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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第三章
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レインを避ける理由

ノクスの部屋に連れて来られた後。

私は、膝を抱えて座り込むティアの背中をじっと見つめていた。


暗い紫色で統一された部屋。


厚手のカーテン。

黒紫の絨毯。

どこか退廃的な雰囲気を纏った調度品。


ノクスらしいと言えば、確かにらしい部屋だった。


2人の部屋とは言え、私はほとんど口を出さないものだから、必然的にノクスの好みに合わせられている。


その部屋に置かれた広いベッドの上に、私は座っていた。


対してティアは、少し離れた床の上に、ベッドを背もたれにして座り込んでいた。

両膝をぎゅっと抱え込み、顔を埋めるように俯いている。


部屋の中には沈黙だけが流れていた。

普段のティアなら、もっと騒がしく喋っている筈なのに。

思ったことをそのまま口にして、ころころと表情を変えて。

嬉しさも、不満も、驚きも、全部そのまま外に零れてしまうタイプだ。


じっと黙り込んでいる方が珍しい。

それなのに今は、膝を抱えたまま俯いている。

白い髪が顔を隠し、その表情も見えない。


「ねぇ、ティア?」


静かに呼び掛ける。

ティアの肩が、ぴくりと小さく跳ねた。


「そろそろ打ち明けてくれませんか?どうしてそれほどまでに、レインを避けているのか」


「……別に、避けてなんてないもん」


ぼそり、と。

ティアが膝へ顔を埋めたまま、小さく反論した。

その声には、いつもの勢いがまるで無い。


「避けてるでしょう? 目を合わせませんし、話しかけられたら逃げる。最近は寝る時間までずらしているみたいじゃないですか」


淡々と並べた言葉は、責めるためのものじゃなかった。

ただ、事実をひとつずつ拾い上げただけ。


けれど、それが逆に効いてしまったのかもしれない。


ティアの身体が、目に見えて小さくなっていく。


ぎゅっ、と。

膝を抱える腕にさらに力がこもって、丸まった背中がいっそう縮こまる。


白い髪が顔を覆い隠したまま揺れて、その隙間から覗く耳だけが、ぽうっと淡く色づいている。

ほんのりとした赤。


熱を持て余したみたいに、隠しきれない感情がそこに滲んでいた。


ティアは唇を噛んでいるのか、それともただ何も言えないままなのか、顔が見えないせいで余計に分からない。


やがて。

「……わかんない」

と小さく呟いた。


ようやく絞り出された言葉は、細くて頼りなくて。

さっきまでの否定よりも、ずっと弱い響きだった。


「わかんないけど、おかしいの。レインはいつも通りの筈なのに、レインの顔を見れないの」


膝に顔を埋めたまま、ティアがぽつぽつと言葉を零していく。


「クローディアスも、セレナ、ノクスも、アステルも、ちゃんと見れるのに。レインの顔だけ、まっすぐ見れないの」


ティア自身、自分でも分かっていないのだろう。

それでも、私に説明する為に、どうにか言葉にしようとしている。


「顔が熱くなって、お腹のとこがキュってして、心臓なんて無いのに、すごくうるさい気がして……」


言いながら、途中でぎゅっと目を閉じた。

その仕草が、もう限界だと訴えているようだった。

できるならそのまま消えてしまいたいとでも言いたげに、肩が小さく縮こまる。


恥ずかしさと困惑が同時に押し寄せて、自分の中で処理しきれていないのが見て取れた。

言葉にすればするほど、自分の状態がはっきりしてしまうのが怖いのかもしれない。


それでも、ティアは止まらない。


「なんだか恥ずかしくなって、レインの顔がちゃんと見れないの」


部屋の中に、ティアの小さな声だけが落ちていく。

その声はどこか、震えているようにも聞こえた。


ティアはそのまま、膝を抱える力を強めた。

指先が白くなるくらいに力が入っているのが見える。


「いつも、どこにいても、一緒にいるのはなんとも思わなかったのに、落ち着かない。ご飯だって、みんなみたいに綺麗に食べられないから、汚いって思われちゃったら嫌って思っちゃって……」


言葉を重ねるほどに、声が小さくなっていく。

途中で、ティアはぎゅっと唇を噛みしめた。


「一緒にいるのが、不安なの……」


最後の一言は、ほとんど消え入りそうな声だった。

まるで、その不安を口にしてしまったこと自体が怖いみたいに。


「ティア、それって……」


私が言いかけた、その時。


ティアが勢いよく振り返った。

ふわりと白い髪が揺れ、その下から不安に揺れる赤い瞳がこちらを真正面から射抜いた。

さっきまで膝に埋もれていたとは思えないほど、必死な視線。


「セレナは知ってるの?もしかして、また私、病気になっちゃった?」


縋るような声で問い掛けられた。

その内容に、思わず目を瞬かせる。


それからすぐに、くすり、と笑みが零れた。

呆れと、安堵と。

どこか微笑ましさまで混ざり合ったような、小さな苦笑。


ああ、そういう風に考えてしまうのか、と。


ティアはそんな私の反応を見て、ますます不安そうに眉を下げる。


「そうですね」


自分でも驚くほど、穏やかな声が出た。


ベッドに腰掛けたまま、ティアを見つめる。


まるで、これまで知らなかった自分の一部に気付いてしまって、その扱い方が分からず戸惑っている子供みたいだった。

その姿を見ていると、なぜだか自分のことみたいに嬉しくなる。


「ティアは病気になっちゃったみたいです」


ティアの瞳が、微かに揺れる。

その視線を受け止めたまま、私は言葉を続けた。


「それも、治らない病気に」

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