第27話 だから言ったでしょ?
バルトロの家で意識を取り戻したリヒトとニーナが起き上がって歩けるようになったのは翌日の昼頃だった。
予想外に疲れていたのか、半日以上寝てしまったがおかげで体調は随分と回復しており、魔力も元に戻っていた。
リヒトはニーナと一緒に遅めの朝食をすませると、村の様子を見に二人で家の外に出た。
村では昨日の魔物の襲撃で損傷した門や土地をなおそうと、村民たちが忙しなく動き回っている。
その中には復旧作業を手伝っているガンツやゴルドーの姿もあった。
ともに昨日の戦いを乗り越えた仲間としてすっかり馴染んでいるようだった。
「なんか、この村はたくましいな」
「うん。皆昔から全然変わってない」
昨日の絶望的な状況がまるで嘘だったかのように、村全体が活気に満ちている。
真剣な顔つきで修繕に励む男たちや、いつも通り家畜の世話をする子供たち。
そこにいる全員が一日も早くこれまでの生活を取り戻そうと、懸命に前を向いていた。
「お、リヒトとニーナじゃねえか!」
働いていた男の一人がリヒトたちに気づき、大きな声で指差した。
その声を聞いた他の者も一斉に作業の手を止めて、リヒトたちの元へ駆け寄ってくる。
「二人とも大丈夫だったか!?」
「ずっと心配してたんだぜ」
「いやー、お前らは村の英雄だよ!」
「ホントホント。お前らがいなけりゃ今頃俺たちは御陀仏だぜ」
「てかニーナ、久しぶりだな! 急に村から出て行って何してたんだ?」
口々に話しかけてくる村人たち。
こうやっておしゃべりが大好きなところもあんまり変わってないなと、リヒトは苦笑いを浮かべる。
リヒトとニーナが村人たちに囲まれていると、少ししてバルトロが歩み寄ってきた。
「ニーナ、リヒト」
その場の賑やかな雰囲気に似つかない真面目な顔で話しかけてくる。
リヒトとニーナを交互に見つめながら、静かに口を開く。
「すまないが二人と話がしたい」
バルトロがそう言うと、集まっていた村人たちが自然と離れて行き、各々の職場に戻っていった。
残されたリヒトとニーナに向かってバルトロが身を翻しながら言う。
「ついてきてくれ」
無言で歩くバルトロの背を追いながら、リヒトとニーナも何も言わずについていく。
やがて村の門を潜ると、そのまま塀の外に出た。
そこは昨日リヒトが炊飯スキルで巨大な土鍋の防壁を作った場所であり、あたり一面の地面が大きくえぐれていた。
まるで巨大なクレーターができたかのように、でこぼことした地面が広がっている。
ちなみにそこにあったはずの魔物の骸はなく、村人たちによって既に村から離れた場所に運び出されたようだった。
泥々とした土を踏みながら歩いて行く。
と、途中でバルトロが足を止め、その場にしゃがみこんで何かを拾った。
「これだ」
バルトロが土の中から拾い上げたもの。
それはニーナのペンダントと同じ、紫色をした石だった。
「それ……」
思わずニーナが口を開く。
信じられないと言いたげな顔でバルトロの手元を見つめる。
「これが、お前が言っていた魔鉱石だな」
バルトロの問いに、ニーナが小さく頷く。
ずっと昔からこの村の地下に眠っていた天然資源。
市場では高価とされ、先日この村に目をつけた子爵家が魔物を使って襲わせてまで手に入れようとしたもの。
「でも、どうして……」
「詳しくはわからんが、きっと昨日の戦いで地下から掘り出されたのだろう」
魔鉱石についた泥を手で払いながらバルトロが言う。
リヒトには魔鉱石が地下から掘り出された理由に心当たりがあった。
昨日の戦いでリヒトは二つの巨大な土鍋を生成した。
ひとつは魔物から村を守るための防壁としての鍋。
もうひとつは魔物たちを逃げられなくするためにさらに外側に作った鍋だ。
その後に魔物たちを茹で窯の刑にしようと大量の熱湯を生成したのだが、その熱湯は二つ目の外側の鍋底から一気に生成した。
このときの鍋底は地下深くに埋まっていた状態であり、鍋底から熱湯が湧き出る際に地下にあった魔鉱石も一緒に噴き出したのだろう。
つまりリヒトは、無意識のうちにベルタの村の地下にあった魔鉱石を掘り出してしまったということになる。
「昨日の戦いの後に見つかった魔鉱石はこれだけじゃない。ここら一帯の土に大量に埋まっている」
周囲の広大な土地を見渡しながら、バルトロが静かな声で話す。
しばし黙り込んだ後、真剣な顔でニーナと向き合う。
「全部、お前が正しかった」
呆然と佇むニーナ。
バルトロが深々と頭を下げる。
「許してくれ」
沈黙が流れる。
風が吹いて、ニーナの銀色の髪が揺れる。
幼い頃から村でただ一人、魔鉱石の存在を唱えてきた。
誰からも信じてもらえなかったその主張は、たった今、10年以上の時を経て真実であることが認められた。
音のない時間だけが、ただ静かに流れていく。
張り詰めた空気に、思わずリヒトが息を呑む。
それから数秒が経ち、ニーナがわずかに口の端を持ち上げた。
「……ね、だから言ったでしょ?」
首を傾けて小さな声で言うニーナ。
その柔らかな表情が、二人の間の空気を一瞬で軽くした気がした。
やや間を置いてからバルトロも「そうだな」と口元をほころばせる。
それはニーナが村に帰ってきてから初めて見たバルトロの笑顔だった。
(よかったな、ニーナ)
互いに微笑み合う父と娘。
長年にわたる親子の誤解が解けた瞬間だった。
その光景を見ながらリヒトは、少しだけ羨ましいなと密かに思っていたのであった。




