第24話 ただの鍋です
「これは……」
村全体が歓喜に包まれる中、突然聞こえてきた魔物の咆哮。
そのおぞましい声は四方八方から響いており、次第に大きくなっていく。
しかもその声の大きさからして、先ほど村を襲ってきた魔物の群れとは比べ物にならないほど膨大な数であることは明白だった。
「囲まれたか……」
村人たちが凍りつく中、ガンツが小さくつぶやく。
徐々に近づいてくる無数の足音は、村の門前だけでなくほぼ全方位から聞こえてくる。
おそらく先ほど葬った数十の魔物たちはただの斥候に過ぎず、今回の襲撃こそが奴らの主攻なのだとガンツは察した。
村は丸太の塀で囲われているとはいえ、これほどの数の魔物に全方位から一斉に攻撃されればひとたまりもない。
門も塀も破壊され、皆すぐに魔物の餌食となるだろう。
「そんな……やっと助かったと思ったのに……」
ようやく危機を脱したと思っていた村人たちにとって、それはあまりにも残酷な現実だった。
すべてを諦めたかのように、村人たちが次々と膝から崩れ落ちていく。
彼らの顔には魔物たちに抗おうとする戦意は消え失せていた。
「マズいな。どうする、ガンツ」
「……っ」
ゴルドーに聞かれ、ガンツは苦悶の表情を見せる。
Bランク冒険者であるガンツとクロエとゴルドーだけなら、この状況からでもなんとか活路を見出して抜け出すことができるだろう。
だが、100人以上いる村人全員を守りながら戦うのはさすがに無理があった。
護衛対象が多くなればなるほど、その戦闘の難易度は増していく。
これまで冒険者として数々の護衛依頼をこなしてきたガンツたちであっても今の状況は苦しいものがあった。
「せめて村民を守る防壁があれば……」
――防壁。
その言葉を近くで聞いていたリヒトは、ハッと目を見開いた。
この窮地から村を救う唯一の方法。
それは村全体を囲むような強靭な防壁を作ること。
もちろんそんなものを今から作るのは普通に考えれば不可能だ。
でもリヒトなら、それができるかもしれない。
なぜならリヒトには普通ではないスキルがある。
「バルトロさん、皆さんをできるだけ僕の周りに集めてくれますか?」
リヒトの声に、項垂れていたバルトロが顔を上げた。
「リヒト? 何を……」
バルトロが言葉を飲み込む。
そこにあったのは、この最悪な状況においてもまだあきらめていないリヒトの真剣な眼差しだった。
何をするつもりかわからないが、信じるしかない。
そう思ったバルトロは、余計なことは考えずにリヒトの言う通り村人たちを誘導する。
「言われた通りにしたぞ、リヒト」
全員が周りに集まったのを確認すると、リヒトはゆっくりと腰をかがめて瞳を閉じた。
状況を飲み込めずにいる村人たちが怪訝そうな目で見つめてくる。
不安と疑問が入り混じる中、リヒトはそれらの視線をものともせずにそっと両手を地面においた。
大丈夫。きっとできる。
そう自分に言い聞かせる。
そして意を決したかのように目を開くと、リヒトは心の中で「炊飯スキル」と唱えた。
と、次の瞬間――村の塀の外側に、突然巨大な壁が出来上がる。
「なっ!?」
信じられない光景に、そこにいた全員が目を剥いた。
その壁は堀よりも高くそびえ立ち、滑らかな曲線を描きながら村全体を囲っていた。
誰もが言葉を失っていた中、ようやくガンツが口を開く。
「こ、これは……土属性魔術か?」
「いえ、ただの鍋です」
そう、リヒトが作ったのいつもと同じただの土鍋だった。
ただし、特大級の。
「村全部を包むように土鍋を生成したんです」
傍から見れば、突然村の周囲に土の壁ができたようにしか思えないだろう。
というのも、鍋底は村の地下に埋まっており、地上で見えているのは鍋の側面にあたる部分だけだからだ。
つまりは、土鍋の一部を地下に埋めた状態で生成したということである。
前例のない生成だったわけだか、リヒトはそれを土壇場でやってのけた。
「す、すげえ……」
「すごすぎて俺にはもう何が何だがわからん……」
「よ、よくわからんが、これなら魔物を防げるんじゃねえか!?」
絶望に染まっていた村人たちの顔に再び活気を戻っていく。
だが、安堵の声を漏らす彼らとは裏腹に、リヒトの表情はまだ険しかった。
(うまくいった。でも、そう長くはもたないな)
さすがに村一つ分ほどの鍋となると必要な魔力量も多く、維持できる時間には限界がある。
魔力が尽きて鍋が消えてしまえば、危機的状況であることに結局変わりはない。
つまりリヒトの作った土鍋の防壁はただの時間稼ぎに過ぎなかった。
その状況は当事者であるリヒトだけでなく、戦況を冷静に見つめていたガンツも理解していた。
「助かったぞリヒト。ちなみにこの壁、あとどれくらい持つ?」
「持って数分、ですね」
「数分、か……」
ガンツの額に冷や汗が浮かぶ。
この窮地を脱するためには、残された数分の内に外の敵を殲滅しなければいけない。
しかし村の全方位から攻めてくる敵をたった数分で討伐するのは、さすがのガンツとゴルドーでも不可能である。
広範囲攻撃を得意とする風属性魔術師のクロエも、ここに来るための転移魔術のせいで十分な魔力が残っていない状態だ。
そうこうしているうちに外の魔物たちが土鍋の防壁まで到達した。
壁を破壊しようと、外側から一斉に攻撃を始める。
鈍い衝撃音がガンガンと鳴り響き、村人たちの不安を煽る。
「くそっ、どうすれば……」
壁の向こうから伝わってくる無数の殺気。
刻一刻と迫ってくるタイムリミットに、ガンツが思わず表情を歪める。
一方、リヒトはというと、その場に似つかわしくないほど冷静な顔をしていた。
そして腰をかがめたまま静かに顔を上げると、ガンツに向かって淡々とした口調でつぶやく。
「実は、もう一つ策があります」




