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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第三章
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禁書庫

誰もいない廊下を足早に進む。

周囲に人の気配がないことをさりげなく確認してから、クローディアスが口を開く。


「リア様。どこから探しますか?」


クローディアスに借り物の名前を呼ばれ、問い掛けられる。


「父様の部屋」


視線を向けることもせず、前を向いたまま答えた。


「ティアの核の場所なんか皆目見当もつかない。そんな場所を闇雲に探すのも非効率だ。だったら俺でも存在くらいは知ってる禁書庫を漁った方が早い。図書室に、ティアのことも、呪華なんて存在のことも、そんなこと書いてある本なんて見たことないんだから、そこになにかしらあるって考える方が自然だろう?うちが呪華と深く関わってる家だっていうなら、何かしら残ってない方がおかしい」


記憶を辿りながら続ける。


「この時間なら、父様も執事も来客対応で不在だろうし、部屋は空いてるはずだ。鍵は父様が管理してたはず」


そこまで言い切ると、隣から小さく感心したような声が返ってきた。


「……意外と、ちゃんと見ていたんですね」


「なんだその言い方」


足を止めることなく、眉を顰めながら横目でクローディアスを見る。

相手はいつも通りの落ち着いた表情のまま、こちらの反応を測るようでもなく、ただ淡々と歩調を合わせていた。


クローディアスは、ただ静かに言葉を続ける。


「普段の様子からすると、そういったものは興味がないのかと」


否定するほどでもない。

けれど、そのまま認めるのも妙に癪に触る。

視線を前に戻し、廊下の先を睨むように見据える。


「興味があるとかないとかじゃない。必要なことは覚えてるだけだ」


むっとしながらも、言い返す。

だが、クローディアスにそう言われても仕方ないという自覚はある。


勉強なんて退屈なものはやりたくないと逃げ回り、授業も散々サボってきた。

“出来損ないの末弟”と陰で囁かれ、呆れられても、特に気にしたことはない。


優秀な兄や姉がいるのだから、面倒ごとはそちらに任せればいい。

期待されていないことを都合よく利用して、暇さえあれば遊びに興じていた。


そうやって、適当に生きていた。


けれど、それでも完全には勉学を投げ出さなかった。


なぜなのかは、自分でもよく分からない。

本当に見放されることだけが、どこかで怖かったのかもしれない。


だから最低限の知識や礼儀作法だけは身につけようと、図書室へはよく通っていたのだから。


「着いた」


辿り着いたのは、カーディナの当主、父の執務室だった。


重厚な両開きの扉を前に、思わず息を呑む。


この部屋すら、片手で数えられるほどしか訪れたことがない。

それも、すべて許可を得たうえでの短い滞在だけだ。

勝手に入ることも許されない部屋。


そんな部屋へ、今から無断で侵入しようとしている。

しかも目的は、探し物の為に部屋を漁る為だ。


そう考えた途端、妙な緊張が喉を締め付ける。

自然と、扉のノブへ伸ばした手が小さく震えた。


扉を開けることすら躊躇していると、不意に隣からすっと手が伸ばされた。

そしてあっさりと、扉を開けられる。


驚いて隣を見ると、きょとんとした顔でティアがこちらを見返していた。


「どうしたの?行くんでしょ?」


呆気からんとした様子で、扉を開けながら言われてしまう。


この部屋がどれだけ特別で、どれだけ近寄り難い場所だったのか。

そんな空気を、ティアはまるで気にしていない。


だからこそ、その一言に肩の力が抜けてしまった。


「……おまえなぁ」


思わず苦笑混じりに息を吐く。

さっきまであれほど緊張していたのが、馬鹿らしくなる。

ティアはそんなこちらの反応を気にした様子もなく、開けた扉を押さえたまま首を傾げている。


再び小さく息を吐いてから、意を決するように執務室の中へ足を踏み入れた。


室内は静まり返っていた。

予想していた通り、中に人の気配はない。


「っ、申し訳ありません、旦那様」


小さく、クローディアスが呟く声が聞こえた。


その言葉に、思わず苦笑しそうになる。

こんな時まで律儀だ、と、使用人である故の性質なのだろう。


3人で手分けして執務室の中を調べ始める。


机の上。引き出し。棚の中。花瓶の裏。絨毯の端まで。


少しでも怪しい場所があれば確認し、漁った痕跡が残らないよう、元の位置へ丁寧に戻していく。

静かな室内には、本を動かす音や引き出しの擦れる音だけが微かに響いていた。



こうしている間に、使用人の誰かが清掃等に立ち寄るかもしれないと思うと、気持ちが焦ってしまう。

時間の感覚が妙に長く感じられる。


こうしている間に、誰かが戻って来るんじゃないか。

じわじわと胸の奥を圧迫し、焦り始めていた時。


「あ」

と、クローディアスが短く声を漏らした。


「あったか!?」


即座にそちらへ駆け寄る。

離れた場所を探していたティアも、ぱたぱたと足音を立てながら続いた。


「はい。禁書庫の鍵です」


クローディアスは壁に掛けられていた絵画を裏返した状態で抱えながら、小さく頷く。


絵画の裏側、その端に鍵が貼り付けられていた。

付けられた札には、確かに“禁書庫”と書かれている。


「でかした……!」


思わず安堵混じりに息を吐き、鍵を受け取る。

そのまま執務室を後にし、次に向かった先は図書室だった。


見慣れた広い図書室の中。

高く積み上げられた本棚の間を抜け、奥へ奥へと進んでいく。


やがて、階段を上がった先。

最奥に置かれた本棚の前で、足を止めた。


「ここだ」


俺の呟きに、隣でティアが不思議そうに首を傾げる。


「?……リア。本しか無いよ?」


見た目だけなら、ただの本棚だ。

他と変わった様子はない。


「まぁ見てなって」


舌をペロッと出して口端を舐める。


一見すれば、他と何も変わらない古びた本棚。

だが、幼い頃に一度だけ物陰に隠れて盗み見たことがあった。


父が図書室で、この辺りの本棚へ触れていたのを。


うろ覚えの記憶を頼りに、視線を走らせる。

そして、本棚へ手を伸ばした。


「……確か、ここら辺だったはず」


小さく呟き、そのうちの一冊を押し込む。

すると、かちり、と小さな音が鳴った。


次の瞬間。


重い駆動音を立てながら、本棚そのものがゆっくり横へ動き始める。


そこには、鍵穴の付いた扉が隠されていた。


「こんな場所が隠されていたなんて……。よくご存知でしたね」


クローディアスが感心したように呟く。

少しだけ得意げな気分になり、口元が緩んだ。


「ふっふっふ。俺を舐めるなよ?」


わざとらしく胸を張ってみせる。

だが、返ってきたのは呆れ混じりの声だった。


「どうせまた、悪戯の途中で偶然見付けたものでしょう」


「ぐっ……。わ、悪かったな……」


図星だった。


そもそも、これを知ったきっかけ自体が昔の悪戯なのだ。


というのも、メイド長の部屋に虫の玩具を置いて怒らせたのだ。

お説教にと追い掛けて来たメイド長を振り切って、逃げ込んだ先のこの図書室で、

父が隠し部屋を開けようと操作しているのを、偶然にも見掛けたのだ。


まさかあの悪戯で見掛けたものが、こうして役立つ日が来るとは思いもしなかったが。


執務室から持ち出して来た鍵を、鍵穴へと差し込む。

軽く捻ると、かちり、と音を立てて、錠が開かれた音がした。


そのまま扉を押し開く。


中は薄暗い。

けれど中央のテーブルの上にランタンが置かれているのが見えた。


そのランタンを灯すと、薄暗かった室内がゆっくり照らし出された。


そこに広がっていたのは、壁際を埋め尽くす大量の本だった。


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