第16話 ホームレス少女
「……ん、朝か……」
翌朝、土鍋の中で目覚めたリヒトは大きく伸びをした。
フカフカのお布団で迎えた初めての朝。
目覚めはもちろん最高で、嘘みたいに体がすっきりしている。
よくよく考えればちゃんとした布団で寝たのは異世界に来てから初めてだ。
今まではベルタの村でわら布団で寝たり、ガンツたちと一緒に野営したり、なかなかぐっすり安眠とはいかないことが多かった。
だが今は土鍋キャンプという安心の個室の中で快適に寝ることができている。
フカフカのお布団。プライベート完備。しかも費用は完全無料!
これはかなり良質な居住環境を手に入れることができたと、リヒトはにんまりと笑みをこぼした。
「さーて、朝飯にすっか」
体を起こしてゆっくりと立ち上がる。
部屋(土鍋)の中で朝食をとってもいいが、買ったばかりの布団に食べ物の匂いがつくのはちょっと気になる。
リヒトは朝食は外で食べようと、スキルを解除して居住用の土鍋と中に置いていた布団だけを消した。
無事に土鍋から外に出ると、リヒトは橋の下の河川敷に立っていた。
ここは昨晩、寝床として選んだ場所だ。
なるべく人目につかず、かつ雨もしのげるのでリヒトのお気に入りの場所だった。
「……ん?」
ふと、何かが視界の端を掠め、地面に視線を落とす。
そこには昨晩寝る前にはなかった奇妙な塊が転がっていた。
(なんだ、これ……?)
もぞもぞ、もぞもぞ。
丸まっていたそれはゆっくりと動き出し、むくりと体を起こして、
「ふわぁああぁぁ、よくねたぁああぁ」
(っ!?)
大口を開けて大きなあくびをした。
(お、女の子!?)
そこにいたのは一人の見知らぬ少女だった。
年はリヒトと同じくらい。
白銀の長い髪が風になびき、首元の紫のペンダントがキラリと光る。
ぐーっと体を伸ばした少女は、ようやく目の前にいたリヒトに気がついた。
「……あれ? きみ、だれ?」
(いや、こっちのセリフ)
地面にあぐらをかいて頭をボリボリ掻きながら見上げてくる。
よく見ると可愛らしい顔をしてるが、何となくヤバそうな女だ。
「ええと、ここで夜営してたんだけど、朝起きたら君がいて」
「あ、もしかしてあの変なドーム? あれ、君のだったんだ」
なぜか嬉しそうに少女がリヒトを指差す。
ドームと言うのはリヒトが入っていた土鍋のことだろう。
「昨晩どっかにいい寝床ないかなーって歩いてたら河原に変なドームがあったからさ。気になって近くで見てみたの。そしたらあのドーム何かあったかくて。ちょうどいいやーってそのままそばで寝ちゃった。私いま金欠でホームレスだったから助かったわ、アハハ」
「へ、へえ。そうなんだ」
軽い口調でなかなか凄いことを言われた気がする。
こんな若い女の子がホームレスとは。
決して人のことは言えないが、異世界恐るべし。
「じゃあ、俺はこれで」
なるべく関わらない方がよさそうだと、直感がそう告げていた。
背を向けて立ち去ろうとした、そのとき。
きゅるるるるるるるるる
「「……」」
鳴った。お腹が――彼女の。
二人の間に、数秒の沈黙が流れる。
「……ねえお兄さん、つかぬことをお聞きしますが朝ごはんって食べました?」
「いや、まだだけど」
「あ、奇遇ですね。実は私もまだなんです」
「……」
「そして私は無一文の女」
「つまり、何か奢れと?」
「これも何かの縁ということで何卒」
頭を深々と下げながら両手を合わせて頼んでくる少女。
なぜ初対面なのにいきなり飯をたかられているのか。
まあリヒトにとって女の子一人分の朝飯を用意するなど、文字通り朝飯前なわけだが。
「……わかったよ。飯食わせてやるから食い終わったらどっか行ってくれよ?」
「なんと! あなたは神様ですか!? ありがたやありがたや!」
よくわからないことになったが、これ以上付きまとわれてもめんどくさい。
さっさと飯だけ食わしてどっかに行ってもらおう。
リヒトはさっそく炊飯スキルで二人分の朝食の用意をはじめる。
目の前に食材の入った土鍋が現れると、少女が驚きの声を上げた。
「ふぁっ!? なにこれ? もしかして君、魔術師!?」
「まあ、そんなようなもんかな」
「へえー、人って見かけによらないねぇ」
「ん? 今なんか俺バカにされなかった?」
「してないしてない。それよりこれ何つくってんの?」
目をキラキラさせて聞いてくる少女。
待ちきれないのか、生唾を飲む音が聞こえてくる。
「まあ、できてからのお楽しみということで」
リヒトは急速炊飯で一気に炊き上げ、塩昆布とツナの炊き込みご飯を作った。
ニンジンと干しシイタケも入れているので見た目もよく、栄養もたっぷりだ。
「ほら、できたよ」
「わあ! いただきまーす!」
スプーンを渡すと、少女はさっそく一口ご飯を頬張った。
「ふおおおぉぉ! おいひいいぃぃっ!!」
「そうかそうか、ならよかった」
満面の笑みを浮かべる少女に、リヒトも思わず頬を緩める。
「ホントおいしいよこれ。君は料理の天才だね!」
ただスキルを使っただけなので料理をしたわけではないが、そこまで褒められると悪い気はしない。
リヒトも別のスプーンを使って一緒に朝ごはんを食べることにした。
(うん、うまい)
いつも通り味は完璧。
空腹と賑やかな空気も相まってスプーンが進む。
「なんかこうやって誰かと一緒に朝ごはん食べるの久しぶりだなー。村にいたときみたい」
「村?」
懐かしげな口調でつぶやく少女。
リヒトが訊ねると、少女はご飯を口に運ぼうとしていた手を止めた。
「あ、そっか。そういえば自己紹介がまだだったね」
にこりと微笑んで、少女が言う。
「私はニーナ。ベルタの村出身。よろしくね!」




