ティアには甘い
アルビオンの屋敷へ戻ってきて早々。
ようやく一息つける。
そう思ったのも束の間だった。
「動かないでください」
「わかってるって……」
クローディアスに手伝われながら、衣装を脱いでいく。
複雑な作りのドレスは、1人で着替えるにはどうにも面倒だった。
背中の留め具や繊細なレースの布地が引っ掛かり、自分だけでは上手くいかない。
髪飾りを外され、纏めていた髪が解かれる。
その途中で、不意にクローディアスの動きが止まった。
「どうした?」
問い返すと、彼は何も言わずに手を伸ばす。
指先が、そっと髪に触れた。
「髪に……、花弁が」
「花弁?」
小さく呟きながら、クローディアスが指先でそれを摘み取る。
するりと何かが引き抜かれる感触。
クローディアスの指には、一枚の花弁が掴まれていた。
細く小さな、鮮やかな朱赤。
「いつの間に……」
思い当たるとすれば、逃走する時にすれ違ったあの瞬間か。
やがて、首元のチョーカーも外された。
締め付けられていた感覚が消え、椅子に腰掛けながら、思わず大きく息を吐いた。
「はぁぁぁ……」
心底疲れた。
精神的にも肉体的にも、今日1日でどっと消耗した気がする。
ふと、テーブルの上に置いてある物を見て「あれ」と声を上げた。
「それ持って帰って来ちゃったんだ」
禁書庫で見つけた誰かの日記。
それと、一緒に落ちてきた数枚の紙束。
逃げる時の混乱の中で、どうやら無意識に抱えたまま持ち出していたらしい。
「あの騒動で置いて来るのを忘れて、つい」
クローディアスがどこか気まずそうに言う。
「ふぅん」
気のない返事をしながら、テーブルの上の日記へ手を伸ばした。
指先で表紙を軽く撫でる。
「だったらこの日記、俺が預かっててもいい?」
クローディアスはこれを、なんの意味も無いただの日記だと思っている。
けど、どうにも気になって仕方なかった。
クローディアスは特に迷う様子もなく頷いた。
「別に構いませんが」
「ありがと!」
お礼を言いながら、そのまま日記を抱え込むように手元へ引き寄せた。
クローディアスが衣装を片付けている隙に、隠していた紙をそっと取り出す。
気付かれないよう、静かにページの間へ挟み込んだ。
まるで、誰にも見られたくない秘密を隠すように。
紙を完全に隠したところで、部屋の外から軽いノック音が響いた。
クローディアスが扉を開ける。
そこに立っていたのは、ティア。
そして、その後ろにセレナ、ノクス、アステルの姿もあった。
「あれぇ、お坊ちゃんもう着替えちゃったの~?」
開口一番、ノクスが残念そうな声を上げた。
とはいえ、その目は完全に面白がるように細められていた。
「当たり前だ!あんな格好2度とごめんだ!」
「えー?けちー」
ノクスがわざとらしく頬を膨らませ、ぶーぶーと抗議を始める。
本気で一発殴ってやろうか。
そんな物騒な考えが頭を過った、その時だった。
ティアが「え……」と寂しそうな声を漏らした。
「もう……、してくれないの……?」
「え、あ、いや、それは……」
しゅん、と肩を落としたティアの姿に、思わず言葉が詰まる。
別に、本気で嫌がっているわけではない。
ただ恥ずかしいだけだ。
悲しませたいわけじゃない。
そんな顔をして欲しくなくて、観念したように大きく息を吐いた。
「……ティアと、クロの前だけなら……、別に、やってもいい……」
ぽつりと、そう零す。
途端に、ティアの表情がぱっと明るくなった。
「ほんと?」
「っ……、だから、そう言ってるだろ」
照れ隠しのように視線を逸らす。
するとティアは嬉しそうに目を細めた。
「えへへ、ありがとう。大好き!」
「っ……!」
あまりにも真っ直ぐな言葉。
いつだってそうだ。
無邪気で、飾り気が無くて、異常なほどに素直で。
思ったことを、そのまま口にするものだから、余計に反応に困ってしまう。
顔が熱い。
絶対、今かなり変な顔をしている。
そう確信して、口元を片手で覆い隠した。
背後でノクスたちが「お坊ちゃんってチョロいよね?」とか騒いでいた気がするが、もう反応する余裕すら無かった。




