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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第二章
76/87

その身が傷付くことも厭わない

ギチ……ッ、と軋む音が響く。


奇襲を仕掛けていた筈のフィサリスが、いつの間にか全身をワイヤーで絡めとられていた。


細く、鋭く、透き通るような銀色の線。


光の加減次第では完全に景色へ溶け込み、注意深く目を凝らさなければ、そこになにかが張り巡らされていることすら気付けない。


腕。

胴。

脚と。


まるで獲物を捕らえた蜘蛛の糸のように、容赦なくフィサリスの身体へと食い込んでいた。


わずかに身じろぎするだけで、ギチギチと耳障りな音が鳴る。

そのたびに、彼女の身体をさらにきつく締め上げていた。


その拍子に、ワイヤーの接触箇所から纏っていた布が裂ける。


裂けた布の隙間から、露わになった白い肌に赤い線が走り、滲み出した鮮血が細いワイヤーを伝って静かに滴り落ちた。


あちこち皮膚が裂け、肉に食い込んでいるというのに、フィサリスは顔色ひとつ変えなかった。


「奇襲爆破なんて、ちょっと乱暴すぎじゃないかなぁ?仮にも聖職者でしょ~?」


ノクスが、ワイヤーの持ち手部分を強く握り締めながら軽口を叩く。


「今さらでしょう?正体も、なにをしていたのかも知られた今、慎みを持っても手遅れというものですよね」


まるで他人事を語るような口調。


孤児院で見せていた優しい表情なんて何処にも無い。

どうでもいいとすら思っていそうな、冷え切った諦観のみ。


目の前で自分の身体が傷付いているというのに。

まるで関心すら抱いていないように見える。


痛みも。

流れる血も。

裂けていく皮膚も。


そのすべてを、“どうでもいいもの”として切り捨てているような、凍えるほどに冷たい目。


その様子を眺めながら、ノクスが目を細める。


「それもそうだねぇ」


どこか納得したように、小さく呟いた。


そんなやり取りをしながらも、ワイヤーを握る手の力は緩めない。

一方で、フィサリスの視線が、ゆっくりと自分の身体へと落とされる。


裂けた衣服。

ワイヤーに伝う血。

白い肌に幾つも刻まれた赤い傷痕。


それらを見て、「はぁ……」と溜め息をひとつ。

目を伏せながら、わざとらしく零した。


「……そもそも、そういうあなたこそ、女性の柔肌に傷を付けて人の心無いのでしょう、――か!」


最後の瞬間。

フィサリスの声色が強く、鋭いものへと変わった。


伏せていた瞼を上げ、拘束されたままの身体を無理やり捻る。


ギチリ、と嫌な音をさせながら、張り詰めたワイヤーがさらに深く食い込む。

薄く裂けていた傷口がさらに押し広げられ、鮮血が飛び散った。


それでも構わずに、フィサリスは腕を動かす。

まるで痛みなど感じていないかのように。


そのまま、自らのスカートを乱暴に掴み、強引に引き千切った。

ビリッ、と布が裂ける音が響く。


直後。


ボト、ボトボトッと重たい音を立てながら、なにかが次々とこぼれ落ちた。


鈍い黒鉄色。

異様な存在感を放つ、不気味な球体。

それは、鬼灯の形をした手榴弾だった。


コロコロと床に転がると、それらが一斉に緋色の光を放った。


小規模な爆発が連続して炸裂する。

先ほどよりも威力の弱い、小規模なもの。


煙幕。

あるいは、拘束から逃れる為だけの自爆行為。


そんな意図が透けて見える爆発だった。


フィサリスとの距離は離れていたこともあり、ノクスやセレナの位置までは爆風すらも届いていなかった。

熱風が僅かに頬を撫でる程度。


代わりに、爆発の中心付近だけが煙に包まれていた。

焼けた匂いと、焦げた布の臭気が漂う。


張られていたワイヤーが、張力を失い、弾け飛んだ。


「……自分すらも、作れるってことですか」


立ち込める煙を見つめたまま、セレナが静かに呟く。

ゆらりと、立ち込める煙の中から、人影が姿を現す。


フィサリスだった。


煙の中から現れたフィサリスの身体には、先ほどまで刻まれていた傷が一切存在していなかった。


裂けていた筈の皮膚も。

血に濡れていた白い肌も。

ワイヤーで深く抉られていた傷痕さえも、何事もなかったかのように消えている。


まるで最初から、傷など存在していなかったかのように。

ノクスの付けた傷のすべてが、綺麗さっぱり消えていた。


代わりとばかりに、被っていたベールだけが脱ぎ捨てられている。

床へ落ちたそれは爆風に煽られ、煤に汚れながら転がっていた。


さらにはスカートも大きく破られている。

だが、それは先ほど拘束されていた時に無理やり裂いたものとは違う。

太腿の動きを阻害しないよう、最低限の布だけを残した、動きやすさを重視した破り方。


まるで戦闘用に調整したかのような裂き方だった。


拘束されていたフィサリスと、今そこに立つフィサリス。

同じ姿だが、あちこちに相違点が見られる。


拘束されていたのは別の個体。


――実体のある幻。


そう考えるのが自然だろう。

なにせ、それこそがフィサリスの能力なのだから。

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