第17話 父と娘
(……ニーナ? ベルタの村出身?)
その名を聞いて、ふとリヒトの頭にある言葉が浮かんだ。
それはベルタの村にいたときにお世話になったバルトロの言葉。
『実は私たちにはもう一人娘がいるんだ。ちょうどお前と同じ歳の、ニーナという子でな。今はプリスペルにいるはずだ。もし向こうであったらよろしくな』
プリスペルの街の河川敷で偶然出会った、ホームレスの少女。
よく見ればバルトロと同じ白銀の髪に、リタさんと同じ翡翠色の瞳。
「ん? どうしたの? 急に固まっちゃって」
「あ、いや。もしかしてだけど……君、バルトロさんの娘さん?」
「へっ? な、なんでお父さんのこと知ってんの!?」
(ああ、やっぱり)
米を吹き出してむせるニーナ。
リヒトはその様子を生暖かい目で見つめながら口を開いた。
「実はプリスペルに来る前にベルタの村で世話になってたんだ。バルトロさん、凄くいい人だね」
「はあ? あの頑固オヤジが?」
「えっ」
頑固オヤジ? あんなにやさしかったバルトロさんが?
「い、いやいや。普通にめちゃくちゃいい人だろ!」
「どこがよ! 娘の言うこと全然聞こうとしないし」
(え、そうなの? バルトロさん、意外と娘には厳しい人なのか?)
どうやらこの父娘はあまり仲良くないらしい。
そういえばベルタの村を離れるときも、ニーナのことを話すバルトロはどこか気まずそうだった。
年頃の娘と折り合いの悪いお父さんという感じだろうか。
「ええと、ニーナはバルトロさんのことが嫌いなの?」
「そりゃそうよ。だってあの人の頑固さが、あの村をつぶそうとしているんだから」
「――え?」
予想外の言葉に、リヒトは言葉を失った。
村人を家族のようだと言い、見知らぬ訪問者であったリヒトを快く受け入れてくれたバルトロ。
森で倒れていたガンツたちさえも迷わず助けようとした。
そんな誰もが尊敬する村長であるバルトロが、村をつぶそうとしている?
「それ、どういうこと?」
「うーん、あんまり他の人に話すような話じゃないけどね。でも君には一飯の恩もあるし、特別に教えてあげる」
いつの間にか空になっていた土鍋にスプーンを置いて、ニーナは話し始めた。
ベルタの村の地下には魔鉱石と呼ばれる資源が大量に眠っているらしい。
魔鉱石はその内部に魔力を蓄積する鉱物であり、武器や防具の原料として高値で取引される。
ニーナはベルタの村の中で唯一魔力を持っている存在であり、村の地下に魔鉱石があることにただ一人だけ気づくことができた。
「私が何度説明してもお父さんったら全然信じてくれないんだもん」
ニーナが頬を膨らませて言う。
たしかに村の中で誰にも理解してもらえないというのは、少しかわいそうだと思った。
「まあたしかにその話が本当ならちょっともったいない気もするな。でもだからといって村をつぶすってわけではないんじゃない?」
「ううん、ダメなの。あの魔鉱石はちゃんと処理しないと」
魔鉱石は魔力を蓄積するだけでなく、自然と周囲の魔力を吸収してしまう性質がある。
また肥沃な土地には作物を育てるのに必要な自然界由来の魔力が豊富に含まれているが、土に埋まった魔鉱石はこの魔力さえも吸収してしまうのだ。
その結果、村周辺の土地は次第に痩せていき、作物が育ちにくい土地になっていた。
(そういえば、昔はもっと作物がいっぱい採れたのにってバルトロさんが言ってたっけ)
リヒトが農作業を手伝っているとき、バルトロがつぶやいていたのを思い出す。
実際に村の作物の収穫量は年々減少しており、農業に強く依存している村にとって目をつぶれない問題になっていた。
あのときはどこの世界でも自然相手の仕事は大変だなとしか思わなかったが、まさかあの村にそんな根深い問題があったなんて。
ニーナの話を聞いて、リヒトは急に村のことが心配になった。
村人たちは、フェイやルカは元気にしているだろうか。
「じゃあニーナは、バルトロさんと喧嘩して村を出たってこと?」
「まあそれもあるけどね。でも私は、もっと魔術のことを勉強したかったの」
重くなった空気を払うように、ニーナが明るい声で言う。
「魔術にもっと詳しくなれば、魔鉱石を無効化する方法がわかるかもしれないでしょ? そしたら村を救えるかもしれない」
語気を強めて話すニーナ。
そのまっすぐな眼差しに、リヒトは少しだけドキリとした。
目の前の同い年の少女は、たった一人で村を救おうとしている。
「それにもし魔術で魔鉱石を掘り出せれば売って大儲けもできるしね!」
「ハハ、なるほどね」
親指と人差し指で丸を作りながら、ニーナがにししと笑う。
お調子者ではあるが、この少女はただ親と喧嘩して村を出た家出少女ではないらしい。
リヒトは少しニーナに対する印象を改めた。
「あのさ、俺にも何かできることがあったら手伝うよ」
「え?」
かつてお世話になったベルタの村に少しでも恩返しがしたい。
リヒトは胸の奥の方が少しだけ熱くなるのを感じた。
「ホントに? 手伝ってくれるの!?」
「ああ、もちろん」
力強く頷くリヒト。
ニーナは大きな目をキラキラと輝かせながら即答する。
「ありがとう! じゃあさ、これから一緒に暮らそ!」
「……は?」
一瞬、思わず声が詰まった。
あまりにも斜め上すぎる返事に、リヒトは頭が真っ白になっていた。
「い、一緒に暮らすってどういうこと?」
「やっぱりこういうのは同じ志を持つ者同士で日頃から助け合わないと」
「……タダ飯食えてラッキーって思ってるだけじゃない?」
「ナンノコトカナー」
視線を逸らしてとぼけるニーナ。
そこには村を救おうとする英雄の面影はなく、リヒトのご飯に目がくらんだ腹ペコの女の子がいただけだった。
リヒトはこめかみを押さえながら、余計なこと言わなきゃよかったかもと溜め息を吐いた。




