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第29話 最終話

 翌日の昼下がり。


 村の中央にある広場には村人全員が集まっていた。


 皆で持ち寄ったたくさんのテーブルの上には色とりどりの贅沢なご馳走が並んでいる。


 定番のおにぎりに、柔らかお肉のローストチキン。


 野菜たっぷりスープと熱々の絶品シチュー。


 子供たちには甘いベイクドチーズケーキにガトーショコラまで。


 もちろんこれらはすべてリヒトが作った料理だ。


 祝宴会の準備がすべて整ったところで、バルトロが皆の一歩前に出る。


「えー、先日の魔物の襲撃はこの村が始まって以来の試練となった。だが皆の死力を尽くした奮闘やここぞとばかりに駆けつけてくれた5人の英雄たちによって、この村は生き残った。それどころか誰一人として死傷者も出ることなく、こうしてまた皆と顔を合わせることができている。これは信じられないような快挙である」


 バルトロの力強い言葉に、村人たちが感嘆の声を上げる。


 歓声が収まるのを待ってから、バルトロが続ける。


「皆乾杯を心待ちにしていると思うが、先に今回の戦いで特に貢献の大きかった者を表彰させてくれ。まずはガンツ、クロエ、ゴルドーだ」


 三人の冒険者たちに一斉に拍手喝采が向けられる。


 転移魔術を使って村の危機にいち早く駆けつけ、圧倒的な戦闘力とリーダーシップで現場を指揮した功績者だ。


 ちなみに今回の事件で裏で糸を引いていたとされる子爵家に関する調査も、今後ガンツたちがギルド経由で正式に請け負うことになっていた。


「次にリヒト。卓越した魔術で村を守りながらあれだけ大量の魔物を一瞬で殲滅した」


 皆の視線が集まり再び大きな拍手が沸き上がる。


 こういう場に慣れていないリヒトはなんとも照れくさい気持ちだった。


「そして最後に、ニーナ」


 その名が呼ばれると、ひときわ大きな歓声が上がった。


 そこにいた誰もが賞賛の眼差しでニーナを見つめる。


「今回の事件の元凶となった魔鉱石に誰よりも早く気づき、そして誰よりも村のため、皆のため、長きにわたり一人で戦ってきた。若き英雄に心からの感謝と誇りを贈りたい」


 村人たちの大歓声に包まれながら、ニーナがはにかんだような笑顔を見せた。


「それじゃあ前置きが長くなったが、皆の無事を祝し、今後の発展を願って」


 バルトロの音頭とともに乾杯の音が響く。


 大人たちは村のライ麦で作ったエールで。子どもたちは木の実で作ったジュースだ。


 それからはしばし賑やかな歓談が続いた。


 大人も子供も、皆で食べて、話して、笑って。


 リヒトが用意した料理は人数分以上あったはずなのにすぐになくなり、気づけばどの皿も綺麗に空っぽになっていた。


 幸せそうな村人たちの顔を見ると、リヒトの胸に妙な嬉しさが込み上げてきた。


「リヒト、ちょっと来て!」


 ふいに、ニーナがリヒトの手をとってくる。


 そのまま小走りで広場の中央まで行くと、大きな声を叫ぶ。


「みんなー! ちょっと聞いて!」


 食事を終えて休んでいた村人たちが一斉に視線を向けた。


 いきなり皆の前に立たされて戸惑うリヒトとは対照的に、ニーナが威勢の良い声で言う。


「私、これから旅に出ることにします!」


 少女の突然の宣言に、聴衆の間にざわめきが走る。


 皆から向けられる驚きの視線を気にもせずにニーナが続ける。


「村から離れてたとき、本当はすごく寂しかった。だけど、初めて見たもの、初めて会った人、初めて学んだことが、いっぱいありました」


 その声は凛としていて、少女の瞳には少しの迷いもなかった。


 ざわついていた村人たちはいつの間にか静かになっており、ただ息を呑んで静かに耳を傾ける。


「それで私思ったの。もっとたくさんのことを知りたい。もっとたくさんの人に私たちのことを知って欲しいって」


 ニーナが隣にいるリヒトをちらりと一瞥する。


 この村の人々の温かさやたくましさ。


 この村にしかない豊かな自然の恵み。


 そして、この村でしか見えない美しい星の瞬き。


 当たり前だと思っていたそれらの尊さは、すべて友人が教えてくれたものだった。


「だから私、旅に出ます! リヒトと一緒に」


「…………ん?」


 最後の一言に、リヒトの思考が一瞬停止する。


 なんだが、さらっとすごいことを言われた気がする。


「ええと、俺も一緒に行くの?」


「うん!」


「初耳なんだけど?」


「だって初めて言ったもん」


 にししと悪戯っぽく笑うニーナ。


 どうやらここまでがニーナの計画だったらしい。


 こんな皆が見ている前で誘われたらさすがに断りづらい。


 ちょっとズルい気もするが、いつものニーナらしいなと、リヒトは口元に笑みを浮かべる。


「リヒト」


 二人のやり取りを見ていたバルトロがリヒトの元に近づいてくる。


「うちの娘がすまない」


「大丈夫です。もう慣れました」


 そうか、と苦笑いを見せるバルトロ。


 表情を改めてから、再びリヒトを見つめる。


「それで、リヒトはどう思う? 私としては色々と驚きはあるが、リヒトが一緒ならこれ以上心強い仲間はないと思っている」


 そう言うバルトロの顔には、かつて娘と対立していた頃の頑固さはなかった。


「はい。僕もこの世界をもっと知りたいです」


 少しずつこの世界のこと、自分のことがわかり始めてきた気がする。


 だけど、まだまだ知らないことも多い。


 旅に出ればきっともっと見聞が広がるだろう。


 何よりニーナと一緒であれば楽しい旅になるのは間違いない。


 晴れやかな表情で語るリヒトに、バルトロが何も言わずに頷いた。


 その様子を見たニーナが嬉しそうに跳ね上がる。


「やったあ。ありがとうお父さん。じゃあリヒト、私とパーティを組もう!」


「パーティ?」


「そう。これからいろんなところを旅して新しい仲間を見つけるの」


 今まではただ何となく一緒につるんでいただけの関係だった。


 だがパーティを組むとなれば、これからは正式な仲間になる。


 それは新しい冒険の始まりを意味していた。


「よーし、テンション上がってきた! 最初はどこに行こっか? 海? 山?」


「まずはどこかの冒険者ギルドに登録しないと」


「え、なにその現実的な返事」


「こういうのは手続きをしっかりやっておかないと」


「もー、ノリ悪いなあ。お父さんみたいじゃん」


 ニーナが唇を尖らせると、見守っていた村人たちからドッと笑い声が上がった。


 呆れたように笑うバルトロと、二人の新たな門出を祝うように盛大な拍手を送る村人たち。


 温かな歓声に包まれながら、リヒトはこれから始まる新しい日々に思いを馳せる。


 これからの人生に不安がないわけではない。


 だけど、不思議と恐怖や迷いはなかった。


 隣で笑う少女の顔を見つめ返し、リヒトもまた、静かに、けれど力強く微笑んだ。


(了)

区切りがついたので本作はこれにて完結とさせていただきます。

最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました!

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