恋する乙女
放課後、下駄箱に向かっていると、1人の女子生徒に声をかけられた。
「春野さん?」
私を待っていたようだ。
「ちょっといいかしら」
そう言って、人気のない廊下へ連れて行かれる。
何を言われるのかと、ドキドキしながらついていくと、急に美希さんが私の方へ振り返った。
「春野さん、ごめんなさい」
彼女が頭を下げる。
突然の謝罪に、困惑している私を前に、彼女は続ける。
「私、龍二にとっくに振られてるのに、どうしても受け入れられなくて、また振り向いてくれるって信じて高校にまでついて来て。龍二は優しいから、話しかければ答えてくれるし、気遣ってくれるし。そんな龍二の優しさに甘えてたた、そばにいたかったから」
涙を浮かべる彼女。
「そんな時、中庭であなたと楽しそうにしてる彼を見かけて、居ても立っても居られなくなって、2人の間に割り込んで、あなたに不快な思いさせて、本当にごめんなさい」
再び、さっきよりさらに深く、頭を下げる美希さん。
「美希さん、もういいから、頭を上げて」
ゆっくりと頭を上げる彼女の頬に、涙が伝う。
「昨日、龍二に怒られて、目が覚めたの。自分勝手なことして、他人に迷惑かけるなって言われたわ。龍二と長く一緒にいるけど、あんな彼を見るのは初めてよ」
私は、制服のポケットからハンカチを取り出し、彼女に手渡す。
彼女は、「ありがとう」とそれを受け取り、止まらない涙を拭った。
「春野さんは、龍二のこと好き?」
「え、」
唐突な質問に動揺する私。
「わかんない。でも、私人付き合いが苦手なんだけど、彼とは気を使わず話せると言うか、一緒にいて落ち着くなーとは思う」
「わかるわ!なんか癒されるのよね。龍二からマイナスイオン出てるんじゃないかって思うの」
彼女の表情が、パッと明るくなる。
「春野さん、あなたといる時の龍二は、すごく穏やかないい顔してるわ。悔しいけど、私の前では見せなかった顔をしてた」
大きく深呼吸した彼女が、最後にこう言った。
「彼、ぶっきらぼうで、不器用で、優しすぎるところがたまに傷だけど、これからも仲良くしてあげてね。って私が言うなって感じだけど」
そして、「またね」と手を振りながら、美希さんは去って行った。
島崎くんのことが大好きな彼女のことが、少し可愛く思えた。
私もいつかあんな風に、自分の感情を抑えられないほどに、他人を好きになれる日が来るだろうか。
◇◇◇
帰宅すると、妹の桃花が、席替えで好きな男の子の隣になったと、大喜びで母に報告している最中だった。
妹は、私と違って人付き合いが上手で、友達もたくさんいるようだ。
好きな男の子にも、積極的に話しかけているみたい。で、そのコミュ力分けてほしいと思う。
週末。
リビングでゴロゴロしている私を見つけ、近づいて来た。
「お姉ちゃん、今日はパン屋さん行かないの?」
「え、別に行く予定はないけど」
「なーんだ。あのチョコクロワッサンまた食べたいなー」
そう言ってうなだれる桃花。
「行ってもいいけど」
「やった。私も行きたい」
「じゃあ、一緒に行くか」
「わーい」
てことで、大喜びの妹と一緒に、島崎ベーカリーに行くことになった。
島崎ベーカリーに着くと、さらにテンションの上がった桃花は、これもこれもと次々にパンをトレーに乗せていく。
これでは、トレーがいくつあっても足りないので、ワントレーまでに絞るよう言い聞かせ、悩みに悩んでやっと選び終えた。
「あら、妹ちゃん?可愛いねー」
と、レジの島崎くんのお母さんに言われ、満更でもなさそうなリアクションの妹。
島崎ベーカリーを出て、早く食べたいとうるさい妹に促され、例の公園へ。
公園では、今日も子供達が元気に遊んでいた。
そして、彼の姿も。
「あ、りゅう兄ちゃんだ」
桃花が、駆け出す。
「おー、桃、ひさしぶりだな」
島崎くんが、駆け寄って来た桃花の頭を撫でる。
「え、桃花と島崎くん、知り合いなの?」
私が驚いて、尋ねる。
「あれ、春野も一緒か?」
彼も驚いている。
「りゅう兄ちゃん、お姉ちゃんのこと知ってるの?」
「桃の姉ちゃんか。知ってるぞ。友達だ」
友達。
そう思ってくれてるんだ。
「そうなんだ」
「桃花、そのお兄ちゃんとどこで会ったの?」
「ここだよ、時々この公園で遊んでくれるの」
「あーなるほど」
「ねぇ、りゅう兄ちゃんも一緒にパン食べよ」
そう言いながら、島崎くんの手を引っ張る桃花。
それぞれ意外な繋がりに驚きながら、私たちは公園のベンチに3人並んで座った。
嬉しそうにパンの袋を手に取る桃花。
動きが止まる。
「どうしたの?桃花」
「ねぇ、お姉ちゃん。さっきりゅう兄ちゃんのことなんて呼んだ?」
「島崎くんだけど」
パンの袋に書いてある店名を凝視する桃花。
「えー、パン屋さんと同じだ」
「おー、よく漢字読めたな」
わしゃわしゃと、桃花の頭を撫でる彼。
「もー、バカにしないでよ。私もう小学5年生だよ」
「そのパンは俺んちのだ」
「ほんとに?すごい!」
尊敬の眼差しで彼を見る桃花。
この子ったら、私と同じリアクションしてる。
「別にパン屋なんてどこにでもあるし、すごかねーよ」
とキャップを深く被り、顔を隠す。
こっちも、あの時と同じリアクションだ。
私は思わず、吹き出した。
「おい春野、何笑ってんだよ」
「ごめんごめん、なんか可愛くて」
「りゅうにいちゃん、可愛いってさー」
そう言って島崎くんを肘で突く桃花を、「うるせー」と言いながら頭を撫で回す彼。
じゃれ合う高校生男子と小学生女子。
私はそれを、微笑ましく見守っていた。
小学生と接している彼は、なんだかイキイキしていて、学校では見せない顔をしている。
ほんと、いいお兄ちゃんなんだよね。
『俺は実の妹にとって、いい兄になれなかった』
以前、彼が言っていたあの言葉の意味は、まだわからないでいた。




