いい兄になれなかった
るんるん気分で島崎ベーカリーを後にし、熱々のグラタンパンを1秒でも早く食べたくて、近くの公園に立ち寄った。
公園の端っこにあるベンチに座り、早速、袋からグラタンパンを一つ取り出し、豪快に齧り付く。
サクサクのパンに、熱々トロトロのグラタンが口いっぱいに広がる。
「んー、最高」
冷めても美味しかったけど、やっぱり焼きたては格段に美味しい。
ふと、公園の中央にある遊具で遊んでいる小学生たちに目を向ける。
男女関係なく、無邪気に笑い合っている。
いつからだっただろう。
友達の顔色を伺うようになったのは。
嫌われないように、仲間外れにされないように、必死にしがみついていた。
そんな自分を思い返していると、小学生に混じってキャップを被った高校生ぐらいの男子が遊具の頂上にしゃがんで、子供たちを見下ろしている。
あんなところから偉そうに子供たちに何か言っているようだ。
あんな小さい子たちに、先輩風を吹かせて、恥ずかしくないのかしら。
しかし、改めて耳を澄ませて、その男子の言葉を聞いてみると、自分の思い違いに気づかされた。
「おい、さとし。ちゃんと足元見ろ」
「ななみ、危ねーから一段ずつ上がれよ」
「はると、ななみばっか見てんじゃねー。後ろ待ってるだろ」
あの男子、子供たちを見守っていたのか。
そして、この声。
知らず知らずのうちに、遊具の方に近づいていた私に、遊具の頂上の彼が気づいた。
「春野、なんでお前がこんなところにいるんだよ」
「グラタンパン食べてた」
私が遊具の頂上に向かって答えると、「答えになってねーよ」と、彼が遊具から飛び降りた。
私は笑顔で彼に走りよる。
「島崎くんが作ったグラタンパンが、売ってたんだよ」
「知ってるよ。俺が置いてくれって言ったからな」
「でも、こんなの売れないって言ってなかった?」
「そう思って、親に言ったことなかったけど、聞かないと人の気持ちはわからねーって、偉そうにお前に言ったのに、自分がしてないってのはまずいかなと思って」
「言ってみたんだ。お母さん、息子が考えてくれたってすごく嬉しそうだったよ」
「そ、そうか」
彼が、キャップを深く被り直し、顔を隠す。
その時、遊具で遊んでいた男の子が、彼に大声で問いかけた。
「ねーねー、りゅう兄ちゃん、そのお姉ちゃん誰? 彼女?」
私は、ドキッとして彼の顔を伺う。
「バカ、ちげーよ。学校の連れだ」
キャップを深く被ったままなので、表情はわからないが、声は少し動揺していた。
連れか。
連れって友達? 私たちって友達って呼べるのだろうか。
「なーんだ。違うのかー。つまんねーの」
そう言った小学生が、口をとんがらせる。
「バカなこと言ってねーで、お前らそろそろ帰れ。もうすぐ暗くなる」
「はーい」
渋々子供たちは遊具から降り、「りゅう兄ちゃん、バイバーイ」と、それぞれ公園を後にして行った。
「気をつけて帰れよ」
子供たちを見送り、公園には私と島崎くんだけになる。
「島崎くんって下の名前、りゅうって言うんだ」
「龍二だ」
「龍二、いい名前だね。よくここで、子供たちを見守ってあげてるの?」
「まぁ、暇な時はな」
「そうなんだ。いいお兄ちゃんだね」
「いいお兄ちゃん、なんかじゃねーよ。俺は」彼がボソリと呟く。
「またまたー」
「謙遜とかじゃなくて、俺は、最低な兄なんだよ」
彼は俯き、歯を食いしばる。
そして、早足で公園から出て行ってしまった。
私は、初めて見る彼の表情と態度に唖然としながら、1人、公園に佇んでいた。
◇◇◇
週明け。
あれから、私の何が、島崎くんを怒らせてしまったのか、ずっと考えていたが、答えは出なかった。
私は褒めたつもりだけど、島崎くんにはそう聞こえなかった。
今日も、中庭に行ってもいいんだろうか。
彼は来てくれるだろうか。
不安に思いながら、昼休み、中庭に向かった。
彼はいた。
いつもの木の下で、こちらを見つめていた。
私を見つけた彼が、走ってこちらに来る。
私は、彼が私の前まで来る前に、声を出した。
「島崎くん、昨日はごめ」
そこまで言った時、彼の声が、私の声をかき消した。
「違うんだ。謝るのは俺だ」
私の前まで来た彼が、私をまっすぐ見る。
「春野は、何も悪くない」
「え?」
「俺は、実の妹にとっていい兄になれなかったんだ。だからお前の言葉を否定した。ただそれだけなんだ。嫌な思いしたよな、本当にごめん」
私がわけがわからず、戸惑っていると、
「とにかく、昼飯食おうぜ。お前が好きなメロンパン持って来たぞ」
笑顔になった彼が、手招きをしながらいつもの木の下に歩いていく。
彼が怒っていなかったのはよかったけど、
『実の妹にとっていい兄になれなかった』
あれはどういう意味なんだろう。
妹がいたのも知らなかったし、過去形なのも引っかかる。
気になるけど、必死に明るく振る舞う彼に、再び話を戻す気にはなれなかった。




