それは夢の記憶と同じもの
中は思っていた以上に狭かった。
扉の向こうに広がっていたのは、広大な書庫ではない。
むしろ、息苦しいとさえ思うほど狭い小部屋だった。
せいぜい三人がぎりぎり肩を並べられるかどうか、といった程度の広さ。
ほんの少し体を動かしただけで、誰かの肩や肘が自然と触れ合ってしまう距離感だ。
足を一歩でも引けば、すぐ背中が本棚に触れてしまいそうで、無意識に動きが慎重になる。
壁という壁はすべて本棚で埋め尽くされていた。
床から天井近くまでぎっしりと木枠が組まれ、その隙間という隙間にまで本が押し込まれている。
背表紙は統一されていない。
古びて色あせた革装のものもあれば、最近になって綺麗に製本されたような新しい冊子も混ざっている。
厚さもまちまちで、辞書のように重厚なものもあれば、手帳ほどの薄い冊子もある。
年代も厚さもばらばらなのに、不思議と雑多さは感じられなかった。
「書庫っていうからもっと広い場所を想像してたけど、これじゃあ隠し部屋だな」
「この中から、探すの?」
ティアの不安そうな声が響く。
その気持ちは、よく分かる。
目の前にあるのは、軽く見渡しただけでも途方もない量の書物だった。
壁という壁を埋め尽くす棚。
そのすべてに隙間なく詰め込まれた本の列。
「さすがに、これは……、全部目を通す時間なんか無いよな」
誰に向けるでもなく、独り言のように呟いた。
部屋自体は手狭とはいえ、流石にこれは量が多すぎる。
この量を片っ端から中身を確認する時間なんて無い。
どうしたものかと考えながら、何気なく手近の本を引いた。
その拍子に本を取りこぼしてしまい、ページの間に挟まっていたであろう紙と一緒に落としてしまった。
バサバサバサバサッ!
耳をつんざくような大きな音を立てて、大量の紙束が床に散らばった。
「やべっ!やっちまった……」
落とした紙を拾い上げようと、反射的にしゃがみ込んで、手を止めた。
「大丈夫ですか?」
後ろからクローディアスの声が掛かる。
返事を返さない俺を不審に思ったのだろう。
「リア様……?」
覗き込むように近付いてくる気配に、はっと我に返る。
「あ、いや、大丈夫!ちょっとぼーっとしてた!」
慌てて誤魔化すように言い返す。
同時に、散らばった紙へ素早く手を伸ばした。
クローディアスの視線が内容を確認してしまう前に、一番上に落ちていた紙を咄嗟に腰のポケットの中へ押し込む。
クローディアスが残りの落ちていた紙を拾い集めた後。
「これは、日記……でしょうか?」
床へ落ちた拍子に開いたままになっていた本を手に取り、呟いた。
「日記?」
ティアが興味を惹かれたように、こちらへ身を乗り出す。
本の中身は、なんてことない日常が書かれているように見えた。
「なんでこんなものが禁書庫に?」
呪華に関する資料や、閲覧することすら憚られる文献が保管されていると思っていた。
そんなところに、日記のようなものが紛れている理由が分からない。
もしかしたら重要な内容が書いてあるのかもしれない。
そう考えて、慎重にページを捲ってみた。
×月×日
僕の婚約者が決まった。
14も年の離れた幼い彼女は、気を悪くしないだろうか。
まだ8歳だというのに、こんなおじさんが婚約相手で、申し訳ないとすら思う。
×月×日
今日は彼女との……、リリィとの顔合わせの日だった。
リリィは姿絵よりも可愛らしい、白ユリのような子だった。
ガッカリさせてしまうと思っていたのに、
どうやら僕の杞憂だったらしい。
×月×日
リリィとの待ち合わせは、カーディナの屋敷の離れにある、室内庭園だと決まっていた。
行動を制限されているリリィが許されているのは、彼女の部屋と、この庭園のみだったのだから。
僕はいつも、庭園内に置かれたピアノを弾きながら彼女の到着を待つ。
そうすると、すぐに軽やかな足音をさせて、彼女がやってくるんだ。
僕がプレゼントしたぬいぐるみを抱えながら。
その様子がまた、可愛らしいと思う。
数ページ読み進めたところで、クローディアスが手を止めた。
「普通の日記、のようですね……」
「はずれ?」
「でしょうね。誰かの個人的な日記が紛れたのかと……」
クローディアスとティアのやり取りが耳に入る。
だが、俺はその日記から目を離せないでいた。
この内容を、俺は知っている。
正確には、夢で見たことがある。
色とりどりの花に囲まれた室内庭園。
白と黒の鍵盤の上を滑るように動く大人の手。
そこに響く、静かな旋律。
赤いリボンを巻いた黒ネコのぬいぐるみを抱え、小さな足音で駆け寄る姿。
長い黒髪と、澄んだ水色の瞳のその少女は、今目の前にいるティアの面影すら感じさせる、不思議な少女だった。




