彼の好きなところ
翌日、予定通り桃花は無事退院した。
島崎くんも病院まで駆けつけてくれた。
昨日、自転車に潰された分のパンを新しく焼き、桃花にと桃のデニッシュも持って来てくれた。
まだ目は赤かったが、いつもの彼に戻ってくれたようだ。
「ねぇ、りゅう兄ちゃん、公園に遊びに行こ」
桃花が島崎くんの手を引っ張る。
「バカ、退院したばかりだろ。まだ安静にしとけ」
「えー、大丈夫なのにー。じゃあ、うちで遊ぼ?」
「え、そんな急に」
彼が私に目配せしてくる。
「よかったらぜひ、うちに来てやって」
「仕方ねーな」
てなわけで、島崎くんがうちに来ることになった。
平静を装ってああ言ったけど、内心めちゃくちゃ動揺していた。
島崎くんがうちに?
しかも、昨日、流れで手を重ねたりしちゃったし。
冷静に思い出すと、恥ずかしすぎる。
彼は昨日のこと、どう思ってるのかな。
◇◇◇
「ババ抜きしよー」
と桃花がトランプを持って来た。
「負けたら罰ゲームね。1位の人の言うことを絶対聞くこと」
「おい、勝手に決めるなよ」
島崎くんの反論をスルーし、桃花は3人分のカードを配り始める。
観念したように手持ちのカードを合わせ始める彼。
私も配られたカードを手に取る。
げっ、ジョーカーあるじゃん。
罰ゲームだけは、逃れたい。
そして、ゲーム開始。
私の手札から島崎くんがカードを引くのだが、なかなかジョーカーを引いてくれない。
そして、桃花が一抜けし、私の手札はジョーカーを含めて2枚。
次に、島崎くんがジョーカーを引いてくれないと、私の負けだ。
「りゅう兄ちゃん。お姉ちゃん、すぐ顔に出るから、よく見たらわかるよ」
「ちょっと桃花、変なこと言わないでよ」
「そうかそうか」
彼が私の手札に手をかけながら、私の顔をまじまじと見つめてくる。
え、やだこれ、めっちゃ恥ずかしい。
彼から顔を逸らす。
「お姉ちゃん、顔赤い」
桃花が、私を指差しながらニヤニヤしている。
そうしている間に、彼が何食わぬ顔でカードを引き、私の手にはジョーカーが残った。
「わーい、お姉ちゃんの負けー! 罰ゲームだー。何してもらおうかな」
と悪そうな笑みを浮かべる桃花。
「変なのやめてよ」
「決めた! 私とりゅう兄ちゃんの好きなところを3つ挙げよ」
「えー、好きなところって」
動揺を隠せない私。
桃花が期待の眼差しを向けてくる。
「えっと、じゃあ桃花から。んー、明るいところと、ポジティブなところと、コミュ力が高いところ、かな」
「いやー、照れますな」
満足そうに、ニンマリ顔の桃花。
てか、
てかこれ、全部、私が桃花を羨ましく思ってるところだな。
「はい、じゃあ次、りゅう兄ちゃんの好きなところ」
桃花がニヤニヤしながら見てくる。
「え、えっと、島崎くんは……」
彼を見ると、真っ直ぐに私を見つめていた。
なんだろう、彼に見つめられると、体が熱くなってくる。
思い返してみると、いつも隣から横顔を見ることが多いから、こうやって真正面から目を合わせることは、あまりなかった。
島崎くんって、こんなにかっこよかったんだ。
こないだの図書館でのドキドキといい、私、どうしちゃったんだろう。
「え、えっと、優しいところと、パン作りが上手なところと……」
やばい、顔を合わせられない。
変な汗が出てきた。
「もう一つは?」
彼が急かしてくる。
「んっと。えっと、かっこいいところ」
な、何言ってんの私。
恥ずかしすぎる。
「どうも」
そう言いながら、前髪を触る彼。
「きゃー、お姉ちゃん積極的ー」
「ち、違う。そういうんじゃなくて、普通にかっこいいなって」
だから、何言ってんの私。
「お姉ちゃんが茹でたこになったところで、おやつでも食べよ。お腹すいちゃった」
まだ鼓動が鎮まらない私をよそに、島崎くんが持って来てくれたパンにかぶりつく桃花。
「桃のデニッシュ、すごく美味しい」
「だろー。春野にもデニッシュ持って来たぞ」
と彼から差し出されたのは、生ハムメロンデニッシュ。
私が、また食べたいって言ったの、覚えててくれたんだ。
お礼を言い、デニッシュを受け取る。
3人で食べるデニッシュは、1人で食べた時よりも、さらに美味しく感じた。
「じゃあ、そろそろ帰るわ。桃、まだ無茶するなよ」
島崎くんが荷物を持ち、玄関に向かう。
「りゅう兄ちゃん、ありがとう。また遊びに来てね。お姉ちゃん、お見送りよろしく」
「え、あ、うん」
彼に続き、私も玄関を出る。
家の前まで出た彼が、私へ向き直る。
「春野、昨日はありがとう」
「え、いや、何もしてないよ、私」
手は握ったけど。
「あんな話、家族以外にしたことなかったのに、なんかお前には聞いてほしくなった」
彼が、照れくさそうに笑う。
「いつも私ばっかり弱音吐いてるから、たまには島崎くんも吐いていいんだよ」
「サンキュー」
柔らかく微笑んだ彼は、「また学校で」と軽く右手を上げて、帰って行った。
私はその背中を、見えなくなるまで見送った。




