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殺戮の無限の器  作者: 新士 悟
あなたの人生の最後の物語
2/3

不気味の谷

 

    2



 スクロールをするたび「ことば」に還元された現実が流れていき、わたしは眉をひそめる。画面右側の柱にぺたぺたと貼り付けられた電子広告がその存在を主張しており、わたしの潜在的な購買欲を煽る。そこに銃や弾丸の販売リンクがないことに僅かな安心感を獲得し、そして思い出す。ここは日本だ。そんなもの、有りえない。


 高山哲が自宅で亡くなったとき、彼は同時に年端もゆかぬ幼き少女を殺害していた。

 少女の四肢の皮は大部分が剥がされ、筋肉を露出し、口にはボールギャグがはめこまれていた形跡があったという。その球体はおそらく、最終的に胃液にぷかぷかと浮かんだことであろう。

 高山哲が生命を停止したとき、彼は想像の中で無垢なる少女を凌辱していたのだ。

 性的にではなく、生命的に――生きるという継続状態を犯した。

 ゲームの中で。想像力の中で。

 オンラインゲームに入れ込み過ぎた結果死亡してしまった、という事態は、感覚没入型VRヴァーチャル・リアリティゲームの流通以前より盛んに見られた例ではある。

 三日間飲まず食わずにゲームを続け、空腹のまま三途の川を渡った男性。

 十二時間同じ姿勢で座り続け、立ち上がった瞬間天国に魅入られた女性。

 ゲームはアドレナリンを過剰に放出する。生命活動をうっかり忘れてしまうほどに、彼らは仮想の世界に釘付けとなったのだ。

 つまり、高山哲は自身の生命よりも他者の死を求め続けたわけだ。ディズニーのアニメ映画にでも出てきそうな、煌びやかで華やかなパーティドレスを血に染めることに躍起になった。幼女が自らの手によって解体され、血液を吹き出し、喉をぱっくりと裂かれていく光景に没入してしまったのだ。

「なあ赤木。殺戮の器って知ってるか」

 ふいにわたしの名が呼ばれる。

 驚きとともに少しだけ視線を上げると、スターバックスのラテを片手にひとりの男性がわたしの正面の席に座るところだった。

「知ってますよ。いま、ちょうど城島さんの記事を読んでいる最中でした。というか、後からPC画面を覗きましたね。だからその話題を持ってきた」

 わたしは極めて澄ました声色を努める。

「その通り。どうだい、俺の記事は。感想を聞かせて欲しいな」

「少々エキセントリックにまとめすぎなのではないでしょうか」

「と、いうと?」

「端的に言うと、エグイです。描写が生々しすぎる」

 城島武雄はフリーのジャーナリストだ。そして、わたしも。

 城島はわたしよりも歳上で、キャリアも数年分先を行っている。彼はいつも物語を綴るように記事を書き上げる。事実を繋ぎ合わせる接着剤としてのストーリーテリングを得意としていた。フィクションというオブラートでお菓子を包むように、彼の描く文字列は表情豊かに生み出される。ただ、その内容は、お菓子と呼ぶには全然甘くなんてないし、オブラートがまったくオブラート的ではない。

 わたしはPC画面に視線を戻す。そこにはとある殺戮の記録が記されていた。


 十一月十二日未明。

 やけに物静かな高山哲の様子に隣部屋の女性が疑問を持ち、そのドアノブを回した。高山は普段からゲームのプレイ音を目一杯にスピーカーから垂れ流しており、女性とその家族は騒音に毎晩悩まされていたのだが、それが数日前からピタリと止んでいたのだ。ドアは抵抗なく開いた。鍵はかかっていなかったらしい。

 果たして、高山哲は死んでいた。

 彼が住まっていた部屋は構造的に、玄関を通ると正面にリビングが見える。そのリビングに高山は倒れていたのだ。彼の付近にはVR用のヘッドギアが起動中のまま放り出されていた。おそらく絶命時、姿勢を崩した拍子に頭から滑り落ちてしまったのだろう。死亡が明らかだったため、女性はすぐさま警察に通報を入れる。そして、高山の部屋に設置されていたテレビ画面に目をやった。そこには『殺戮の器』というロゴ表示とともに、幼い少女が壮絶な殺戮を受けた姿が表示されていた。思わず目を背けた女性は、ふと湧いてきた疑問と焦燥に駆られ、再びテレビに目を向けた。

 女性には小学六年生の一人娘がいる。

 そして、画面の向こうで殺害されていた少女は、その娘と瓜二つであったのだ。


 前述の通り、城島の主観が入り混じっていることは否めない。

 それでも、それがただの事実として淡々と語るには酷な内容であることくらいはわたしにも理解できる。

 『殺戮の器』

 感覚没入型VRゲームの名称だ。

 殺人を疑似体験できる、狂気の戯れ。

 誰でも脳漿をぶちまける感覚を知ることが出来る、そして、頭蓋の割れる音を聞くことが出来る。

「このゲームがちょっとしたセンセーションになってるんだ」と城島は語る。

 VRゲームはいまだにデフォルメされた3Dモデリングスタイルを主流とした娯楽に留まっている。不特定多数のプレイヤーが仮想世界で交流するMMO(Massively Multiplayer Online)ゲームは特にそれが顕著であり、リアルな描写を目指した感覚没入型MMOが商業流通に乗っかるのはまだもう少し先のことらしい。というのも、単純に不特定多数のVRモデリングの処理に物量的課題があるのは当然のこととして、それに加えて、VRの抱える奇妙なとある壁の存在がプレイヤー間の生々しいヴァーチャル交流を妨げていたのだ。

 それは一般的に『不気味の谷』と呼ばれている。

「もともとは日本のロボット工学者が発明したことばだ。『不気味の谷』だなんてゾクゾクする言い回しだよな」

 言い回し、ではなく、ただの単語であるのだけれど、城島はその単語の背景に潜む膨大な失敗作が築き上げた機械のごみ山に思いを馳せて『言い回し』という表現を使ったのだろう。ことばには歴史の含蓄が内在する。特に学者が発明したことばにはそれが強く染みつくとわたしは感じている。

 そのことばが生み出されるまでに、果たしてどれだけの時間が消費され、どれだけの実験体が処分されたのだろうか。その膨大な背景情報――ストーリーをことばはすっ飛ばすことが出来る。

 想像力によって現実は『ことば』に圧縮される。

 城島はそれが上手いのだ。現実を『記事』として圧縮している。

「不気味の谷ってのは、要するに、人間が非人間に対して『こいつは俺らの仲間じゃない』と感じるラインのことだな。デフォルメされた人間キャラクターには別段嫌悪を抱くこともないが、それがある一定のリアリティを超えると、突然その姿に気味の悪さを感じるようになってしまう」

 不用意に人間に近づくと、感情に突き放されてしまう。

 だから、ロボットが人間に愛されたいなら、人間にぴったりと近づかなくてはならない。

 中途半端に人間的な非人間はすぐに見抜かれてしまう。

 まるで仲間外れを敏感に見つけ出すシステムのように、わたしたちの頭の中のモジュールが叫び出すのだ。こいつは人間ではない、と。

「そいつをこのゲームは乗り越えちまった。不気味の谷を飛び越えて『こちら側』にやってきた、人類初のVRゲームだ」

「それはやっぱり、すごいことなんですよね」

「そりゃそうだ。絶賛されるべきだ」

 何を当たり前のことを、と言いたげな城島。しかし、わたしはゲーム界隈には疎いのだ。特にこういうグロテスクなものは生理的に受け付けない。

「しかも、驚いたことに、殺戮の器はフリーゲームなんだよ」

「……無料、なんですか?」

 驚いた。その情報はまだ聞いていない。なんたって、興味の先端すら掠らない領域の話題なのだから。

 城島はわたしに『殺戮の器』というフリーゲームのことを幾ばくか教えてくれた。ここ一か月、ネット上で急速に話題になりつつあるという新星のVRゲームであり、「不気味の谷を乗り越えた」という噂で持ち切りらしい。製作者は不明。キャラクターモデリングが可能で、写真や動画情報があるならば特定の個人そっくりに対象を造りだすこともお茶の子さいさい。

 わたしは城島の説明に軽い吐き気を催した。喉奥からこみ上げてくる得体の知れない不安を押し戻すため、残り少なくなっていたコーヒーを一気に流し込む。

 知人を疑似的に殺すことの出来るゲームだなんて、そんな発想が存在していること自体に感動を覚える。人間の想像力は絶えず世界の外側に出たがっているのだ。

「だから隣家の娘さんを高山哲は疑似的に……殺すことが出来たんですね」

「その通りだ。聞いた話によると、高山は以前から監視カメラを設置して少女の情報を日々集め続けていたらしい」

「そのことを娘自身は」

「もちろん知らないさ。まだ中学生にもなっていないお子ちゃまだぞ。人間の狂気に触れるには早すぎる年齢だ」

 城島の返答にわたしはほっとする。奇妙なことに、会ったこともない少女に感情移入してしまったらしい。わたしの脳の中の共感機能が、知らずに悲劇の坩堝に放り込まれた少女を『可哀想』だと感じている。

 そこでわたしは、記事を読んでいた際に感じた一節の疑問について聞いてみることにした。

「城島さん、一つ訊きたいんですが、高山は殺戮の器を起動中、プレイ内容をテレビ画面に出力していたんですか? 確か殺戮の器はソロプレイ用のゲームでしたよね」

 感覚没入型フルダイブVRゲームの場合、ヘッドギアさえあれば外部出力用のディスプレイは必要ないはずだ。いうなれば、プレイヤーの脳自体がディスプレイの役割を果たしているのだから。

「ああ、それなんだがな、おそらく高山はプレイ内容を第三者に見せていたみたいなんだよ」

「それはいったい……」

「鑑賞会だよ。いまから隣の家の娘を疑似的に殺すんだが、お前も見てみないか、胸も膨らみかけで肉が柔らかそうだぞ、ってな」

 眩暈に焦点が揺らいだ。こめかみを抑え、視界の機能を回復させる。

「狂ってる……」

 素直な感想が零れた。不気味の谷をも越えた『現実並にリアル』な殺人体験を、喜々として知人とシェアする。その感情をわたしは受け止め切れないらしい。細い精神だと自分でも笑えてしまう。

「製作者は……殺戮の器を作った人間は、いったいどういう意図を持っていたのでしょうか」

 カップの中の氷が融けたせいで薄っすらと分離し始めたラテを味わいながら、城島は、わたしの質問に対してさらっと言葉を返してくる。たぶん、記事を製作するにあたって色々と調べてきたのだろう。その果てに殺戮ゲームの制作者に対する推測が生じても、おかしくはない。

「鑑賞、なんじゃないだろうかと俺は考えている」

「高山と同じってことですか」

「いや、少し違う」

 カップを置き、プラスチック特有の軽い衝突音を響かせ、城島は自信を込めて宣言する。

「おそらく製作者は、世界中でプレイされた『あらゆる殺戮』を鑑賞しようとしているんだ。ゲーム内容はすべて動画形式に編集され、サーバーへと送られている。きっとそいつは見てみたいんだよ。人間がどこまで残虐になれるか、その限界を。究極の地獄の光景を望んでいるんだ」


 わたしは想像する。


 数々のディスプレイに囲まれながら、人類が思いつく限り全ての殺戮のアーカイブを恍惚顔で眺め続ける――そんな、『サイコパスの帝王』とでも呼ぶべき人間の姿を。地獄の草原を掻き分け進んだ先にある、地獄の終着点を見ようとしている狂気の存在の姿を。

 わたしは想像してしまった。


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