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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第三章
99/116

黒いコートの男

無意識に、次のページを捲ろうと手を伸ばした。


その瞬間だった。


「そこで何をしている」


低く、冷え切った声が背後から掛けられた。


弾かれたように振り返ると、ひとりの少年が隠し扉の前に立っていた。


首元まで覆う襟の高い黒いロングコート。

裏地は深紅に染まり、彼岸花のような模様がうっすらと描かれている。


そして何より目を引くのは、その髪だった。


時間が経ち、乾いた血のような朱殷(しゅあん)の色。

光の加減によっては、黒にも見えそうなほど沈んだ赤。


そして、光をほとんど反射しない、闇そのもののような暗い瞳。

こちらを見据える視線には、感情らしい感情が見えなかった。


「呪華……!」


ティアが声を上げる。

瞬時に手を前に突き出し、弓矢を構えるような動作をした。


彼女の手の中には、どこからともなく黒い弓と1本の矢が形成される。


「なっ、それ……!?」


ティアの手にした武器を目にして、驚きを隠せなかった。

何故ならそれは、コレットが使っていた武器とまったく同じものだったのだから。


なんの躊躇もせず、つがえた矢を放つ。


だが少年はほんのわずかに身を引くだけで、表情ひとつ変えることも無く、その矢を避ける。


「今のうちに逃げますよ!!」


途端に腕を強く引かれた。

クローディアスの力強い手に引かれ、足をもつれさせてしまいそうになりながらも駆け出した。


少年の横を通り抜け、手すりに手を掛ける。

そのまま身を乗り出して、躊躇い無く飛び降りた。


少し遅れて、ティアも後を追うように飛び降りてきた。

着地の直前、振り返りざまに再び矢を放つ。


牽制するように放たれたそれは、少年が軽く顔を横にずらし、本棚の枠へと突き刺さった。


「っ……!」


着地の衝撃が足に響く。


そのまま倒れ込むことなく体勢を立て直し、扉へと駆け寄る。

重い扉を押しやるように開け放ち、勢い良く外へ飛び出した。


「なんで呪華がいるんだ!?今回カーディナもフィニスもいるから、呪華が屋敷にいるのおかしいだろ!?」


「知りませんよ!?野良か、誰かしらを狙った刺客じゃないんですか!?」


誰もいない廊下を、靴音を鳴らしながら駆け抜ける。

気づけば、自然と横並びになっていた。


「……あいつ、追って来てるっぽいよ?どうする?」


ティアが後ろをちらりと見て、やけに落ち着いた声で言う。


「そんなの逃げるに決まってる!」


反射的に叫びながら、さらに足に力を込める。


振り返っている余裕なんてない。

襲ってくる様子はない。

けれど、ゆっくりと追ってきている気配だけは伝わってきていた。


曲がり角へと差し掛かった瞬間、ちょうど前方からアステルの姿が見えた。


「おい、そんなに騒いで何かあったのか――っ!?」


言い終えるより先に、クローディアスが襟首を乱暴に掴む。

足は止めないまま、そのまま引きずるようにアステルも連れて行く。


「ちょうど良かった!呪華に追われてるんだ!!」


「はぁ!?なんで呪華がいるんだよ!?」


「知らねえよ!!さっきもしたよこのやり取り!!」


「っ……、こうなった以上仕方ない!屋敷に帰るぞ!!ここで戦うなんて考えるな!敵が多過ぎる!!」


「わかってる!!」


人がいる正面玄関から出るのは危険だ。

この騒ぎのまま出ていけば、確実に注目を集める。


だったら――。


視線をティアへ向ける。


「ティア!俺たちを連れていつもみたいに跳べるか!?外に出られさえすればいい!」


人目に付かないように、移動するならこれが確実だ。


ティアは、ほんの一瞬だけ考えるように視線を落とす。

それからすぐに顔を上げ、はっきりと頷いた。


「出来る。私かレイン、どっちかに触れててくれれば」


ティアの返答を聞き、「決まりだな!」と安堵混じりに吐き出す。


迷っている時間はない。


その言葉を合図にするように、ティアがこちらへ駆け寄った。

ぎゅっと、クローディアスと俺の肩へ同時に抱きつく。

突然の距離の近さに一瞬だけ身体が強張るが、そんなことを気にしている余裕はなかった。


「クローディアス、アステルを絶対離さないでね」


そう告げるなり、クローディアスが答えるよりも先に、ティアは力を行使した。


気付いた時には景色が切り替わり、芝生の感覚が足裏に伝わった。


その感触を噛み締める暇も無く、走り出す。

今度はアステルも自分の足で。


外に停めてある馬車を目指して一直線に駆け抜けた。







――――






駆け抜けていく4つの背中を、静かに見送る。


追おうと思えば追えた。

けれど、少年はそこで足を止めた。


黒いコートの袖に隠れた手を、そっと窓枠へ添える。



やがて背後から、硬い音が響く。


杖を突く音。

それに続いて、ゆっくりとした足音がひとつ。


「首尾はどうだ」


低く落とされた短い問い掛け。


「予定通り」


少年は振り返らないまま答える。


「マスターの指示通り、花弁を付けておいた」


隠し扉の前から立ち去られる瞬間。

すれ違い様に、金髪の女性の姿をした男の髪に、赤い花弁を一枚、付着させた。


彼岸花の細く赤い花弁。


背後の男は、その報告を聞いて小さく頷いた。



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