第28話 これからのこと
ニーナとバルトロが和解した日の夜。
今晩もバルトロの家に泊めてもらうことになったリヒトは、ニーナたち家族と一緒に寝室で横になっていた。
村の復興作業も順調に進み、概ね元の生活を取り戻しつつある。
そんなわけで明日は一度作業を中断し、村全体で祝宴会をすることになっていた。
皆の無事を祝いつつ、魔物からの村を守ってくれた英雄たちを盛大に労うのだ。
明日の祝宴会を楽しみにしているフェイやルカはニーナを挟んでぐっすりと眠っている。
その横では両親であるバルトロやリタも幸せそうに目を閉じていた。
一方のリヒトはというと、部屋の隅で一人なかなか寝付けずにいた。
(だめだ。全然眠くない)
今日は起きたのが昼過ぎだったということもあり、すっかり目が冴えてしまっている。
一旦寝るのを諦めたリヒトは、皆を起こさないように静かに身を起こすと、一人でそっと家を出た。
心地よい夜風に吹かれながら適当に歩き、家から少し離れた草地で足を止める。
誰もいない深夜の静寂。
見上げた夜空には満天の星。
(懐かしいな)
初めてベルタの村に来た頃、リヒトは土鍋風呂に入りながらこの星空を見た。
日本では見えなかった不思議な星たちが彩るこの夜空が、リヒトは好きだった。
リヒトは思い立ったように炊飯スキルを使って、人一人が入るくらいの大きさの土鍋を生成する。
水を張ってお湯を沸かすと、服を脱いで足先からゆっくりと湯につかる。
「ふう、きもちいい」
全身を熱いお湯に沈めながら星空を仰ぐ。
プリスペルの街にいたときも何度か夜空を見上げたが、ここまで綺麗な星は見えなかった。
やはりベルタの村はこの世界でもかなり田舎なのだろう。
元々ド田舎出身のリヒトにとっては、大都市の賑やかさよりも田舎の静けさのほうが心地よかった。
(そういえば、前はフェイやルカに邪魔されたっけ)
以前に村で土鍋風呂をしたときは、家からこっそり後をつけていたフェイとルカが乱入してきた。
あのときは大変なことになったが、今日は二人ともぐっすり寝ていたので今回は邪魔されずにゆっくりできるだろう。
「ね、リヒト。何やってんの?」
「――ッ!?」
突然背後から名を呼ばれ慌てて振り返る。
そこにいたのは、
「ニ、ニーナ? な、なんで、ここに……」
夜闇の中、ニーナが大きな目をぱちくりと瞬かせる。
「偶然リヒトが家から出て行くの見ちゃって。気になってついてきた。で、なんでこんなとこでお風呂入ってんの?」
「い、いや……」
不思議そうな目で見てくるニーナ。
あたりが暗いとはいえ、こっちは文字通りに丸裸なので恥ずかしい。
お湯の中で体を縮こまらせながら、ニーナの視線を逸らすように空を指差す。
「……星」
「星?」
「この村から見える星が好きで」
言われて、ニーナも空を仰いだ。
それはニーナにとっても久しぶりに見上げる地元の夜空だった。
こんなにゆっくりと星を眺めるのは久しぶりかもしれない。
「……ふーん、なんかいいね。せっかくだから私も一緒に入っていい?」
「……は?」
一緒に入る?
何をいきなりと、リヒトが目を見開いたまま固まる。
隣からは服を脱ぐニーナの衣擦れの音が聞こえてくる。
「ええと……ニーナ、さん? 一緒ってのはさすがに……」
「いいでしょ、どうせ暗くてよく見えないんだから。ほら、入るからもうちょっとそっち寄って」
抵抗することもできず、言われるがままリヒトは端に身を寄せる。
端と言っても元々一人分の大きさの土鍋風呂だったため、少し体をずらした程度だ。
リヒトが無理やり作った狭いスペースにニーナが体を沈めてくる。
「あー、きもちいー」
二人の体が湯舟に収まると、お湯がザバアと溢れた。
風呂が狭すぎてどれだけ体を離そうとしても肩や足が密着してしまう。
リヒトはもっと大きな風呂にすればよかったと激しく後悔した。
(な、なにこの状況?)
すぐ真横には身一つの無防備な美女。
考えないようにしても意識しない方が難しい。
間違って視線がそちらにいってしまわぬよう、リヒトは真逆の方向に顔を固定した。
「……ねー、リヒトー」
「な、なに?」
ふいに名前を呼ばれてビックリして肩を弾ませる。
もちろん顔は反対方向に向けたままだ。
「リヒトはさ、これからどうするの?」
「これからって?」
うーんと考え込んでから、ニーナがゆっくりと話し出す。
「私はさ、今まで村のためにと思って色々頑張ってきたわけなんだよね。一人で魔鉱石のペンダント作ったり、魔術の勉強しにプリスペルまで行ったり」
ベルタの村の地下には長い間大量の魔鉱石が眠っていた。
それらは土壌のエネルギーを吸い取り、村の農業を少しずつ衰退させていた。
村で唯一それを把握していたニーナは故郷を救うべく、地下の魔鉱石を処理する方法をずっと一人で探していたのだ。
「でも、もうその目標も達成できたわけでさ」
少し困ったような顔でニーナが笑う。
今回の魔物との戦いでリヒトは期せずしてすべての魔鉱石を掘り出してしまった。
それは村が抱えていた問題を知らずのうちに解決したことを意味しており、ニーナにとっては喜ばしくも、少し拍子抜けする話でもあった。
「だからこれから何しようかなーって思って。それでリヒトはこれからどうするつもりなのかなって」
「俺は……」
しばし思案するように黙り込む。
元々リヒトにはニーナのように何かやり遂げたいことがあったわけではなかった。
この世界に来たのだって、気がつけば突然異世界転移しただけであり、夢や目標があるわけではない。
良く言えば自由。悪く言えば無計画。
これからのことに悩んでいるのはリヒトとて同じだ。
「俺も特にやりたいことがあるわけじゃないよ。でも……」
「でも?」
少し照れくさそうな声で、ぽつりとつぶやく。
「強いて言うなら、もう一度家族に会いたいかな」
リヒトの頭に、今日の昼間に見たバルトロとニーナが微笑み合う姿が浮かぶ。
嬉しそうな顔で見つめ合う二人を見たときに少しだけ羨ましい気持ちになったはニーナには内緒だ。
「へえ。いいね、それ」
ニーナが好奇心いっぱいの顔で覗いてくる。
「私もリヒトの家族に会ってみたい。何してる人なの?」
「米つくってる」
「へえ、美味しそう」
「家族の話して美味しそうって言われたの初めてだわ」
アハハと、ニーナの軽やかな笑い声。
つられてリヒトの口元も小さく緩む。
「リヒトの家族はどこにいるの?」
「うーん。まあ、すっごく遠いとこ、かな」
それだけ言って適当にごまかす。
異世界にいると言ってもきっと伝わらないだろうし、そもそもまた会えるのかもわからない。
異世界転移した時点で諦めていたことだけど、二度と会えないかもと考えると少し寂しい気持ちになった。
「へえ、そっかー。まあでもいつかは会えるでしょ」
「え? そ、そうかな?」
しんみりとしていた空気を払うように、明るい口調でニーナが続ける。
「そうだよ、きっと。例えば転移魔術とか使えばどんなに離れてても会えたりするんじゃない?」
「な、なるほど」
たしかにプリスペルの街からベルタの村にくるときにクロエの転移魔術を体験したが、あれは色んな意味で凄かった。
あんな規格外の魔術があるこの世界なら、別の世界に転移して戻るということも意外と不可能ではないのかも。
リヒトの中に新しい光が芽生えたような気がした。
「うん。だといいな」
静かに頷くリヒト。
再び見上げた夜空には、無数の星々が優しく瞬いていた。




