彼からもらったメロンパン
そのまた翌日の昼休みも、彼は同じ場所で、パンを齧っている。
私もいつもの花壇に座り、お弁当を広げる。
ふと彼の方を見ると、彼もこちらを向いていた。
目があっちゃった。
すると、彼がゆっくりと立ち上がり、こちらに歩いてくるではないか。
なになに?私何かした?
動揺している私の真ん前で立ち止まった彼は、大きなメロンパンを私に差し出した。
「昨日のお礼」
彼がボソリと呟く。
「お、お礼?」
「起こしてくれて、助かった」
「あー、いや大したことは」
「授業遅れるとこだった」
彼はと照れくさそうに、長めの前髪を触るふりをして、顔を隠す。
見た目によらず、律儀なんだな。
そして、超真面目。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
そう言い、私がメロンパンを受け取ると、
彼は、そそくさと桜の木の下に戻って行った。
私はなぜか、その後ろ姿から目が離せなかった。
お弁当の後に、この大きなメロンパンは食べきれないなと、メロンパンを持ったまま教室に戻る。
教室にはまだ、昼食をとっている生徒がちらほらいた。
そして、以前、一緒に食べない?と声をかけて来た学級委員長の佐々木さんが、自分の席で一人、お弁当を食べていた。
佐々木さんがいたグループの他の子たちは、集まってワイワイ楽しそうに、昼食をとっている。
また、女子間の面倒ないざこざの香りがする。
一人で、食べている彼女の表情は、とても寂しそうに見えた。
可哀想だけど、ここで首を突っ込めば、確実にトラブルに巻き込まれる。
それを避けるために、私はぼっち、を貫くと決めた。
私は彼女の方を見ないようにしながら、自分の席についた。
放課後になっても、佐々木さんは友達と話すこともなく、1人下校して行った。
彼女のことが気になって、心がモヤモヤする。
私はなんとなく、すぐに帰りたくなくて、駅周辺をうろうろしていた。
すると、自動販売機の前に、赤い髪の制服姿の男子を見つけた。
財布の中の小銭をじゃらじゃらかき回している。
その時、小銭が一枚、地面に落下し、コロコロと転がった。
それは、偶然にも、私の足元で止まった。
彼はしゃがんで、キョロキョロと小銭を探している。
私は、足元の10円玉を拾い、彼に近づいた。
「これ」と10円玉を彼の前に差し出す。
彼は、私の手の10円玉を凝視した後、しゃがんだままゆっくりと、目線を上げた。
「あ、」
私に気づいた彼は、「ども」と10円玉を受け取り立ち上がる。
改めて自動販売機の前に立った彼は、小銭ではなく、千円札を投入し、オレンジジュースとカフェオレのボタンを押した。
取り出し口からそれらを取り出し、私の方へ差し出す。
「どっちが好き?」
「え、いや大丈夫です」
「あげるとは言ってないけど」
と彼は私から目を逸らす。
「……カフェオレ」
私がそういうと、彼はカフェオレを私の手に握らせ、そそくさと去って行った。
なんなのあいつ。
私は、手に握らされたカフェオレを見つめながら、小さくほほえんだ。
その夜、彼からもらったカフェオレを飲みながら、大きなメロンパンを食べた。
学校の購買でも、コンビニでも見かけたことのないそのメロンパンは、今まで食べたメロンパンの中で一番美味しかった。
◇◇◇
翌日も、佐々木さんは友達と会話することなく、昼休みも1人で食べていた。
私ってば、昨日から佐々木さんのことばっか気にしてる。
何のために、ぼっちでいることを決めたんだ。
それに、一度佐々木さんの誘いを嘘ついてまで断ってるのに、今更私から声をかけるなんてできない。
そう自分に言い聞かせ、私はお弁当を持って教室を出た。
中庭のサクラの木の下には、いつもの光景があった。
私は、赤い髪の彼の前に立った。
訝しげな顔をして、彼が私を見上げる。
私は、今朝コンビニで買ったチョコレートとラムネを差し出した。
「どっちが好き?」
「どっちも」
「ちょっとー!違うでしょ。そこは「いらない」って言って、私があげるなんて言ってないしーって言うところでしょ」
口を尖らせ私が言うと、彼はぷっと吹き出して笑い出した。
初めて見る彼の笑顔が可愛く思えて、私も笑う。
さっきまでのモヤモヤした気持ちが嘘のように、穏やかな気持ちになっていた。
私はチョコレートとラムネを、彼の右手に握らせた。
「メロンパン、すごくおいしかったからお礼です」
そう言い残し、私はその場を後にしようとした時、彼は言った。
「当たり前だろ。うちのパンなんだから」
私は、足を止め振り返る。
「うちの?」
「うん。うち、パン屋だから」
「まじで?すごっ」
私は彼の方に向き直り、尊敬の眼差しを向けた。
「別にパン屋なんてどこにでもあるし、すごかねーよ」
彼はまた、前髪を手で触りながら、顔を隠す。
「なんて言うパン屋さん?」
「島崎ベーカリー」
目を合わせず、彼は答える。
「島崎ベーカリー。えっと、島崎くん。島崎先輩かな?」
「1年だけど」
「一緒だ。私、パン大好きなんだよね」
「うちがパン屋って、誰にも言ってねーから、広めんなよ」
「大丈夫。私、友達いないし」
笑顔でそう言う私を、彼は不思議そうに見た。
「あ、そう」
「今度、パン買いに行ってもいい?」
彼は少し迷った後、静かに頷いた。
「でも、制服で来るなよ」
「なんで?」
「親が、同じ学校の子が来てくれたよってうるせえから」
そう照れくさそうにいう彼が可愛く見えて、私は小さく笑いながら「わかった」と答えた。
私があげたチョコレートを食べ始める彼を見届け、私はいつもの花壇に向かって歩き出した。




