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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第二章
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吞みこまれたもの

――ほんの少し前。

まだレインがジェイクたちを捜し、廊下を駆けていた頃。


図書室から離れた大聖堂の広間にて。


フィサリスが腕を振るう次の瞬間。


複数の手榴弾が、ばら撒かれるように宙へ放たれた。

黒い鉄塊が床を転がり、壁へぶつかり、無造作に周囲へ散らばった。


「げ……、マジ?」


ノクスが口元を引きつらせながら、小さく呟きを漏らす。


そのすぐ後。


轟音が響き、凄まじい爆炎が、一帯を包み込む。

熱風が室内に広がり、爆発の衝撃でステンドグラスが激しく震えた。

耳を(つんざ)くような破裂音が幾重にも重なり、黒煙と炎が視界を埋め尽くしていく。


「この爆炎の中、流石に生きてはいないでしょう」


爆炎を見つめたまま、フィサリスが呟いた。


轟々と燃え盛る炎が広間を赤く照らし、熱気が肌を焼くように押し寄せる。

炎が、部屋に敷かれた濃赤の絨毯へと燃え移り、広がっていく。


この爆炎の中、普通なら、生きていられる筈がない。


だが――。


爆炎の中心には、誰の姿も無かった。


代わりに、ひらり、と。

焼け焦げた白い花弁が、炎の中から舞い落ちた。


「……あっぶなかったぁ~」


間延びした声が、離れた位置から聞こえた。


驚いたフィサリスが勢い良く振り返る。


そこには、床に手をついたまま座り込むような体勢のノクスの姿。

そして、その背後から、ノクスの身体を抱き締めるように腕を回したセレナの姿があった。


いつの間に移動したのか、2人は爆発範囲の外へと退避しているではないか。


「いやぁ、今のはちょっとシャレにならなかったんだけどぉ?」


「気をつけてください」


セレナは無表情のまま続ける。


「あなたが生きていないと、この命は無価値なのですから」


「ん~……その言い方、ボク好きじゃないんだけどなぁ……」


困ったように苦笑するノクス。

だが、セレナは気にも留めず、じっとフィサリスを見つめていた。


「……そんなことより」


「えっ、そんなことってひどくない?」


軽口を挟むノクスを無視したまま、セレナが言葉を続けた。


「フィサリスの様子が……」


そのセレナの呟きにつられるように、ノクスも視線を向ける。


フィサリスの身体が突如、なんの前触れも無く、

影が消えるように、ふっと風に攫われるように掻き消えてしまった。


「消えた……」


セレナがぽつりと呟く。


そしてすぐに。


ノクスの口元が、ゆっくりと吊り上がった。



「どうやら、お坊ちゃんが間に合ったみたいだねぇ」




――――





一方、その頃。


コレットの隣でもまた、異変が起きていた。


「え……、フィサリス?」


すぐ傍にいた筈のフィサリスが、突如として闇へ溶けるように消え失せる。

その光景を目にした瞬間、コレットの瞳が大きく見開かれた。

これまで頑なに余裕を崩さなかったその表情から、初めて明確な動揺が現れた。


「待って……、嘘……」


信じられないものを見るように、コレットはフィサリスが直前まで立っていた場所へと手を伸ばした。

だが当然、その指先が何かに触れることはない。

何も掴むことも出来ず、ただ空を切るように、指先だけが虚しく宙を掠めるだけだった。


「どう、して……?」


呆然と呟く声は、微かに震えている。

余裕を装うことも忘れたように、コレットは目を見開いたまま。


まるで、自分の理解出来ない何かが起きたとでも言うように立ち尽くしていた。


不意に――。

どすっ、と鈍い音が響いた。


「……え?」


コレットが、自らの胸へと、ゆっくりと視線を落とす。


そこには、2本の刃が深々と突き刺さっていた。

白い法衣を、じわりと赤が染め上げていく。

遅れて広がった熱と、焼け付くような痛みに、コレットの肩が小さく震えた。


「っ……」


血が、ぽた、ぽたと床へ落ちた。


ゆっくりと視線を上げる。

その目の前に立っていたのは、ティアだった。


両手で短剣を握り締めたまま、彼女はコレットを真っ直ぐに見つめていた。


「お、ねえ……さま……」


震える声だった。

泣きそうになるのを、必死に堪えているような、掠れた声音。


信じられないものでも見るように、コレットの瞳が大きく見開かれ、揺れていた。


そのまま、糸が切れたように、コレットの身体から力が抜け落ちた。

ぐらりと前へ傾き、そのままティアの方へと倒れ込んでいく。


反動で、胸へ突き立てられていた2本の刃がさらに深く沈み込む。


肉を裂く鈍い感触が、ティアの短剣を握る手へと、生々しく伝わってきた。


「ぁ……っ、ぁ……」


コレットの唇が微かに震える。

消え入るような声を、唇から漏らしながら。


「っ、おい!ティア!?」


突然、クローディアスの声が響いた。

焦りと驚きが入り混じった声音で、叫ぶように、ティアの名を呼ぶ。


異変に気付き、駆け寄ろうとした、その瞬間。


どろり、と。


床に広がったコレットの血溜まりから、巨大な黒ユリが咲き誇る。

禍々しい花弁が音もなく開き、ティアとコレットの身体を包み込むように広がっていった。


「なっ……!」


クローディアスが目を見開く。


黒い花弁は檻のようにゆっくりと閉じ、やがて、2人の姿を完全に覆い隠した。






重なり合っていたはずの花弁が、ゆっくりとほどけるように開いていく。


再び黒ユリが開いた時。


そこに残されていたのはティアだけだった。


力を失ったように、あるいは深い眠りに落ちたかのように。

床の上で、小さく丸まるようにして倒れている。


呼吸はあるものの、意識はない。


一緒に呑み込まれたはずのコレットの姿は、どこにも見当たらなかった。

周囲を見渡しても、痕跡ひとつ残っていない。


血溜まりだけが残る空間に、静けさだけが広がっていた。


まるで最初から、そこに“コレット”という存在そのものが、無かったかのように。


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