第二十五話 聞かない人には何を言っても聞かない
騎士団の会議室に、アイナによって全員が呼び集められていた。 誰1人として喋ることなく、前に座るアイナを見つめていた。
アイナは、ずっと握っていた紙をひらいて、言葉を紡いだ。
「緊急事態だ」
団員はその言葉に、眉をひそませたり、無意識に背筋を伸ばしたりと、様々な反応を見せたが、アイナはそれらを見るや否や、
「姫がいなくなったらしい」
そう続けた。
今度は皆同じく、目を見開いた。
「海斗からの連絡が届いた。 誰のものなのかわからんが、伝書鳩でな。
私たちに秘密で、中央街にで歩いていったらしい……そこにはシウニーも同伴していたが、ヤツの行方もわからない、と」
アイナは素早く紙をたたみながら、
「もしかすると、ワイザ関係の者が、連れ去ったのかもしれん。 迅速な対応をとる」
前に並んでいる各隊隊長に視線を動かしながら続けた。
「一番隊から五番隊までは中央街へ。 隊長不在の二番隊は私の指揮で動け。 残りの六番隊から十番隊は国の警備を続行しつつ、なにか盗聴器などないか探せ。 以上だ、なにか質問は────ないな。 では解散とする。
あぁそうだ、隊長以外は全員いまのまま私服で挑め。 我らが動いているとなるべく気取られないようにな」
アイナが立ち上がると、「了解」という団員たちの声で部屋は埋め尽くされた。
部屋を出ていったアイナは、後ろから付いてくる団員の足とを意識の領域外で聞きながら、視線を廊下に落として歩いていた。
なぜ、三人は自分たちに、なんの報告もなく出ていったのだろう。
どうしても三人だけで出て行きたかったんだろうか。 当然、報告をしたら、何が起こっても対処できるよう、1つ以上の隊が姫の周りをついて歩く。 それが決まりだ。
海斗が来てから……どこか、姫ははしゃいでいるように見えてしょうがない。 海斗という新しい風が、なにか影響を与えているような気がする。
アイナは城の正面扉をあけて、外に出た。 団員たちもあとに続く。
陽は、あともう少しで蜜色を帯びるようになるまで傾いていた。
「あ、あの、アイナさん、郵便物です」
どこに行ってしまったのか、そう考えていると、向こう側からやってきた茶髪の配達人に呼び止められた。
アイナは眉を浮かせた。 この子は、国に配達されるものを配っている……。 しかしいま、なぜだろうか。 そう言葉を待っていると。
「急ぎのものらしいです」
上目遣いで、下手に渡そうとしてきた。
しかしアイナは首を振った。
「悪いが、私も急いでいるんだ。 本当にそれは私宛か? 届けられるような記憶がないのだが……」
女は首を振った。
「いえ、あの、配達の男性が、アイナさんか魔王様に渡して欲しいと……」
「なら、海斗の部屋の机に置いておいてくれ。 すぐ、行かなくてはならない」
ぶしつけな対応だと思ってしまったが、いまはそれどころではない。 アイナはそこから離れると、小さく女の声が、「すみません……」と、部下たちの足音の中で聞こえた。 すまない、とアイナは心でつぶやくと、さっさと足を動かし、国を出て行った。
女は、多くの騎士団員が国から出ていくのを見て、ただごとではないと思った。 自然に謝罪の声が出ていたし、あの対応をされるのはしょうがないと思っていた。
だから、団員の列の末尾がちょうどすれ違ったころ、海斗の部屋を目指すため、城の扉をくぐった。
すると角を曲がったあたりで、何かにぶつかり、「すみませんっ!」と慌てると、「何持ってるんですかぁ〜?」という、なごやかな、ゆるやかな声が返ってきた。
ベルフェゴールだった。
女はもう一度頭を下げると、ベルフェは、いいからいいから、私はサタンじゃないしといって、荷物を指差してきた。
「これは、魔王様に出された荷物らしく……なにが入っているかわからないのですが……はい……」
ベルフェは「ほえぇ〜」という、なんとも気の抜けた返事をしたあと、
「なら、私が受け取っておきますよぉ〜。 魔王様の部屋に置いておけばいいんですよねぇ〜?」
奪うように取り、背中を見せ、海斗の部屋の方へ向かった。
「いや、でも!」
「大丈夫ぅ〜、別に中身を見たりなんかしませんよぉ〜」
ビリッ、ビリッと破る音が聞こえ始めた。
「それ破ってません!? 思い切り中身見ようとしてません!?」
「破ってるだけですぅ〜」
「それ無理ありますから! 弁明の余地無しですから!」
女がどれだけやめるように言っても聞かず、封を破り終えたようで、中から取り出したのだろうと思えるような肩の動き方が見えた。
女はため息をつき、肩を落とした。
どれだけ言っても、やめない性格なのを知っている。 だから、あとは無事に海斗の部屋に送り届けてくれるよう願うばかりだった。
*
海斗は一向に減ることのない人混みをかき分け、バルたちを探していた。
「バルーッ! シウニーッ! どこにいんだァッ!!」
2人を呼ぶ叫び声に、周りの悪魔たちは振り向くも、普段なら感じるであろう恥ずかしさも、不思議と感じない。 再び横に並んで、街を歩けるのならば、どんなことをしても構わない──そんな気持ちが胸に重く居座っていた。
そしていくらか走ったら、だいぶ人通りの数が減った道に出た。 周りとも十分な感覚が取れ、一人一人の顔が非常に見やすく、探しやすい状況となって、海斗は少し安堵感を抱いた。
せわしなく身体ごと辺りを見渡す。 しかし、当然ながら誰1人として見知った顔はおらず、やはり焦りが安堵感をかき消した。
このまま見つからなかったら......再開した2人に、息がなかったら……。
気が気ではなくなってきて、海斗の呼吸がより激しくなり始めた時、腰になにかが強く当たって、よろけた。 そしてなにかが転ぶ音がして、振り返ると、男の子が倒れていた。
海斗は急いで、慎重に抱きかかえ、起き上がらせた。
「お、おい、すまん、前を見てなかった」
男の子は、痛みを我慢するというよりも、少し恥ずかしいのか、顔をほんのり赤くさせ、眉をきゅっとよせていた。
「う、うん、大丈夫、だよ。 お兄ちゃんは……?」
泣きそうではなく、痛そうにもしていなかったので、海斗は胸をなでおろす代わりにため息をついた。
「あぁ、大丈夫大丈夫。 俺ァどこも、うん」
海斗は、急に自分が嫌になって、歯を食いしばった。
本当なら親のところに一緒についていって、謝るというのが筋というものだろう。 しかし、いま、頭に締めているのは、子供のことではなく、バルたちのことであった。 1分1秒が惜しいいま、子供に構っている場合ではないと、もうすでに、足は駆け出そうと疼いていた。
故に、海斗は若干凄んだ感じで、
「よし、じゃあ歩けるな? 怪我もしてないし、うん、よし、お前は強い男だ。 俺は用事があるから、ごめんな、1人でお母さんたちのところまで歩いていってくれよ」
そう言って、前に伸びる大通りを駆け出した。
これから、どう探せばいいんだろうか。 どうすれば、2人を探すことができるのだろうか。 相手は悪魔、つまりは羽がある。 サタンやルシファーが飛ぶ様を思い出して、ぞっとした。
人間の自分には、そんなものなんて無い。 そんなものを持つ相手から、どうやって2人を取り戻そうか、不安でいっぱいになった、そんな海斗に、背中に声が投げつけられた。
「お兄ちゃん!!」
「あぁッ!?」
思わず荒げた声を出して、振り返った先には、さっきぶつかった男の子がいた。
なぜ自分を呼んだのか、バルとシウニーのことでいっぱいになった頭が、理由を探し当てるよりも早く、男の子は言葉をついだ。
「本当に! 大丈夫なの!?」
海斗はますますわからなくなった。 自分が男の子に心配するならまだしも、体格が違いすぎる自分を心配することが、いまいち理解できなかった。 あとで因縁をつけられるのが怖いのか、それともただの心配性か。
ともかく、このことで悩み、止まっている暇などない海斗は、
「あぁ!!」
怒鳴るように返事をし、また走り出した。
焦る気持ちを抱く海斗は、海斗の背中が見えなくなっても、しばらく心配そうに見つめ続ける男の子の視線に気づくことはなかった。
*
サライは、点灯する小さいランプや、なにかを測定しているメモリなどが埋め込まれた、まるで機械の中にいるような廊下を歩いていた。
歩き慣れたこの廊下を歩く、サライの足取りは、どこか普段より重かった。 それは彼自身も気づいていて、直そうとするも、軽くはならなかった。
なんせ、さっきから、少年時代の記憶が、頭から離れてくれないからだ。
自分が木刀を持って戦いの練習をし始めてから、しばらく経って、親父が、城の上で、夕日を見ないかと誘ってきた。 今日のような、優しく風が吹く、涼しい日だった。
橙色の屋根の上に登って、同じような色で燃える、夕日が遠くで浮かんでいた。
ここは、親父のお気に入りの場所だった。 親に影響される年頃だったせいか、僕も好きだった。
しばらく夕日を眺めると、父親はこちらに振り向かず言ってきた。
「サライ。 武器の扱いには慣れたか?」
僕は親父の横顔を見た。 ふくよかな顔のふちを、夕日が浮かばせていた。
まだ素直で、ろくに年齢を身につけていなかった僕は、思わず笑顔で言った。
「うん! おじいちゃんの教え方、おもしろいんだもん! すぐできちゃうんだ〜
しかも、頑張ったらがんばっただけお団子くれるし!」
親父は、「そうか」と、目をぎゅっとつぶって、微笑んだ。 僕はそのまま続けた。
「早く実戦で試してみたいな〜。 強くなって、強くなって、魔界一強くなるんだ〜!」
その時は、ただ純粋に、半ばなにも考えずにそう言った。 しかし、それに反応したように、親父は瞼をあけ、口をあけた。
「向上心はいいなぁ。 サライのいいところだ。
しかし、その力、その教えばかりに頼ってはいけないぞ」
「どうして?」
親父は、顔を変えなかった。
「お前はいずれ、私から王の座を引き継ぐことになるだろう。 国を営むという仕事をするようになるんだ。
その時に、一番、最も、大切な力は……戦いで使うものではなく、先を見通す力だ」
僕は黙って、親父を見つめていた。 親父は、ほんの少しだけうつむいて、微笑み、僕の方を見て、言った。
「その手助けをしてくれるのが、武器だということを、忘れないでおきなさい」
しばらくのあいだ、僕はどう反応すればいいのかわからなくなって、見つめ合っていた。 そして、いつの間にか、僕は夕日を、磁石のようにひきつけられ、眺めていた。
夕日を眺め始めてから、そこまで経っていないような気がしていたけれど、まん丸く全てが見えていた夕日は、もう、身体の半分を山に潜り込んでいた。
親父は、教育熱心だった。 そこまで強めには口を出さないでいたが、いま思えば、自分を賢い大人に育てるために、いろいろ言ってくれていたような気がする。
目的の場所に着くまで、結構距離がある。 本来ならば、少し歩いただけで多くの部下たちとすれ違うこの廊下。 だが、自分のことを気遣ってくれているのか、近寄りがたい雰囲気を出してしまっているのか、歩いているの部下は少数だった。
サライは、いけないと、眉間をおさえた。
なにも、そんなことで悩む必要はない。 ただ、自分は、アリフトシジルを瓦解させるという仕事をやらばいい。 いま、部下にかける時間はない。
サライは、できる限り普段の、穏やかそうな顔でいようとした。 が、そんな思いが、難しい色を浮かばせるのに拍車をかけていることを、サライは気づいていなかった。
そのまま、コツコツと廊下を歩いて行くと、廊下の終わりに、一枚の、両開きの扉が見えた。
前にまで着くと、足を止め、ほんの少しのあいだだけ、うつむいた。 頭にこびりつかせた、複雑な思いを、さっと消し、扉を開いた。
「遅かったな。 行動も遅いし、お前を駒に選んだのは采配ミスだったか」
部屋の中には、どっかりとソファに座って腕組みをしているウルウがいた。 口元は笑っているが、目は不機嫌そうに尖っていた。
サライはいつものように飄々(ひょうひょう)と微笑んで、机を挟むもう1つのソファに腰を下ろした。
「いやぁ〜ごめんね。 やっぱり実践って難しくてさ。 中々うまくいかないんだ」
ウルウは目を閉じた。
「たかが人間1人仕留めることが、か? 加護もついていない人間を、なぜお前が仕留めきれんのかはわからんが」
「あれが人間ねぇ……」
サライは目を細めて、続けた。
「よくはわからないけど、ただの人間じゃない気がしてるよ」
「どういうことだ」
目を、また鋭く開いたウルウの視線からさっと外して、懐から札を1枚取って、見せた。
「こいつを知ってるだろう? まぁそこまで強くはない爆発札だけどさ、大量に散布したらそこそこの威力にはなる。 でも、それを食らっても、高村海斗は死ななかった……」
「運がいいだけだろう」
サライは微笑みを強くした。
「それだけじゃない。 僕の、煙に紛れて突こうとした刀を、あいつは避けた。 いやぁ驚いたよ、仕留め切れるもんだと思ってたからさ」
ウルウはしばらく黙って、視線をおとしていた。 頭に、ワイザを下した、血まみれの海斗の姿を浮かべた。
あの時、海斗はかなりの傷を負っていた。 得物だけではなく、爆発の怪我も負っていた。 果たして、人間があそこまでの傷に耐えきれるのかどうか……。 あのアイナたちから加護で、痛覚が鈍らされていたのかもしれない。 しかし、それだけでああなるものだろうか。
思えば、戦い方も、どこか心得ていたような気もする。 確かに、サライの言ったことも、おかしいとは思えなかった。
しかし、それが今回の命令に対する言い訳にはならないと、ウルウは再び目を鋭くさせ、サライを突いた。
「その言い訳は今回きりだ。 次は……必ず仕留めよ。 作戦は今夜だからな」
サライは微笑みを絶やさなかった。
「うん、僕もそのつもりだからね。 トリタカたちを中央街に向かわせた。 剣の腕前なら、あの人間よりもあるだろうしね。
じゃあ、僕も、用意をしないと。 どこでも歩き回っていいから、くつろいでてよ」
そして立ち上がって、ドアノブに手をかけると、ウルウがぼそっとつぶやくのが聞こえた。
「バルバロッサではなく、末端の女騎士の方を連れてくる男にまかせるなど……」
サライは理解した。 わざと、聞こえるような声量で、つぶやいたのだと。
仲間のことを悪く言われて、少しだけ心が荒く揺らめいたが、そっと我慢した。 顔が見えなくなっても、微笑み続けた。
そしてできるだけ、音を立てずに、そっと部屋から離れて、サライは静かに口から息を吐いた。
これほどやりづらい命令はない。 きっと、次からちょっとでもごまかそうとすれば、手を抜こうとすれば、すぐに気づかれてしまうだろう。 そうなれば……アリフトシジルだけではなく、こちらの国も危ない。
──これから、僕はどうすればいいのか……。
サライは、再び、父の顔を思い浮かべていた。




