第51話:分身の切ない片思い(※本人は無自覚)
読者の皆様、こんにちは!
第51話をお届けいたします。
今回は、自身の意思を持ち始めた「リン2」の小さな変化と、彼女の胸の内に芽生えた素直になれない感情を描いたお話です。
いつもどこかぼんやりと空を見つめていたリン2の理由とは……?
元気がなかった彼女が、ある「報告」を聞いた瞬間の可愛らしい反応にぜひご注目ください!
ここ数日、リンは「リン2」の様子がおかしいことに気づいていた。
自身の意志と命を持つ分身である彼女は、最近どこかぼんやりとしていて集中力がない。
一人でぽつんと座っていたり、誰もいない完全絶界の向こう側を寂しそうな目で見つめては、まるで誰かを待っているかのような仕草を見せていた。
普段ならリン2が大好きなことでさえ、以前のように笑顔を引き出すことができない。
ここ最近の出来事を一つひとつ整理し、照らし合わせてみた結果……
リンはその原因をほぼ一瞬で理解した。
だが、リンはそれを口に出さないでおくことにした。
少なくとも……まだ今は。
---
今夜もまた、本来なら騒がしい悲鳴と混乱に包まれるはずの地獄のMOBAゲームのランクマッチですら、リン2の元気を取り戻すことはできていなかった。
「リンちゃぁぁん助けてぇぇ! 敵に襲われてるのぉぉ!」
ガシャラが悲鳴を上げながら、まるで本物の戦争から生き残ろうとするかのようにキーボードを激しく叩いている。
「私、今夜はプレイしてないわよ」
リンはそちらを見向きもせず、ソファーで快適にマンガを読みながら淡々と答えた。
隣の画面の前に座っていたシルフィリアが、消え入るような声で囁く。
「あの……女神様、この試合でプレイしていらっしゃるのはリン2様です……」
「えぇっ?!」
言い終わらないうちに、ガシャラのキャリーキャラクターは画面の底へと沈んでいった。
「きゃぁぁぁ! リン2ちゃん! 助けてぇぇ!」
一方、オフレーンを担当していたリン2は、たった一人で戦況をコントロールしていた。
味方が不利になったのを見ると、すぐさま寄って集団戦に合流する。
シュッ! シュッ! シュッ!
プレイスキルが最高峰の「グロリアス」ランクだけあって、リン2の動きには一切の迷いがない。スキルを正確に叩き込み、敵のバックラインを瞬く間に3人抜きしてみせた。
「いけぇぇ! リン2ちゃん!」
リスポーン画面からガシャラが叫ぶ。
「頑張ってください、リン2様!」
シルフィリアも声を張り上げて応援する。
残る敵はあと一人……。
あの一人を倒せば、この集団戦は完全な勝利で終わる。
リン2がとどめを刺そうと踏み込んだ——その時。
不意に、彼女の動きが止まった。
ほんのコンマ数秒の隙。
スカッ!
当たるはずだったスキルが、明当な方向へと逸れていく。
「え……?」
完全にリズムを崩したリン2。
敵はその隙を見逃さず反撃に転じ、最終的にリン2を倒してしまった。
「リン2様ぁ!」
シルフィリアが悲鳴を上げる。
ソファーに横たわっていたリンが、チラリと画面に目を向けた。
言葉には出さないものの、その表情は明確に物語っていた。
(……いつものリン2じゃないわね)
残った敵の一人も、野良の味方がなんとか処理してくれたおかげで難を逃れ、そのままリスポーンしたリン2がダークスレイヤーをラスヒットして逆転勝利を収めた。
だが、リンにとって試合の勝敗などどうでもよかった。
一人でぼんやりしないよう、ここ連日ゲームにつき合ってあげていたリン2が……あからさまに不調に陥っていたからだ。
---
その夜の過酷なランクキャリーは、どうにか幕を閉じた。
ほとんどの試合でMVPを獲得したリン2だったが、これまで見せたことのないような集中切れやミスが目立っていた。
野良で入ってきた二人の味方が上手くカバーしてくれたおかげで勝てたようなものだ。
なお、ガシャラとシルフィリアの二人は……いつも通り毎試合10デス以上を叩き出していた。
---
翌朝——。
リンは空間の扉をくぐり、完全絶界へと足を運んだ。
そこには、ぽつんと一人で座り込んでいるリン2の姿があった。
膝の上に腕を乗せ、目的もなく虚無の空間をぼんやりと見つめている。
「リン2……」
反応がない。
「リン2……」
返事がない。
「リン2……」
「は、はいっ?!」
リン2はビクッと体を跳ねさせ、慌てて振り返った。
「な、何か用でしょうか……?」
リンは分身の目をじっと見つめた。
「あんた、最近ずっとぼーっとしてるわね」
「私は……」
リン2は気まずそうに少しうつむいた。
リンは小さく溜息をつくと、ストレートに言い放った。
「そんなにあの人のことが恋しいなら、テレポートして会いに行けばいいじゃない」
「っ……?! な、何を仰っているのですか?!」
リン2の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「……」
リンは自分の分身を呆れたような目で見つめた。
(口が硬いところまで私そっくりね……)
「まあいいわ」
リンは追及をやめた。
「膝を抱えて一日中座ってたって何も解決しないわよ。暇つぶしでもしましょ。ゲームにする? アニメでも見る?」
「……何でも大丈夫です」
リン2の声は相変わらず穏やかで、感情の起伏が薄い。
「じゃあアニメね」
リンはかつてバーニムが作ってくれた大画面プロジェクターを取り出し、スマートフォンに接続して気に入りのアニメを投影した。
リン2も隣に座って鑑賞していたが、好きな作品であるはずなのに、その表情は硬いままだった。
リンは時折横目で観察しながら、心の中で深く溜息をついた。
(思った以上に重症ね……)
とその時——。
くの字に歪む空間。
完全絶界の扉が揺らぎ、魔族の筆頭将軍ガズガルが恭しく足を踏み入れてきた。
緊急時には完全絶界へ直接報告に入ることをリンから許可されていたためだ。
ガズガルは即座に片膝をついた。
「報告の許可を、魔王様!」
「何事かしら?」
リンは画面から目を離して問いかけた。
「勇者レオン様がクエストよりご帰還されました!」
ガズガルは一息置いて、続けた。
「現在城の外におられ、魔王様へご報告のため謁見を希望されております!」
「勇者様が帰ってきたのですか?!」
澄んだ甘い声が、唐突に響き渡った。
リン2が無意識のうちにガバッと立ち上がっていた。
ここ連日ずっと光を失っていた瞳が、一瞬で大きく見開かれる。
感情のなかったはずの顔が……明確な歓喜の色へと塗り替えられていた。
リン本人もガズガルも、思わず首を巡らせて彼女を凝縮した。
リン2はピクッと動きを止めた。
自分が感情を露わにしすぎたことに気づいたのだ。
「っ……」
彼女は慌てて両手で口を覆った。
その顔は熟した熟柿のようにどんどん赤くなっていく。
勝手に期待を寄せてしまっていた恥ずかしさから、ゆっくりと座り直し、リン本人の視線から慌てて目をそらした。
リンは口元をかすかに綻ばせた。
そのことについては何も突っ込まず、ただ軽やかに肩をすくめると、ガズガルへ命令を下した。
「レオンを通しなさい」
「ハッ!」
「私は大広間で報告を受けるわ」
リンは完全絶界から歩み出て行った。
残されたリン2は、そのまま同じ場所に座っていた。
しかし今度は……ぼんやりとしていた瞳が、空間の扉をじっと見つめて離さない。
ここ数日で初めて、彼女の唇に小さな笑顔が戻っていた。
---
読者の皆様、第51話をお読みいただきありがとうございました!
今回は、リン2の中に芽生えた自我と感情がよりはっきりと描かれたエピソードとなりました。
自分でもどうしてこんなに寂しくて集中できないのか分かっていなかったリン2ですが、リンには最初からお見通しだったようですね!
「勇者が帰ってきた」という言葉を聞いた瞬間にガバッと立ち上がってしまう素直な反応がとても可愛らしかったのではないでしょうか。
次回はいよいよ、レオンとリン2の再会、そして水のエレメンタルドラゴン「ネレーア」の襲来に向けた新たな展開へと進んでいきます!




