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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第三章
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心地良い時間。そして、契約

この分厚い本は凶器に含まれないのかと、ふと疑問に思ったことがあった。


けれどノクスは

「殺傷できないものなら別に問題ないよ」

とあっさり言ってのけたのだ。


その時は、正直よく分かっていなかった。

ただ曖昧に頷いて、そういうものなのかと受け流してしまっただけだった。


けれど、ノクスが持ってくる本を読み進めていくうちに、少しずつその意味が理解出来た。


自分という存在のこと。

呪華と呼ばれる特殊な存在であること。

契約と、それを結ぶマスターへの影響。

呪華それぞれが持つ力は同じではなく、性質も在り方すらも個体ごとに異なること。

そして、核と呼ばれる種のような部分さえ壊されなければ、死に至らないということ。



そのうち、拒んでも、冷たくあしらっても、無視しても。

それでもなお、鬱陶しいくらいしつこく絡んでくるノクスとの時間が、

少しずつ、心地良いと感じている自分に気づいた。


気づいてしまった途端、居心地の悪ささえ感じてしまった。

本来なら、警戒すべき相手の筈なのに。

監視され、繋がれ、自由を奪っている側なのに。


それなのに、あの軽い声や、勝手な振る舞いに慣れていく。


逆に、あの騒がしさが無い方が落ち着かない。


だったら――。


「ノクス」


読んでいた本を閉じて、背筋を伸ばす。

ちゃんと彼の顔を正面から見るのは、これが初めてかもしれない。


これまで散々冷たくあしらってきたせいか、ノクスは少しだけ意外そうに瞬きをした。


「どしたの?改まっちゃってさぁ」


やけに緊張する。

喉の奥が急に乾いて、次の言葉を続けるのがほんの少し怖い。

それでも、ここで止めるという選択肢はなかった。


小さく息を吸う。

視線が揺れそうになるのを堪えながら、ノクスの手をそっと両手で包み込む。


その手を、自分の方へ引き寄せるようにして胸元へ添えた。

ノクスが一瞬だけ瞬きをする。


「え……」


それでも構わず、意を決するように口を開いた。


「約束します。もう自害は考えないと」


言葉を紡ぐにつれて、ノクスの表情が微かに歪む。


ノクスの首筋に、淡い青白い光が滲むように浮かび上がった。

蔦のような紋が、まるで意思を持ったかのように形を変え、ノクスの首へと絡み付いていく。


苦しそうに、何かを堪えるような気配が指先から伝わってくる。

それでも、ノクスは手を引こうとはしなかった。


いまさらここで止まるわけにはいかない。

息を整えるように一度だけ目を伏せて、それからもう一度、視線を戻す。


ノクスの手を握る力を、ほんの少しだけ強めて。


そのまま、言葉を続けた。


「あなたが生きている限り、あなたが私を見限らない限り、あなたと共に生きていきましょう」


言い切ったと同時に。

ノクスの首に絡んでいた青白い蔦が、ひときわ強く絞めあげた。


「ぐっ……っ……!」


喉の奥から絞り出されるような苦痛の声が漏れる。


さっきまでの軽さが嘘みたいに、ノクスの表情から余裕が消えていた。

それでも彼は、こちらから目を逸らさない。


今、苦しい思いをしているのは、ノクスの方の筈なのに。

こちらを気遣うように、その口元は、無理に形を作るみたいに緩く笑っていた。

代わりとばかりに、包み込んでいた手に、痛いくらいに力が込められる。


やがて、蔦の光がふっと弱まり、締め付けが静かに解かれていく。


残されたのは、首元に浮かぶ黒い蔦の紋様だけだった。


「……契約成立だね」


ノクスが肩で息をしながら、ゆっくりと目を細める。

呼吸はまだ整っていないのに、その表情にはどこか満足そうな色が滲んでいる。


安堵と、嬉しさと。


それに、ほんの少しだけ無茶をやり切ったような表情。


「よろしく。ボクのお姫様」


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