赤木統子
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「あなたの最初の物語を教えてください」
そう問われたらわたしはどう答えるだろうか。
母が語り聞かせてくれた優しい音色。
もしくは初めてのお小遣いを握りしめ、買いに走った漫画本。
いや、違う。そういうことを訊きたいのではないと思う。
最初に手に取った物語ではなく、最初に空想した物語。
わたしが最初に生み出したフィクションについてだ。
赤木統子とは何者かを示すためのストーリーだ。
たいていの人間にとって最初の物語とは将来の夢と同義であると思う。幼児期の夢は『小説家』だった。空想することを望むことそれ自体こそが、わたしの初めての空想だった。ことばを操り人の心を描写し、いくつもの世界を生み出しては終わらせる。そんな特異な感情こそがわたしの幼少期を構成していた。
わたしの小説家という夢は、お花屋さんや消防士や仮面ライダーといった至極普遍的な夢とともに幼稚園の壁に仲良く並べられた。
多くの夢は時間の経過とともに摩耗していくけれど、わたしの夢もその例外ではなかった。変化の理由の大部分は挫折という簡単な単語で説明出来てしまうけれど、それだけではなかったことを一応弁明しておきたい。わたしは怖かったのだ。
フィクションの可能性が。広い宇宙のどこまででも駆け抜けていくことの出来るフィクションという存在が怖かったのだ。わたしはそんなに遠くまでは行けない。ちっぽけな文字の羅列ですら、手中に収められる自信がなかった。それがわたしの最初の物語が終わった経緯。
だからわたしはジャーナリストになった。
フィクションではなく、現実を綴る道を選んだ。
だからこれは人生の何番目かの物語ということになるのだろう。
人生の途中。
では、反極に、わたしの人生の最後の物語とは一体どのようなものになるのだろうか、と想像してみる。
人は自己という存在が消えてなくなる瞬間に、如何様な物語を描くのだろうか。
高山哲は自身の最後の物語を殺戮で締めくくった。
生命が活動を停止するその瞬間まで、高山は少女を生命的に凌辱することを続けた。丁寧に丁寧に皮を剥ぎ、肉を抉り、魂を削った。殺戮の器のプレイ中断時刻と彼の死亡時刻はぴったりと重なっていたらしい。つまり彼は文字通り、死にながら殺戮を継続していたということになる。
死にながら殺す。
本来そんなことは不可能のはずだが、殺戮の器はそれを可能にしてくれる。ヴァーチャルリアリティというもうひとつの現実を構築することで、これまでの常識では考えられなかった生き方を演出してくれる。
あなたの人生の最後の物語を教えてください。その問にどれだけの意味があるのかは分からない。しかし、わたしは想像を巡らさざるを得ない。たとえこの想像力がちっぽけなものであったとしても、この世には想像しなくてはならない現象が存在するのだ。だからわたしは友人に仕事の無心をした。
「ちょうどいい仕事があるけど、どうかしら」
ピンク色のくちびるがてらてらと光っている。服装は全体的に大人しめであり、胸元のアクセサリーが控えめでありつつも強烈な主張をしていた。華やかさが散在したファッションは落第。それは彼女が常日頃口にしている文句だ。
「紹介していただけるとありがたいわ」
「統子がゲーム関連に興味を持つなんて珍しいわね」
「まあ、人の関心なんてコロコロ変わるものよ」
「ふーん。まあいいわ、ちょっと待っててね」
そういって大学時代からの友人はタブレット端末を操作し始めた。待っている間の手持無沙汰を埋めるため、出されていた紅茶をすする。美味しい。銘柄は分からないけれど。
城島に高山哲の事件の話をしてもらった翌日、わたしはVRゲームに関わる取材に取り組むことを決め、新聞社に勤める友人に仕事の紹介を頼みに来ていた。高山哲と殺戮の器のストーリーがあまりにも鮮烈だった、ということなのだろうか。胸の奥底から、まだ何かわたしに衝撃を与えてくれる出来事があるはずだ、という叫び声が聞こえてくるのだ。
「こういうイベントがあるのよ」
差し出されたタブレット端末の美しい液晶が映し出していたのは、都内で開かれるという身体障害者のためのVRゲーム体験イベントの宣伝WEBページだった。




