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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第三章
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迷惑なんて掛けてしまえばいい

「そんな……。どうすればいい?本当に治らないの?」


余計に不安を煽ってしまったようで、動揺が隠せていない。

ティアは床に座ったまま、ベッドの端へと両手を置く。

布を掴むように指先に力が入り、そのまま身を乗り出すようにしてこちらを見上げてくる。


白い髪が肩から滑り落ち、紅い瞳が真っ直ぐこちらを捉えていた。


「無理でしょうねぇ。それこそ、ティアがレインのことを嫌いにでもならない限りは」


その言葉の意味を、すぐには理解できなかったのだろう。

ティアは目をぱちくりと瞬かせたまま、固まってしまう。


「……え?」


小さく漏れた声には、戸惑いがあふれ出ていた。


「レインのせいなの?」


「そうかもしれないし、ティアのせいかもしれません」


多分、いや、間違いなく。

今の私は、意地の悪いことをしている。


答えはわかっているくせに、ヒントだけを与えて、肝心の答えははぐらかす。

ティアが混乱するのも分かっているのに、それでも最後まで教えない。


自分らしくない振る舞いだということは、自分でも分かっていた。


「どうしよ……。また迷惑掛けちゃう……?」


ティアが不安そうに、下を向いてしまう。


聖都での出来事を思い返しているのだろう。

あの時のことを、まだ引きずっている。


あれは、コレットによって、毒と同義のものを体内に流し込まれたことが原因だ。

決してティアの所為では無い。


だからこそ、気にする必要なんてないのに。


この純粋な子はそれを自分の責任のように抱え込んでいたのか、と肩を竦めてしまった。


そんなふうに思い詰めなくてもいいのに、と。


そもそも、あの場にいた誰もが分かっていた筈だ。

ティアが原因ではないことも、責められる理由がないことも。

迷惑だなんて、誰ひとり思っていない。


むしろその逆だ。


これまで、彼女がいなかったらどうなっていたかを考えるほうが自然なくらいで、

あの場でも確かに、彼女の存在そのものが、確かに支えになっていた。


気に病むことなんて、これっぽっちも無い。


だからこそ、私は続けた。


「いいんじゃないですか?」

と。


「なんで!?」


ティアが勢いよく顔を上げた。


さっきまで俯いていたのが嘘みたいに、赤い瞳が大きく見開かれていた。

驚きと混乱が、そのまま声になって飛び出してくる。


あまりにも素直な反応に、思わずふっと小さく笑ってしまった。


この子は本当に、分かりやすい。


「迷惑なんて掛けてしまえばいいんです」


淡々と、当然のことのように続ける。


「そもそも私たち、レインとクローディアス、2人を誘拐してるんですよ?それに比べたら些細な問題でしょう?」


そう告げると、ティアが一瞬だけ固まった。


あのまま何もしなければ、レインは何も知らないまま、殺されていたかもしれない。


偶然どこかでティアに関わるなにかに触れて、偶然その流れでティアと契約する形になっただけ。

彼は最初から、ただの巻き込まれた被害者に過ぎなかった。


暴走した馬車に、突然正面から突っ込まれたようなものだ。


そこを横から掠め取るように、彼を誘拐した。

彼の従者であるクローディアスまで巻き込む羽目になったのは、完全に想定外だったけれど。


それでも今では、欠かせない存在になっている。


最初の理由がどうであれ、事実として“誘拐した側”であることは変わらない。

初対面でやったこととしては、到底褒められたものではないだろう。


好感度が上がることはあっても、下がることは無い。

地に堕ちたも同然の好感度は、それ以上、下がりようが無いのだから。


「そう、だけど……」


そこまで言ってもなお、ティアはまだ納得しきれないまま、小さく言葉を零す。

その不安を断ち切るように、私は続けた。


「だから、迷惑なんていっぱい掛けてやれば良いんです。迷惑も、心配も、いっぱい掛けて、困らせてやりましょう?」


そこで一度だけ、軽く肩を竦める。


「彼が嫌な顔なんてしないのは、あなたが一番わかっているでしょう?」


ティアは小さく瞬きをして。

「……うん」

と、控えめに頷いた。





私はベッドに腰掛けたまま、そっとティアの髪へ指を差し入れた。

触れた瞬間、さらりとした感触が指先に流れ込む。


白い髪は見た目の繊細さそのままに、軽くて柔らかい。

掬い上げるたびに指の間をすり抜け、まとまりかけた束も、すぐに静かに崩れていく。


絡まないように気をつけながら、少しずつ丁寧に束ねていく。


細い髪が光を受けて淡く透け、指の間から静かにこぼれ落ちる感触が心地良かった。


持ち上げられた髪がくすぐったかったのか、ティアが小さく身じろぎする。


「……ねぇ」


不意にティアが小さく声をあげた。


「セレナはノクスに、そういう気持ちになったりしないの?」


その問いに、思わず手が止まる。


「私、ですか?」


そんなことを訊かれるとは思っていなかった。

驚きと困惑が、そのまま顔に出てしまう。


「どう、でしょう……?そんな甘酸っぱい思いは抱いたこと無いかも……」


自分で言いながら、首を傾げてしまう。

ノクスの顔を思い浮かべてみても、胸がざわつくような感覚は特に無い。


騒がしくて、目が離せなくて、放っておくとすぐ誰かにちょっかいを出している。


嫌いではない。

むしろ好意を寄せている方だ。


けれど、それはティアが想像しているような綺麗な感情とは少し違う。

もっとどす黒い。

独占欲と執着のようなもの。


「甘酸っぱい……?」


ティアが不思議そうに繰り返す。

その反応に、くすりと小さく笑みがこぼれた。


「ティアがレインに対して感じてるものですよ。胸がきゅっとしたり、相手のことを考えると落ち着かなくなったり……ね」


「そっか……!」


ようやく腑に落ちたのか、ティアの表情がぱっと明るくなる。

さっきまで不安そうに縮こまっていたのが嘘みたいに、すっかり元気を取り戻していた。

その変化だけで、こちらまで少し嬉しくなる。


「ね、そういえば、セレナはどうやってノクスと出会ったの?」


ティアが唐突に思い出したように顔を上げる。

さっきまでの不安はどこへ行ったのやら、好奇心に満ちた瞳だった。


私は一度だけ瞬きをした。


「面白いものでもないですよ?」


そう前置きする。


あれは決して、軽く話せるようなものではない。

綺麗な話でもなければ、思い出として語るには重すぎる。

むしろ聞かなければよかったと思われてもおかしくない種類のものだ。


そんな話でもいいのかと、意味を込めて、確認した。

けれどティアは、構わないと小さく頷いた。


「いいの。聞きたい」


真剣な声で言われてしまう。

せっかく元気を取り戻してくれたばかりなのに、また曇らせるのは避けたかった。


話すべきか、黙るべきか。

少しの間悩んで、小さく息を吐いた。


「……わかりました」


観念したように呟き。


私はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


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