第56話:次元の裂け目と、五人の少女の茶話会
次なる戦いへ向けて静かに動き出す日常。だが、突如として持ち上がった奇妙な謎と、強烈すぎる部下の乱入によって、空間は一気に賑やかな騒動へと巻き込まれていくのだった。
二人目のリンがネレエイアと今後の対応について話し合っていたその時――。
空間が激しく歪み、派手な効果音と共にポータルが開いた。
「リン2ちゃーーん! お願い、一緒にランクマ回してよ! プラチナ帯に落ちちゃったんだよー、ひどいよぉ!」
女神カシャラが、子供のように駄々をこねながら飛び込んできた。
二人目のリンはまばたきを数回繰り返すと、やれやれといったトーンで言い放った。
「……昨日の夜、もう一人の私であるリンさんが、あなたをコマンダー帯まで必死にキャリーしてあげたはずですが?」
「だってもう夜遅かったからさ、つい魔が差してソロキュー回しちゃったんだもん! 味方運が悪すぎて連敗しちゃったんだよ!」
カシャラはほっぺたをぷくっと膨らませて不満を露わにした。
メイド服姿のネレエイアは軽く一礼し、会話の間にスッと割り込んだ。
「失礼いたします、リン2様……。ですが、先ほど私たちが議論していた重大な件について、まずはこちらの女神様にご報告したほうがよろしいかと存じます」
「重大な件」という言葉を聞いて、ジタバタと暴れていたカシャラはピタッと動きを止め、きょとんとした顔首をかしげた。
「え? なにが重要なの?」
「そうでした」
二人目のリンはうなずくと、最近頻繁に出現する謎のモンスターについて詳しく語り始めた。
「あー、それね! 多分『次元の裂け目』から迷い込んじゃったやつだよー」
カシャラは片手をヒラヒラと振って、まったく気にした様子も見せない。ポカンと口を開けて固まる二人目のリンとネレエイアをよそに、女神は平然と説明を続けた。
「こういう裂け目は大昔から時々発生するものなのよ。ちょっとしたプログラムのエラーみたいなものでね、他の宇宙から変な生き物がたまにこっち側に零れ落ちてきちゃうだけだから問題なーい」
「ほか、の……宇宙、ですか?」
ネレエイアは青ざめ、信じられないものを見る目で聞き返した。
「そう! いくつあるのか数えきれないくらい、たくさんの宇宙があるんだよ! だって、私がいつもゲームに使ってるゲーミングPCの中で動いてるプログラムの一つなんだもん!」
カシャラはケラケラと楽しそうに笑う。
「ほら、昔『宇宙のバグ』が暴走して全宇宙が消滅しかけた時さ、リンちゃんのいる世界とここ以外は全滅したと思ってたんだけどねぇ」
「もしかしたら、マルチバース・コアが勝手にリセットして、また新しい生物を自動生成しちゃったのかもね~」
二人目のリンは、女神の口から飛び出したあまりにもぶっ飛んだ真実を聞いても、特に動揺した様子は見せなかった。
だが、傍らにいたネレエイアは気絶寸前だった。彼女の優秀な頭脳は、必死に目の前の情報を処理しようとフル回転していた――ゲーミングPC? 無数の宇宙がプログラムとして存在している? つまり、女神はこの世界をゲームのモブデータ程度に扱って遊んでいるというのか……?!
「ま、細かいことは気にしないの! それより早くパーティ組んでランクマ行くよー! リンちゃんともう一人のエルフの子も呼んで、これでちょうど五人チームができるからさ!」
カシャラはパチンと指を鳴らすと、一瞬で周囲の空間を整備し、最先端のゲーミングPCを五台並べてみせた。
「それじゃ、アタシはシルフェィナちゃんを迎えに行ってくるね!」
「リン2ちゃん、もう一人のリンちゃんを呼んできてくれる?」
「か、かしこまりました……」
ネレエイアは震える声で返事をした。
その直後、七色の転移光が眩しく輝き、全員が一つの場所に集まった。その光の端っこには、誰にも気づかれないようにこっそりストーキングしている怪しい影が一つ紛れ込んでいたが――。
五人の少女たちが揃い、ランクマのキューを入れる前のつかの間、他愛のないガールズトークに花を咲かせていた。
普段の本体のリンは、決して他者と群れるようなタイプではない。しかし、こうして気の置けない仲間たちと馬鹿げた雑談を交わし、共に時間を過ごすのも、案外悪くない――最近の彼女は、密かにそんな風に感じ始めていた。ふと、リンは重要な案件を思い出し、エルフの女王に声をかけた。
「そういえば、シルフェィナさん……。以前、ガルシアさんを通じてご相談されていた、エルフ族の肉不足を解消するための家畜用つがい(繁殖用の個体)の件ですが、無事に手配が完了しましたよ。戦争直後で少し物流が滞っておりますが、間もなくそちらへお届けできるはずです」
「ありがとうございます、魔王リン様!」
シルフェィナは潤んだ瞳で深く感謝を述べた。
(面倒事や余計なしがらみは本来好まないリンだったが、友であるエルフの女王からの頼みとなれば、彼女は毎回しっかりと下調べをし、完璧に段取りをつけてあげるのだった)
「それと……ネレエイア、例の漁業・養殖プロジェクトの進捗はどうですか?」
「人員の選定と育成カリキュラムの開始、そしてท่านริน様に見せていただいた動画を参考に自作した漁具の製造も順調に進んでおります! 空間転移ゲートを利用した流通網のインフラ整備も急ピッチで進めております!」
ネレエイアは目を輝かせながら熱心に報告した。
その傍らで、カシャラは背筋をピンと伸ばし、高級そうなお茶を優雅にすすりながら、さも自分がプロジェクトの総責任者であるかのように何度も厳かにうなずいていた(もちろん、話の内容は一切理解していない)。
「――なんと素晴らしく、言葉を失うほどに完璧な主従の光景でございます……!」
突如として響き渡った低く重厚な声に、五人の少女たちはビクッと肩を揺らし、一斉に声のほうへと視線を飛ばした。
「お前……一体どこから入り込んできたのよ?」
ネレエイアは険しい顔で侵入者を睨みつけた。
「フッ、我が君の御身を影からお守りするのは、このガスケルが当然の務めなれば!」
ガスケルは微塵も動じず、堂々と胸を張った。
「ここは女性だけのプライベートな空間よ! 女の秘密の会話に男が勝手に入って来ないの! さっさと出ていきなさいよ!」
ネレエイアは激昂して追い払おうとした。
リンは大きく深い溜息をつき、困り果てた表情でガスケルに告げた。
「ガスケル……そんなにずっと張り付いていなくてもいいから、他に何かできることでも探してきてよ」
「なりませぬ! どんな時も至近距離にてお守りし、万全の安全を確保するのが私の絶対的使命にございます!」
ガスケルは一歩も引かず、その場で微動だにせず直立不動のポーズをきめた。
リンはこめかみを押さえ、どうしようもない頭痛に耐えるしかなかった。
次元を超えたスケールの秘密が明かされてもなお、相変わらずドタバタと賑やかな日常は続いていく。だが、その背後では、未知なる異変の足音が着実に近づきつつあった。次なる戦火が彼女たちを襲う日は、もうすぐそこまで迫っている――。




