馴れ馴れしい距離と暇潰しの時間
お風呂から上がった後。
柔らかなタオルで、髪や身体の水気を丁寧に拭き取られた。
ふわふわとした感触が肌に触れるたび、落ち着かない気持ちになる。
その後、用意されていた服を着せられる。
真っ白なドレスだった。
汚れひとつない白。
幾重にも重なったレースが、少し動くだけでふわりと柔らかく揺れる。
布地も滑らかで、触れただけでも上質なものだと分かった。
地下牢で着せられていた粗末な服とは、まるで別物だ。
ただ、両手には未だ手枷が嵌められたまま。
そのせいで、肩紐も袖も無い露出の多い形のものが選ばれていた。
白い肩がそのまま晒され、風が触れるたび、ひやりと冷たさが走る。
「うん、やっぱりこういう服似合うねぇ」
満足そうに頷きながら、ノクスがこちらを眺めている。
その視線に居心地の悪さを覚えていると、すぐ後ろから呆れたような声が飛んできた。
「おまえ、そんな幼女趣味だったか?流石に趣味を疑うぞ?」
振り返れば、扉の傍で待機していたアステルが腕を組み、眉を顰めながらノクスを見ていた。
「ひどくない?せっかくこんなに可愛いんだから、オシャレしないと勿体無いでしょー?」
そう言いながら、ノクスは白く短い髪を指先で軽く持ち上げる。
濡れていた髪はすっかり乾き、柔らかく指の間を滑っていった。
改めて部屋の中を見回すと、白を基調とした家具で統一されていた。
どれも埃ひとつなく整えられていて、この部屋そのものが清潔さを主張しているようだった。
そんな部屋の中央に置かれていたのは、大きなベッドだった。
白いシーツに、ふかふかとした枕。
その端へ、手枷から伸びる鎖が繋がれる。
金属同士が触れ合い、じゃらりと重たい音が鳴った。
「いいか?くれぐれも凶器は持ち込むなよ。ミスって自害なんかさせたら俺が父上に怒られる」
鎖の状態を確認しながら、アステルが念を押すように言う。
面倒事を増やすなと、その態度がはっきり物語っていた。
ノクスはそんな視線を受けながらも、まるで気にした様子もなく手をひらひらと振る。
「わかってるって~」
ノクスは、あれから事あるごとに、私が閉じ込められている部屋へ顔を出すようになった。
朝も、昼も、夜も関係なく。
本当に暇なのだろうかと思ってしまうくらいの頻度で。
軽い調子で扉を開け、そのままずかずかと入ってくる。
部屋を訪れるたびに、何かしらを抱えている。
菓子だったり。
本だったり。
服だったり。
いらないと断っても、お構いなしにまた持って来る。
時間の許す限り、当然のように隣へ腰を下ろし、そのまま延々と話し掛けてくるのだ。
こちらが無視しても、気にした様子はまるで無い。
勝手に喋って、勝手に笑って、そのままひとりで会話を成立させていた。
反応なんて、まともに返したことはほとんどない。
にも関わらず、ノクスは楽しそうだった。
まるで、“聞いてくれるだけで十分”だとでも言いたげに。
話し疲れれば、今度は窓の外を眺めたり、本を読み始めたりと、好き勝手に過ごしていた。
まるで、そこが最初から自分の居場所であるかのように。
ノクスが持って来るものの中で、本だけは有り難かった。
拘束されたままでは、ベッドの上からほとんど動くこともできない。
時間が過ぎるのを待つだけの生活には、もう慣れてしまっていたけれど、それでも、何もしない時間と、何かをして過ごす時間とでは、時間の流れ方が全然違う。
ノクスが持って来る本は、とにかく統一感が無い。
歴史書。
誰かの空想の物語。
詩集。
勉学用の難しそうな本。
どれもこれも、方向性がばらばらだった。
しかも例外なく分厚い。
鈍器みたいに重くて、片手で持つのは難しい。
だからいつも、膝の上に乗せて読むことになる。
「これ絶対途中で眠くなるやつだよねぇ」
持ってきた本人は、そんなことを言いながら笑っていた。
私自身、読むのは嫌いじゃなかった。
暇つぶしという理由ももちろんある。
けれど、それだけではない。
ページを捲るたびに知識が増えていく感覚が、妙に楽しかったのだ。
その時間だけは、手首に嵌められた鎖の存在を少し忘れられる気がした。




