第55話:メイド服の龍帝と、異変の予兆
騒動が幕を閉じ、一同がそれぞれの場所へと戻ろうとしたその時、女神カシャラの一言がその場の空気を再び一変させた。魔王領の日常に馴染みつつある異界のテクノロジーと、影で蠢き始める未知の異変――新たな波乱の芽が、静かに息吹き始めていたのである。
皆が解散しようとしたその時、カシャラがふいに声を上げた。
「ねえねえ、ネレエイアちゃん」
「は、はい! 何でしょうか、女神様?」
「これから二人目のリンちゃんのお手伝いをするなら、やっぱりちゃんとした『制服』がなくっちゃダメだと思わない? ちょっと待っててねー」
カシャラはどこからか一台のタブレット端末を取り出すと、画面の上で信じられないほどの速度でコードを書き始めた。
次の瞬間――ネレエイアの身を包んでいた衣服が一瞬にして可憐な『メイド服』へと変貌を遂げた。
その様子を横で見ていた本物のリンは、心の底から呆れ果てたように深く溜息をついた。自分自身も、勤務時間中は常にこの仰々しい魔王の衣装を着るよう強制されているからである。
「あ、あの……これは一体どういう服なのでしょうか……?」
ネレエイアは戸惑いながら尋ねた。
「お仕事着よ! お仕事をする時は、ちゃんとその格好でいなくちゃね!」
「か、かしこまりました……」
ネレエイアは恐縮しきった様子で小さく頷いた。
ฉากที่ซิลเฟียน่าถามถึงแท็บเล็ต:
その光景を不思議そうに見つめていたエルフの女王・シルフェィナが、気になってカシャラに問いかけた。
「お言葉ですが、女神様……そのお手に持たれているものは一体何なのでしょうか?」
「あ、これ? タブレットよ! リンちゃんがいた世界じゃみんな使ってるらしくてね、私は真似して導入してみたの。元々は私の愛用してるゲーミングPCなんだけど、持ち運びしやすいように見た目をこうやって変えてみたのよ」
――しかし、この場にいる誰も知る由がなかった。
カシャラが『ゲーミングPCを改造したタブレット』と呼ぶその端末の正体が、実は【マルチバース・コア】――すなわち、この宇宙のすべてを定義・制御する超次元サーバーコンピューターそのものであるということを。
端末の姿を変えた時、膨大な多重宇宙に存在するあらゆる事象は単なる『データ』へと変換される。このコンピューターにとって、無数に存在するマルチバースなど、内部で稼働する一つのプログラムに過ぎないのだ。
普段、移動する際には持ち運びに便利なタブレットの姿をさせているが、自身の断絶空間に戻った際には本来のゲーミングPCの姿に戻し、至高の環境でゲームを快適に楽しんでいるという事実に……誰一人として気づいてはいなかった。
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その頃、二人目のリンの管理する断絶空間にて――。
「ケーキが入りましたよ、リン2様」
メイド服に身を包んだネレエイアが、うやうやしくケーキを運んできた。
「ありがとうございます」
二人目のリンがフォークを伸ばそうとした、まさにその時――。
空間が不自然に歪み、一匹の謎のモンスターが唐突にこの空間へとワープさせられてきた。しかし、そのモンスターはピクリとも動くことができない。二人目のリンのパッシブスキル『First Priority』によって完全にロックキュード(行動固定)されていたからだ。
ネレエイアは一瞬の迷いもなく、素早く踏み込んでそのモンスターを瞬殺した。
「最近、こういう妙な個体が頻繁に現れますね……」
ネレエイアは二人目のリンに仕え始めてからしばらく経ち、こうして度々現れる奇妙なモンスターの対処に追われていた。
「以前は、めったに『宇宙のバグ』なんて現れなかったのですが……」
二人目のリンが静かに呟く。
「宇宙のバグ……女神様がイグニアに処理させているという、例の存在ですね?」
「はい。以前は私が直接処理に当たっていました。通常はどれも似たような形状をしているのですが、最近は奇妙な姿のものが増えています。バグほどの強さはないものの、明らかに質が異なっていますね」
「本物の魔王リン様か、あるいは女神様にご報告差し上げた方が宜しいでしょうか……?」
ネレエイアが不安そうに尋ねると、二人目のリンは小さくうなずいた。
「そうですね……」
メイド服の身なりに戸惑いながらも、新たな日常を受け入れ始めた龍帝。だが、断絶空間の奥底でひそかに増え続ける異質な影は、さらなる波乱がすぐそこまで迫っていることを静かに告げ知らせていたのだった。




