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第54話:歓喜の歓声と、龍帝の服従

圧倒的な災厄の気配は、一瞬にして熱狂的な歓喜のうねりへと塗り替えられた。断絶結界の中で繰り広げられたあまりにも優美で神聖なる決着は、全住民の心を完全に射抜いていたのである。

ホログラムスクリーンに映し出されていたのは、水帝龍ネレエイアが魔王(二人目のリン)の足元にひれ伏している姿だった。


次の瞬間、魔王領の全土に響き渡るほどの割れんばかりの歓声が巻き起こった!


「魔王様ーッ!」

「魔王リン様! 魔王リン様! 魔王リン様!」


あの美しくも圧倒的な戦闘を目撃した住民たちは、興奮と感動のあまり声を限りに自分たちの魔王の名を叫び続けていた。


一方、魔王城の玉座の間では、ガスカルが嬉し泣きしながら床に倒れ込み、子供のように号泣していた。


「ううっ……流石は魔王様でございます……! 本当に、どこまでもお見事なご活躍でございますっ……!」


エルフの女王・シルフェィナも、そっとハンカチを取り出して目元の涙を拭った。


「一時はどうなることかと胸を痛めておりましたわ……」


レオン自身も、その場に崩れ落ちるように力なく座り込んだ。


まさか、あんなにあっさりと片付けてしまうなんてな……。


玉座に座る本物のリンは、その光景を死んだ魚のような目で眺めながら、心の中でやれやれと呟いていた。

(みんな……いくらなんでもリアクションがオーバーすぎるでしょ……)


---


その頃、女神の固有結界内にある断絶空間にて――。


ネレエイアがうっすらと目を開けると、視界のぼんやりとした向こう側に、白い椅子に座って優雅に紅茶を嗜む少女の姿があった。


「ずいぶん長く眠っておられましたね。これでも相当手加減したつもりだったのですが」


その声を聞いた瞬間、ネレエイアははっと身を震わせた。目の前の少女がはっきりと見えると、彼女は慌てて人間の姿(青い長髪に青い瞳の女性)へと変化し、二人目のリンの傍らにすっと跪いた。


「も、申し訳ございませんっ……!」


二人目のリンがすっと椅子から立ち上がると、ネレエイアは再びビクッと体を強張らせた。二人目のリンが冷たい横目でちらりと一瞥するだけで、ネレエイアはもう終わりだと恐怖で凍りついた。


「行きましょうか」


「え……? あの、どちらへ……?」


二人目のリンは何も答えなかった。


次の瞬間、魔王城の中に淡いピンク色の空間の裂け目が現れた。二人目のリンが優雅に姿を現すと同時に、念動力で首元を掴まれたネレエイアがずるずると引きずり出されてくる。彼女はそのまま、女神の前へと投げ出された。


「侵略者を連れてきました。どう処分すればいいですか?」


二人目のリンはそう言って、本物のリンへと問いかけた。


リンは女神へと視線を向ける。以前、彼女から「殺してはダメだ」と釘を刺されていたからだ。


「なんて言ったらいいのかしらねぇ。こういう龍なんて、私にとってはペットみたいなものなのよ。自然のバランスを保つ役目があるの」


そう言いながら、リンはネレエイアへと視線を送った。


目の前で繰り広げられる光景に、ネレエイアの心の中は数え切れないほどの疑問符で埋め尽くされていた。女神、魔王、エルフの女王、そして勇者――。この面々が一同に会している状況の意味など理解できるはずもなく、ただ恐怖に縮み上がりながら「は、はい……」と答えるのがやっとだった。


リンが玉座からゆっくりと立ち上がると、ネレエイアは反射的にびくっと身を固くした。高い知性を持つ彼女は、本能ですぐに悟っていた。目の前にいるこの魔王こそが、先ほど自分が完敗した強大な存在の本体なのだと。


リンがずんずんと言葉もなく近づいてくるだけで、ネレエイアは冷や汗が滝のように流れ落ちていた。


「それで、どうしてペットの管理をしっかりなさっていなかったんですか?」


リンはピシャリと言い放ちながら、女神ガシャラへと向き直った。


ガシャラはたじろぎながら弁解する。


「そ、それはねぇ、リンちゃん……! 普段の女神としての私だって、結構忙しいのよ! こういう子たちもたくさんいるんだし、どうしても目が届かないことだって……(声がだんだん小さくなっていく)」


リンはジッと容赦なく女神を凝視した。その冷ややかな視線に、ガシャラは完全にたじろいで言葉を失う。


「で、これからどうするんですか。そういえば、勇者くんももう一匹の龍と戦ったばかりなんですよね?」


リンは視線を横に移し、レオンに問いかけた。


「はい、その通りです! あっちの名前はイグニアって言って……勝つのは死ぬほど大変でしたよ!」


その言葉を聞いた二人目のリンは、ほんの少しだけ気まずそうなリアクションを見せた。


「ほらご覧なさい。周りにどれほどの迷惑をかけているか分かっているんですか?」


ガシャラは見る見るうちに縮こまりながら、言い訳を絞り出す。


「だ、だって……助けたじゃない!」


リンはさらに鋭い視線を突き刺し、隠さずにすべてを吐き出すよう無言でプレッシャーをかけた。


観念したガシャラは、開き直ったようにぶっちゃけた。


「もー、分かったわよ! 戦ってる最中、私だって気付いてはいたわよ! でも、女神の立場としては勝手に介入するわけにいかないでしょ? そういうルールなのよ!

それに、ちゃんとあとで回復魔法(ヒール)だってかけてあげたじゃない!」


それを聞いたレオンは、ハッと目を丸くした。


「ああっ……! あの時の変な光の魔法は、もしかして……!」


「そうよ、レオンくん! 私だってできる限りのことはやったんだからね!」


得意げに言い放ったガシャラだったが、再びリンの『魚の死んだような冷たい目』を向けられると、ビクッと激しく飛び上がった。


リンは静かに告げた。


「それじゃあ、คุณผู้กล้า (คุณ勇者) がイグニアを何とかしたんだから、こいつの処遇だって責任を持ってもらいましょうか」


ガシャラは慌てて弁解する。


「おっと、あいつが処分される前に、ちゃんと私の転移魔法で回収して外に逃がしたわよ!」


「で、そいつは今どこにいるんですか?」とリンが追撃する。


「うーん、私の固有結界の中に置いといてるわ。宇宙のあちこちに湧くシステムバグの処理を手伝わせてるのよ」


「なるほど、そういうことですね。じゃあ、この子も私の結界の中に放り込んで、同じように宇宙のバグ処理でも手伝わせましょうか。そうすれば二人目のリンの話し相手にもなるし、一石二鳥ですね。ねえ、どう思います?」


リンは二人目のリンへと問いかけた。


「……それも悪くないですね」


二人目のリンは小さくうなずき、淡々と承諾したのだった。

こうして、世界を揺るがした古龍の襲来劇は、魔王領の圧倒的な力と奇妙な連係プレイによって、驚くべき結末を迎えた。騒乱のあとに訪れた平穏な空気の中で、新たな日常の歯車が静かに回り始めているのだった。

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