後悔
私は、島崎くんに言われた病院まで走った。
島崎くんはひどく動揺していて、詳しい話は聞けなかったが、桃花が救急車で運ばれたことはわかった。
病院に到着し、救急センターの入り口に向かうと、赤い髪には似つかわしくない真っ青な顔をした彼が1人立っていた。
「島崎くん」
私が駆け寄ると、彼は大きく頭を下げた。
「春野、ごめん。俺のせいで、桃が、本当に申し訳ない」
彼が震えながら言う。
いつもの堂々とした彼からは想像できない姿だった。
「落ち着いて、島崎くん。桃花はどういう状態なの?」
「自転車に轢かれた。意識はまだ戻ってない。今、いろいろ検査してる」
動揺している彼を見ている私は、意外と冷静だった。
「とりあえず、中に入ろうよ」
そう言って彼を宥めながら、桃花のところへ案内してもらった。
検査を終えた桃花は病室に運ばれたと聞き、彼と一緒に病室に向かうと、桃花はベッドに座っていて、ベッド脇には母がいた。
「桃っ」
彼は桃花に駆け寄り、ベッドの脇にしゃがみ込んだ。
「目が覚めてよかった。大丈夫か? どっか痛いところないか?」
泣きそうな声で彼が桃花に問いかける。
「大丈夫だよ。りゅう兄ちゃん。検査も特に異常なかったし、頭にたんこぶができただけだよ」
「ごめん、俺のせいで。本当にごめんなさい」
彼は立ち上がり、母にも頭を下げた。
「桃花に話を聞いたわ。あなたは何も悪くない。むしろ、すぐに救急車を呼んで病院まで付き添ってくれてありがとね」
「そうだよ。りゅう兄ちゃんのせいじゃないから」
私が改めて事故の詳細を聞いたところ、道を1人で歩いていた桃花を島崎くんが見つけて声をかけたら、桃花が彼に駆け寄ろうと走り出した瞬間、横から来た自転車とぶつかったようだった。
ふと、ベッド脇の棚の上を見ると、島崎ベーカリーの袋が置いてあった。
袋の一部に、自転車のタイヤの跡のような汚れがついていた。
私は一気に血の気が引いた。
「桃花、もしかして1人で島崎ベーカリーに行ったの?」
私が恐る恐る聞くと、桃花は申し訳なさそうに頷いた。
「私が遊びに行かずに一緒に行ってあげてればよかった。ごめん」
私は朝の自分を憎みながら、頭を下げた。
「お姉ちゃんも悪くないから。私の不注意が引き起こしたことだから」
「もうやめなさい。起こってしまったことは仕方ないわ。軽傷で済んだんだし、もういいでしょ」
母が私たちを宥める。
いつもなら、母が一番取り乱しそうなことだが、今は一番落ち着いている。
後から聞いたところ、母が駆けつけた際、島崎くんが尋常じゃないほど動揺していて、母は逆に落ち着いて対応できたそうだ。
自転車に乗っていた人も、ちゃんと前を見ていなかったと、謝っていたようだ。
その後、桃花は大事をとって一晩入院することになり、私と島崎くんは家に帰るよう促され、2人で病院を出た。
病室を出る際も、彼は大きく頭を下げ、重ね重ね謝っていた。
外はもう、すっかり日が落ちていた。
帰り道、彼はずっと下を向いて黙って歩いていた。
「ほんとに気にしないでいいから。そもそも私が一緒に行かなかったのがいけないんだから」
彼は黙ったままだ。
彼をこのまま返していいのだろうか。
いや、いけない。
「島崎くん、ちょっと公園寄ってこ」
そう言って私は彼の手を引き、公園へ向かった。
彼をベンチに座らせ、自動販売機でオレンジジュースとコーヒーを買い、彼の前に差し出した。
「どっちが好き?」
俯いたまま何も言わない彼にコーヒーを握らせ、私は彼の隣に座った。
彼はコーヒーを握りしめたまま、ぽつりと呟いた。
「自分の妹だけじゃなく、人様の妹まで殺すところだった」
彼の口から出た言葉があまりに衝撃的すぎて、私はすぐに反応できなかった。
「……妹?」
どうにかそう返すと、彼は話し出した。
「俺にも5歳下の妹がいたんだ。なぜか俺みたいな兄にべったりで、小さい頃からどこに行くにもついて来た」
コーヒーを見つめながら、彼が続ける。
「俺が中3の時、いつも妹と一緒にいることをからかわれた。俺はそこで怒れなくて、ただただ恥ずかしくなってしまった。その週の週末。俺が公園に遊びに行こうとすると、いつものように妹もついてくる。俺は忘れ物をしたからここで待ってろと、玄関前に妹を置いて家に入り、裏口から出て公園に向かった。夕方、家に帰ると親戚が俺を待っていて、妹が車に轢かれて死んだことを聞かされた。おそらく、1人で公園に行こうとしたんだろう」
公園の街灯が彼の涙を照らす。
「あなたのせいじゃない」「自分を責めないで」
そんな言葉はもう散々言われてきただろうし、彼はそんな言葉を望んではいないだろう。
私だって、今日、桃花が死んでいたら、自分を責めただろう。
考えただけで、胸が痛くなる。
彼はこの1年間、こんな痛みを抱えながら過ごしてきたんだ。
私は、コーヒーを握りながら震えている彼の手を、そっと両手で包み込んだ。
徐々に手の震えが収まっていく。
「わりぃ、こんな話されても困るよな」
苦笑いしながら彼が言う。
私は大きく首を振った。
初めて見る彼の弱々しい笑顔を見た瞬間、私の目から涙が溢れた。
「何泣いてんだよ、バカ」
「島崎くんだって、泣いてるじゃん」
「うっせ」
2人で、誤魔化すように手で涙を拭った。




