4大公爵の役割
「パーティー?」
紅茶の入ったティーカップを口元へ運びかけて、ふと手が止まる。
淹れられたばかりの紅茶の香りが、白い湯気とともに鼻をくすぐった。
視線の先にはアステルがいる。
彼は目を伏せたまま、静かに紅茶を口にしていた。
「そう。レイン殿も知ってるだろう?4大公爵家が集まる、年に1度の交流会。今年はカーディナで開かれるらしいが」
「そういや、そんなのもあったっけ……」
すっかり忘れていた。
確かに毎年、このくらいの時期に開かれていた気がする。
4大公爵家の当主や関係者が一堂に会し、親睦を深めるために開かれる催し。
表向きは交流会。
だが実際は、各家の腹の探り合いに近い。
4大公爵家のひとつ。
カーディナの末弟だった俺も、カーディナの屋敷にいた頃は参加を強制されていた。
愛想笑いを浮かべながら、思ってもいないことを口にする。
本音を隠し、相手の腹の内を探るような会話を延々と続ける。
煌びやかな雰囲気とは裏腹の、底知れないあの空気がどうも苦手だった。
「レイン様、いつも挨拶が終わり次第抜け出してましたもんね……」
クローディアスの半ば呆れたような声が差し込まれる。
言い返す言葉も思いつかず、
「う、うるさい」
と反射的に返してしまった。
「で、それがなんだってんだよ」
手にしていたティーカップをソーサーへ戻しながら尋ねる。
ティアと契約してしまった以上、もうカーディナへ戻ることは出来ない。
ノクス曰く、呪華という存在であるティアと契約してしまった時点で、俺は既にカーディナにとって排除対象となっているらしいのだから。
向こうからすれば俺は裏切り者も同然だろう。
家族だろうが関係ない。
カーディナから離れた今となっては、無縁の話の筈だ。
それなのに、何故こんな話を?
アステルの意図が読めず、怪訝な目を向けてしまう。
「そこに、レイン殿とティア嬢も参加させる」
あっさりとアステルが言い放った。
耳を疑う発言に思わず、
「は!?」
と声をあげてしまう。
勢いよく身を乗り出したせいで、テーブルの上のティーカップが、かたんと小さく揺れた。
「いやいやいや、待て待て待て!なんでそうなる!?」
思考が追いつかない。
何も気付いてないまま、処刑されに行こうとしてた無知な俺を連れ出したのはアステルたちだ。
実際に行動を起こしたのはティア、ノクス、セレナの3人。
だが、今こうして身を隠しているこの屋敷は、アステルの家が所有しているものだ。
彼もまた、共犯者だというのに。
それなのに、今度はその4大公爵家が集まる場へ連れて行く?
正気とは思えない。
「話は最後まで聞け」
騒ぐ俺を遮るように、アステルが静かな声で告げる。
同時に、かちゃり、と小さな音を立ててティーカップをソーサーへ戻した。
「で?どういうつもりなのか、ちゃんと説明してくれないかなぁ?黒ユリちゃんのこと調べる為にも、お坊ちゃんいなくなってもらうの困るんじゃなかったっけ?」
軽い調子で口を挟んだのはノクスだった。
頬杖をつきながら、どこか面白がるように目を細めている。
その言葉に、アステルは間を置かず答える。
「だからこそ、だ」
「……どういうことです?」
今度はセレナが問い返した。
「ティア嬢のことを調べるんなら、どうしてもカーディナに入り込む必要がある」
アステルは静かな口調のまま続ける。
「レイン殿が契約したのは、カーディナの敷地内だったな?」
「あぁ、まぁ……」
突然話を振られ、曖昧に頷く。
「普通の呪華は心臓部に核がある。そこに触れさせないと契約すら成立しないのに、レイン殿は契約した。聖都でもあの聖女気取りの呪華が言っていたんだろう?“契約が出来なかった”と。」
アステルの言葉に、コレットの言葉を思い出す。
確かにあいつはそう言っていた。
だからこそ、ティアと契約していた俺に興味を示したのだ。
同じ黒ユリの呪華であるティアを自分へ取り込み、その契約による繋がりごと奪おうとしていた。
あの時の粘つくような視線を思い出し、無意識に眉を寄せる。
「だとしたら考えられるのは」
「カーディナに、黒ユリちゃんの核がある?」
アステルの言葉を引き継ぐように、ノクスが口を挟む。
「恐らく」
短く頷く。
「だからそれを探しに同行してもらう。最悪、核じゃなくても、関係するものなら何でもいい」
アステルは淡々と言い切った。
「いや、待て。同行って簡単に言ってるけど、俺、普通に顔知られてるんだけど?家だぞ?俺の」
思わずツッコミを入れる。
カーディナ家の末弟だった以上、知らない人間の方が少数派だ。
バレないわけが無い。
だが、その杞憂すらもアステルは想定済みだったようで、言葉を続けた。
「あぁ、潜入に関しては心配しなくても大丈夫だ。アルビオンはいつも、新しい養子を紹介する名目で交流の場に人を連れて行く。それは公爵家間でも有名な話だからな。それに乗じて、アルビオンの新入りとしておまえたちを連れて行けば良い」
淡々と語られる内容に、クローディアスが小さく目を細めた。
「つまり、その慣例に紛れ込ませるということですか?」
「あぁ。アルビオンの新入りとして、おまえたちを連れて行けばいい」
さらりと言っているが、とんでもない話だ。
4大公爵家の交流会。
そこに、“呪華と契約した元カーディナ家の人間”を堂々と連れ込む。
正気とは思えない計画なのに、アステルは最初からそのつもりだったかのように落ち着き払っていた。
「ただし」
アステルの視線が、ノクスとセレナの2人へと向けられる。
「ノクスとセレナ、おまえらは留守番だ」
「カーディナだけじゃなくって、血気盛んなフィニスも来るんでしょ~?どっちも呪華とその契約者を見つけ次第、即始末しろって家だけど、フィニスは特におっかない。ま、お留守番言い渡されてもしょうがないよねぇ」
ノクスはどこか他人事のように肩を竦める。
フィニス家。
4大公爵家のひとつだが、あの家の人間は皆ピリピリとした空気を纏っている。
カーディナにいた頃は、なんとなく苦手意識を抱いていた。
だが今なら、あれが殺気だと理解出来る。
隠そうともしない、敵意と殺意。
自分たち以外は信用しないと言わんばかりの嫌な空気。
初めて顔を合わせた時ですら、歓迎されている気はまるでしなかった。
思い返すだけで、胃の辺りが重くなる。
「そういえば、その4大公爵家?って、なにが違うの?」
それまで黙って話を聞いていたティアが、不思議そうに首を傾げた。
そういえば、ティアは貴族社会の事情なんてほとんど知らないんだったか。
むしろ、今までの話をよく黙って聞いていたなと思う。
「……そうだな。どうせレイン殿も把握していないんだろうし、説明しておくか」
「なんでそこで俺を見るんだよ」
即座に抗議すると、アステルは呆れたような目を向けてくる。
「ちゃんと把握していたのなら呪華のことも知ってるだろう。それを知らないことこそが、なによりの証拠だ」
「ぐっ……」
何も言い返せなかった。
教えてくれなかった、と言い訳しようにも無理がある。
そもそも家庭教師の授業自体、まともに受けていなかったのだから。
それを横目に、アステルが席を立つ。
近くの棚へ向かい、紙とペンを取り出すと、そのまま机へ戻ってきた。
ぱさり、と紙が机の中央へ広げられる。
そこに迷い無く線を引き始めた。
「4大公爵家と呼ばれている通り、公爵家は4つに分かれている。
紅花公。これはレイン殿の家だな。
主に呪華の『封印』を務めている。
強力だったり面倒な呪華はここが担当しているな。
次に白花公。
野良の呪華を捕らえ『管理』し、その後にどうするか決める家だ。
使えるもんは使うって方針で、そのまんま呪華と契約してる家のもんもたくさん抱えてる。
そこのセレナとノクスもそういった経緯で契約してる。
あとは蒼花公。
野良の呪華の出現や動向を『監視』するのが役割だな。
ここからアルビオンも情報を得ていることが多い。
まだ話の通じるやつらだよ。
最後に黒花公。
さっきもノクスが触れてたが、ここは特に手段を選ばない。
呪華と契約者を見つけ次第『抹殺』するのが仕事だ。
表向きは領地経営だったり政治活動や軍務に従事したりと、普通の貴族だけどな」
アステルは紙の上に4つの名前を書き終えると、ペン先で机を軽く叩いた。
紙の上に書かれていく文字眺めながら、ティアが感心したように声を漏らした。
「なんか、こうして見ると役割分担みたいになってるんだね」
「実際そのつもりなんだろう」
「だったら余計に、俺とティアがパーティーに潜り込むのってやばいんじゃないのか?」
思わず顔をしかめながら言う。
封印、監視、抹殺。
呪華に関わる役目を持つ家々が揃う場所だ。
そんなところへ、呪華本人とその契約者が乗り込む。
冷静に考えなくても危険すぎる。
「バレたら殺されるだろうな。ティア嬢はともかく、レイン殿は確実に」
「ともかくってなんだよ、ともかくって……」
あまりにも即答だった。
しかも俺だけ確定で死ぬ前提なのが酷い。
ティアには心臓とも言える核が存在しない。
普通の人間のように致命傷で死ぬわけではない。
他の呪華のように核を破壊して殺すことも出来ない。
そう理解しているからこその発言なのかもしれないが、それにしたって言い方というものがある。
「だから、変装して潜入する」
そんな俺の抗議を気にも留めず、アステルはさらりと言ってのけた。
「クローディアス、おまえもだ」
「自分も、ですか?」
まさか自分も指名されるとは思わなかったのだろう。
僅かに目を瞬かせながら、クローディアスが聞き返した。
「使用人の顔なんか、いちいち覚えていないかもしれんが、念には念をだ。屋敷内の構造を把握している人手は欲しい。あと、万が一トラブルが起きた時に対応出来る戦力もな」
「はぁ……、わかりました……」
クローディアスはどこか歯切れの悪い返事をしながら、小さく頷いた。
納得半分、諦め半分、そんな様子。
「ま、確かに黒犬くんもいた方が安心だよねぇ」
自分は待機勢だからか、気楽な様子でノクスが呟いた。




