ティアの変化
おかしい。
聖都から帰ってきてから――
いや、もっと前からかもしれない。
大聖堂での戦いが終わったあたりから、ティアの態度が明らかに変わっていた。
目が合えば、あからさまに視線を逸らされる。
声を掛ければ、反射的に背を向けられ、逃げていく。
今までなら、こちらの事情なんてお構いなしに風呂にまで乱入してきていたというのに、それすらない。
極め付けは就寝時だ。
どうやら俺が寝た後にこっそり部屋へ入り、布団の中に潜り込み、俺が起きる前には出ていくという生活をしているらしい。
避けられている……、のだろうか。
けれど、完全に嫌われているような雰囲気でもない。
そこが余計に、調子を狂わせる。
俺に対してだけ距離を取るくせに、他の人に対してはいつも通りだ。
いつも通りに目を合わせ、普通に話して、いつも通りの態度だというのに。
「俺なんかしたかなぁ……」
机に突っ伏しながら、ぽつりと呟いた。
隣で紅茶の準備をしていたクローディアスが、手を動かしながら口を開く。
「ティアのことですか?」
「うん」
机に突っ伏したまま、短く返した。
湯気の立つティーポットを傾けながら、クローディアスはちらりと、こちらへと視線を向ける。
あの時。
大聖堂で、フィサリスの身体が崩れ落ちたところを見届けた後。
すっかり意識を失ってしまったジェイクを背負い、来た道を全力で駆け抜けた。
礼拝堂まで戻って来た時、真っ先に鼻をついたのは焼き焦げた臭いだった。
遅れて、視界へ炎が映り込む。
礼拝堂のあちこちで火の手が上がっていたのだ。
爆発の余波なのか、砕けた瓦礫や焦げ跡がそこかしこに広がっている。
その中で、最初に目へ入ったのはセレナとノクスの姿だった。
後ろに手をついたまま床へ座り込むノクス。
そして、その背後から抱き締めるように腕を回しているセレナ。
まるでセレナが、無理やりノクスを安全圏まで引きずってきたかのような体勢だった。
こちらに気付いて、視線を向けられるものの、何も言わない。
頬を掠る炎熱に眉を顰めながら、足を進めた。
先ほどまで、ノクスとセレナの2人が見つめていた方向、礼拝堂の奥へと視線を移す。
そこに立っていたのは、クローディアスだった。
片手に剣を持ったまま、力なく切っ先を下ろしている。
何かを見つめたまま、完全に放心していた。
そのさらに先に見えたのは、床へ倒れ込む小さな人影。
その姿を目にした途端、胸騒ぎがして、駆け出した。
そこに倒れているのが誰なのかなど、考えるまでもなかった。
純白の長い髪。
色白の肌。
黒い服。
それらを赤く染め上げながら、血溜まりの中で、丸まるように横たわるティアの姿がそこにあった。
周囲には、黒紫の巨大な花弁が散らばっている。
まるでつい先ほどまでそこに咲いて、朽ち落ちたばかりの花の残骸のように。
「ティアっ!!」
思わず叫びながら駆け寄る。
床に膝をついた瞬間、鉄臭い血の匂いが一気に鼻を刺激した。
息が詰まりそうになる。
それでも構わず、震える手を伸ばした。
触れていいのかどうか、一瞬だけ迷う。
けれど次の瞬間には、その躊躇いごと振り切るように肩へ手をかけていた。
「おい!返事しろ……!」
揺すった拍子に、ティアの睫毛がかすかに震える。
やがて、閉ざされていた瞳がゆっくりと開かれる。
ぼんやりと焦点の合わない視線が彷徨い、それからようやく俺の姿を捉えた。
「ぅ……ん……」
小さく声を漏らしながら、ティアはゆっくりと身体を起こす。
まるで昼寝から起きたばかりみたいに、片目を擦りながら。
ついさっきまで血溜まりの中へ倒れていたとは、とても思えない、あどけない表情を浮かべていた。
「ティア……?」
恐る恐る名前を呼ぶ。
ティアはまだ少し眠たそうに目を細めたまま、こちらを見上げる。
そしてすぐ、驚いたように目を見開いて、顔を逸らされてしまったのだ。
俺がジェイクとフィサリスの本体を捜しに行っていた間に、何が起きたのか。
後でクローディアスへ訊ねてみても、返ってきたのは曖昧な答えだけだった。
「申し訳ありません。上手く、説明出来る気がしなくて……。自分も、なにがなんだか……」
その場にいた筈のノクスとセレナも、似たような反応だった。
誰もが、何が起きたのか見ていた。
けれど、見ていたはずなのに、理解が追いついてない。
その場にいた全員の理解の範疇を超えた何かが起きていたということしか、わからなかった。




