が、知りたくて、知りたくて。 海斗はその思い出、襲いくる男たちを、目一杯の力で薙いだ。
前列の男たちは尻餅をつき、後続の男たちの信仰を止めた。
海斗は息を切らしながら、横に積み上がる瓦礫の上のトリタカを、仰ぎ見た。 顔に流れる血が、気持ち悪く感じた。
「テメェらは……一体、なんなん、だ……」
少しの血が、上のまぶたにのって、ほたりと落ちた。
「ワイザか……? 野郎のなにかか……?」
トリタカの眉がぴくっと動いた気がした。
「あの契約は俺が破ったはず、だ……なら、邪魔なのは、恨みを持つなら俺に、だろう……? なんで俺だけを狙わない? 全部、俺がやったことなのに……」
周りの男たちは、静かに、動かず、話す海斗に視線をぶつけていた。 海斗はそれを、傷の熱さとともに感じていた。
「なんであいつらの自由を認めてやれねェ……ッ!? そんなにあいつらが欲しいか、そんなにあの国が欲しいか……?
わからないね、俺には……」
海斗は込み上げてきた吐き気か血かなにかわからないものを、ぐっと飲み込んで、「あいつらじゃなく、俺がワイザのところへ」と言ったところで、トリタカが、「もう遅い」と割り込んだ。
海斗は、ぎこちなく目を大きくあけた。
トリタカは、視線を瓦礫に落とした。
「もう、遅いんだよ。 お前はもう死ぬ、だから、聞かせてやる。
今日の夜、8時に、俺らの国の飛空要塞が、アリフトシジルに向けて飛ぶ。 城代とかで建物を壊したあとに、ワイザんとこも攻めにやってくるんだとよ」
海斗は目を見開いた。
「ワイザんとこ……!? お前ら! ワイザの兵じゃねェのか!?」
顔を伝って、血が数的ほたほた落ちた。
トリタカは、懐から札を一枚のぞかせた。
「違ェ。 俺らは……シール・アーセナル。 ワイザの国、フェロス・アニマの、同盟国だ」
海斗は、わからなくなった。 自分は、初めから二国と戦っていたのか? いや、アニマの兵も混ざっていた?
他国を差し向けるほど、それほど、ワイザは自分を恨んでいたのか?
「じゃあサライってやつァ! いったいどっちの……」
言いかけた海斗の頬を、小刀の札がかすめた。 それが皮切りとなって、尻餅をついていた男たちが立ち上がり、得物を構えた。
札が光を帯びるのを、海斗は横目で見たが、少ししか動けず、爆発に巻き込まれた。
煙の中で、膝をつき、体重が何倍にもなったように思った。 それではいけないと、足に鞭打った海斗は、煙がうごめくのを見た。 誰がやってくるのかわかって、痛みと重さを懸命にふりほどき、立ち上がり、木刀を構えた。
そしてすぐにトリタカの鋭い顔つきが見え、振り下ろした刀を受け止めた。 今度は何度も打ち合わず、つば競り合った。
トリタカは鋭い目を、ひたすら海斗にぶつけていた。
「びっくりだよ……こんな傷だらけで動ける人間は初めてだ」
海斗は食いしばった歯をむき出しにさせていた。
「なにが起こってんのか……全部知るまで死ねるかよ……ッ!」
そういって、トリタカの刀をはじき返した。
だが好都合な状況になるはずもなかった。 煙は薄まって、男たちは海斗に襲いかかり始めた。
アイナは、翼を広げ、ビルの間で風を感じていた。 どこに、姫やシウニーがいるのだろうか。 そして連絡をくれた海斗は、なにをしているのだろうか、気が気ではなかった。
伝書鳩はすぐどこかに行ってしまって、連絡の拠点がどこにあるのかもわからず、アイナは悩んでいた。 なにも、「バルとシウニーが連れ去られた。 海斗」なんて殴り書かず、待ち合わせの場所くらい示してくれればよかったのにと。
アイナは、真下で過ぎ去っていく人混みに落としていた視線を、前にやった。
もう少しで、姫が好きだったショッピングモールを横切る……。
ふっと、これまでに、そこで付き合った思い出が頭をかすめた。
ラーファのぬいぐるみを買うといった、プレゼントを買うときにも、単なるお腹が空いた時にも、訪れた。 姫は外出が好きだった。 プレゼントの時には、帰ってきて渡した時に花咲いたラーファの笑顔を、薄く、笑った横顔が目に焼き付いている。 きっと、そういったのを見るのも、好きだったのだろう。
──そこに突っ立ってられちゃあたこ焼きおいしく食べられないでしょうが。 なんか好きなのかいに行ってきなさいよ。
そう言われたことも、耳に残っている。 警備を何時間もしていた私を気遣ってくれたのか、と思って、断ると、財布から千円を無理やり渡された。 店の列に並んでいた時は、1人になった姫が気になって、挙動不審になっていたろう。
だが、その姫が、いまはいない。
どこにいるのだろうか、まさか、殺されたなんてあるまいな。
アイナは自然と、汗ばんだ両手をぎゅっと握りしめた。
すると、間も無く通過する広場から、煙が上がっているのが見えた。
アイナは目を細めた。
煙の真ん中で、見覚えのある、黒い服の誰かが見えて、肩が跳ねた。 遠目から見てもボロボロになったとわかるそれは、紛れもなく海斗であった。
(誰かに襲われている……!?)
アイナはいてもたってもいられず、急降下し、ほぼほぼ散り消えた煙の中に、わっと降りた。 ちょうど、膝をついた海斗と、いまにも刀を振り下ろさんとするトリタカのあいだに降りられたアイナは、男を睨むと同時に、剣城を抜き、刀を弾いた。
「海斗ッ!!」
驚くトリタカを尻目に、アイナは海斗を抱きかかえ、翼を目一杯広げて飛び去った。
「おい、海斗! 聞こえるか!? まさか死んでいないだろうな!!? おい海斗!」
アイナは奥歯を噛み締めた。
密着した背中からも、胸と腹に回した腕にも、生暖かい血が、ぐっしょり付く感触がしたからだ。
しかし、死んではいないという確信もあった。 大量の風が束となって当たり続けるこの状況でも、海斗は、なおも、木刀を話はしなかったのだ。
アイナは、思い思いに楽しむ雑踏の上で、仲間への報告も忘れ、アリフトシジルへと帰っていった。
ビルは全て、濃い蜜色の夕日で濡れていた。




