仲直り
クローディアスがティアとセレナのいる部屋へ紅茶とケーキを運びに行った、ほんのすぐ後のことだった。
入れ替わるように、廊下の奥からこちらに向かって駆けて来る足音が響いてくる。
それは一直線に、迷いなく近づいてきた。
「レーイーンッ!!」
弾けるような声が聞こえた瞬間、顔をあげるよりも早く、後ろから勢いよく体重がのしかかってくる。
「ティア!?」
反射的に声が出る。
正面から足音が聞こえてきた筈なのに、今は背中側にぴたりとくっついている。
瞬間移動を使ったのだとすぐに理解した。
だが、そんなことよりも。
「もう大丈夫なのか?」
抱きつかれたまま、確認するように問い掛けた。
避ける必要はもう無くなったのかと。
「うん。……あの、いっぱい避けてごめんね?」
申し訳無さそうに下げられる眉。
元々責めるつもりなんて無かったけれど、そんな顔をされたら怒るに怒れない。
ふっと息を吐いて、軽く笑みを浮かべた。
「……気にすんな」
そう言いながら、肩に乗せられる頭へと手を伸ばす。
そっとその頭を撫でる。
気持ち良さそうに目を細めていた。
ふと、ティアの髪型が目に留まる。
「そういえばその髪……」
「これ?」
俺の視線に気付いて、自分の頭へと視線を向ける。
ティア自身からは見えない角度の筈だ。
それでも確認しようとするあたりが、素直というか、ティアらしい。
「なんかセレナがしてくれたの」
普段は纏め上げられることもなく、無造作に下ろされた長い髪。
汚れを知らない真白な髪は、そのままでも十分に似合っていたと思う。
でも。
「たまにはこういう髪型も良いかもな。似合ってる」
気づけば、そんな言葉が自然と口からこぼれていた。
「っ……」
背中越しでも分かるくらい、ティアの動きが止まる。
ティアの顔が、ほんのり赤く染まった気がした。
少し前なら、このまま勢いよく離れて逃げていった筈だ。
だけど今回は、俺の肩に顔を埋めるだけ。
逃げ出す様子も無さそうで、安心した。
「ひと安心、みたいですね」
遅れて部屋へ入ってきたセレナが、軽く肩を竦めながら呟いた。
その隣にはクローディアスが立っている。
「セレナぁー……」
セレナの存在に気付いた途端、ノクスが彼女の名を呼ぶ。
普段の彼からは想像出来ないほど、情けない声で。
「やっと帰って来たぁあああ……」
椅子からずるりと滑り降りると、そのまま小柄なセレナへと一気に距離を詰める。
そしてそのまま、ほとんど抱きつくようにしがみついた。
勢いに押されるように、セレナの身体が少しだけ揺れる。
「ちょ、ノクス……。重いです……」
セレナの呆れた声が返るが、ノクスは離れる様子が一切見られない。
むしろ安心しきったように、肩口に額を押しつけていた。
「無理。もう無理ぃ……セレナ不足で死ぬとこだったぁ……」
ふと、セレナの視線がテーブルへと向かった瞬間。
セレナの表情がぎょっと驚愕のものへと一変した。
「ちょっとなんですかこのケーキ!?ぐちゃぐちゃじゃないですか!自分が作ったからと言って流石に汚いです!」
視線の先にあるのは、白い皿いっぱいに広げられたザッハトルテ。
フォークでぐちゃぐちゃに崩し、押し潰し、かき混ぜたような有様だった。
チョコレートも生地もアプリコットジャムも、すべてが混ぜ合わされ、泥のように変わり果てていた。
その様はとても、成熟した大人がするような行動とはまるで思えない。
「ちゃんと食べるから良いのー」
「そういう問題じゃないでしょう!?」
セレナの声が即座に返る。
眉を顰めながら、明らかに納得していない表情だった。
「せっかくだからセレナが食べさせて?」
「はぁ?なにバカなことを言って……」
呆れたように切り捨てようとした、その瞬間。
「ダメ……?」
やけに甘えた声が、わざとらしく響く。
「っ……」
潤んだ瞳で上目遣いを向けられ、セレナの動きが止まった。
視線がわずかに揺れ、ため息をひとつ挟んでから――
「……もうっ、今回だけですからね」
観念したように、フォークを手に取った。




