第25話 共闘
「もう一つの策、だと……?」
ふいに切り出してきたリヒトに、ガンツが驚愕の目を向ける。
村全域を囲うほど巨大な鍋を生成して一瞬で防壁を作ったリヒト。
それだけでも驚異的だというのに、さらにまだ策があるというのか。
リヒトの底知れないポテンシャルに、ガンツは恐ろしさすら感じていた。
「まあ、上手くいく保証は全然ないんですけど」
ガンツの隣で身をかがめながら、リヒトが乾いた笑みを浮かべる。
リヒトが考えていた作戦。
それは村を囲っている土鍋の外側にもう一回り大きな土鍋を作ることだった。
これによって村を包囲している魔物たちは外側の鍋に閉じ込められてその場から逃げることができなくなる。
そして退路を奪ったところで、敵がいる内側の鍋と外側の鍋の間に大量の熱湯を注ぎ込む。
つまりは文字通りの茹で窯の刑にして、敵を一網打尽にするという作戦だ。
なかなか残酷な発想だが、上手くいけば一気にこの窮地を脱することができる。
だが、ひとつだけ懸念点があった。
それはかなり大規模なスキルを使うことになるので、リヒトの魔力が最後まで持つかはわからないということだ。
リヒトの魔力が途中で切れれば作戦は失敗に終わる。
そうすれば同じ手はもう使えないし、下手したら魔力を使い切って死ぬかもしれない。
リヒトにとっては、まさに命を賭けた大博打だった。
(とはいえこのままだとどっちみち皆死ぬし、やるしかねえか)
覚悟を決めたリヒトは再び炊飯スキルを唱える。
すると地響きのような轟音を立てながら突然地面が揺れ始めた。
「な、なんだ!?」
「もうひとつ、鍋を作りました」
外の様子がわからず動揺を隠せないガンツや村人たちに、リヒトが淡々と告げる。
魔物の退路を断つための二つ目の土鍋は無事に生成することができた。
村を囲っていた魔物たちにとっては突然背後に巨大な壁が現れたことになる。
前後を土鍋の壁に挟まれた魔物たちは、その異様な光景に狼狽えるような咆哮を上げた。
(よし、計画通りだ)
後は熱湯を生成するだけ。
次の一手ですべてを片付ける。
そのつもりでリヒトはすぐに意識を集中させた。
――だが、
(くそ、やっぱ魔力がたりねえ)
どれだけ水を生成しようと念じても、一向にスキルが発動する気配がない。
それどころかスキルを使おうとすると頭がくらくらして意識が飛びそうになる。
初めて経験する魔力切れ。
さすがに無理しすぎたなと、一気に後悔が押し寄せる。
(あと一歩なのに)
どれだけ魔力を練り上げようとしても、何も湧き上がってこない。
このまま魔力がゼロになったらどうなるのだろう。
スキルが切れて、村を守っている鍋がなくなれば……
その先を想像して意識が途切れそうになった――そのとき。
「私の魔力、使って!」
背後から大きな声が響いた。
その衝撃に、閉じかけていたリヒトの目が見開かれる。
「……ニーナ?」
後ろを振り返ろうとするリヒト。
だがそれを拒むように、ニーナがリヒトの背中に抱き着いてきた。
「私の魔力全部あげるから! だから、頑張って!」
後ろから体をぎゅっと密着させて、魔力を分けようとしてくるニーナ。
背中に伝わる柔らかい感触。
と同時に、ニーナの魔力が凄い勢いでリヒトの体内に流れ込んできた。
全身を駆け巡るその熱に、リヒトの心臓が力強く脈を打ち始める。
かすんでいた視界が一気に開けた気がした。
「ほら! ヤラしいこと考えてないでさっさと敵をやっちゃいなさいっ!!」
「う、うるせー! わかってるって!!」
やけくそ気味に叫ぶと、リヒトは再びスキルを発動した。
ニーナからもらった魔力をすべて使って。
瞬間、村の周囲を取り囲んでいた魔物たちの足元から、凄まじい大激流が噴き出した。
真っ白な湯気を上げる熱湯が容赦なく魔物たちを飲み込み、一瞬にして巨大な土鍋の隙間を満たしていく。
逃げ場のない魔物たちの断末魔のような悲鳴が響き渡る。
「な、何が起きている!?」
壁の向こうから聞こえてくる凄絶な叫びに、ガンツや村人たちはただ圧倒されていた。
凄まじい熱気と、魔物たちが煮える匂いが漏れ出してくる。
人間よりも強靭な皮膚を持つ魔物と言えど、煮えたぎるほどの熱湯にはさすがに耐えられるはずもなく。
ほどなくして悲鳴はおさまり、魔物たちは物言わぬ肉塊へと変わっていった。
(……終わった、か……)
最後の攻撃ですべてを出し切ったリヒト。
その体にはもはや戦いの顛末を見届ける力は残ってなかった。
頭がまともに回らず、次第に意識が遠のいていく。
「リ、リヒト……わたし、もうムリ……」
「お、おれも……」
限界を迎えていたのは後ろにいたニーナも同じだった。
二人はそのまま糸が切れたかのように前のめりになり、重なるようにして倒れこんだ。




