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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第二章
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様子のおかしい住人たち

不意に、足音が響いた。

石畳を踏む渇いた音が、ゆっくりとこちらへと近付いてくる。


その場にいた全員の視線が、一斉にそちらへ向いた。


視線の先。

暗闇の中から街灯の明かりに照らされて、その正体が鮮明になる。


「ミーナ?」


思わず、驚きの声が漏れる。

それは見慣れた少女の姿だった。


「なんでこんな時間に?マナが心配するんじゃないのか?」


普通なら寝静まり、出歩くことの無い深夜の時間帯だ。


駆け寄ろうと足を踏み出そうとしたところ。

クローディアスが俺の身体の前へ腕を伸ばし、引き留めた。


「レイン様。待ってください」

「え?」


予想外の行動に、思わず足を止め、クローディアスを見る。

クローディアスは視線をミーナへ向けたまま、警戒するように目を細めていた。


「様子がおかしい」


その言葉に、改めてミーナへ視線を向ける。


足取りが妙にゆったりとしている。

こちらの問い掛けにも、一切の反応を返さない。


なにより、決定的なのはその目だ。

虚ろな目は焦点が合っておらず、まるで何も映していないようだった。


「……ミーナ?」


嫌な予感を覚え、もう一度その名を呼ぶ。

けれど、やはり返事は返ってこない。


ぴくりとも反応を示さないまま、ただ、一定の速度でこちらへ近付いて来るだけだ。


薄暗さのせいで気付くのが遅れたが、その右手には農作業用の鎌が握られていた。

月明かりを受けた刃が、ぎらりと鈍く光る。

ミーナは鎌を持ったまま、ふらつくような足取りでこちらへ近付いて来る。


「あらら、彼女、聖女サマの魅了に掛かっちゃったっぽいかなぁ。自分の意思で動いてないっぽいよねぇ。あれ」


「いつの間に掛けられたんでしょう」


ノクスとセレナが冷静に状況を分析する、


「……ミーナひとりじゃないっぽい」


ティアの言葉に、反射的に顔を上げる。


ミーナの更に後ろの方から、次々と人影が姿を現す。

その誰もが、虚ろな目をしていた。

焦点の合わないまま、ふらふらとした足取りでこちらへ歩み寄ってくる。


その手にはクワや斧、包丁などの、様々な道具が持たれている。

本来なら生活の為に使用される筈の物ばかり。

だが今は、どう見ても凶器にしか見えなかった。


その切っ先は揃ってこちらへと向けられていた。


「住人全員を使って、ティアたちを捕らえようって魂胆みたいですね。もしかしたら私含め、他はこの場で殺すつもりかもしれませんが」


敵意を剝き出しにされ、囲まれている。

にも関わらず、セレナは相変わらず冷静なままだ。


「え~、やだなぁ。殺されるならお姫様に殺されたい~」


ノクスは口元を袖で隠しながら、くすくすと笑う。


こんな状況だというのに、冗談を言う口は止めない。

言っていることはどちらにしろ物騒だが。


力など一切入っていなかった筈の指先が、今はしっかりと鎌の柄を握り締めていた。

鈍い刃がわずかに角度を変えた、次の瞬間だった。


ミーナの足が地面を蹴り、こちらへ向かって駆け出してきた。


なんの躊躇いも無く、鎌が振り下ろされる。


すぐさまクローディアスが前に出る。

鞘に納めたままの剣を横に構え、迫りくる刃を受け止めた。


「っ……!」


想像以上に重い一撃に、クローディアスの表情が微かに歪む。

戦い慣れしているどころか、人に刃物を向けることすら出来なさそうな彼女が、今は一切の躊躇も無く、刃を振り下ろしてくる。


本来なら、恐怖や戸惑いで動きが鈍るはずだ。

だが、今の彼女には、それが一切無い。


まるで痛みも感じず、恐れも抱かず、ただ“命令されたままに動く人形”だ。


「ティア、もういつも通りに動けますか?」


セレナが振り返り、ティアへと視線を向ける。

病み上がりと言っても過言では無いティアの体調を気遣ってのことだろう。


その言葉にティアが力強く頷いた。


「大丈夫。みんな、眠らせればいい?」


「お願いします。その間にまた空間を開きますから。ノクスも。いいですね?」


セレナは短くそう告げると、すぐに視線を周囲へと戻す。


「はいはい……。大丈夫?お坊ちゃん。まだまだ頑張れそ?」


人使いが荒いと言わんばかりに、気怠そうに返事を返すと、苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。

ノクスが軽く振り返り、いつもの調子でこちらに問い掛けられた。


「あぁ、勿論だ」


こくりと頷く。


その言葉を合図とするように、クローディアスがミーナの鎌を押し退けた。

鈍い衝突音とともに刃が弾かれる。


同時に、ティアが静かに一歩前へ出た。


俺も自分の首元にそっと手のひらを当てる。


「ティア!全員眠らせろっ!」


俺の声が響いた瞬間、足元に無数の黒ユリが咲き乱れていく。

ティアの立つ場所を中心に、紫を帯びた黒い花弁が次々と広がり、円を描くように陣地を形作っていく。


静かな夜をさらに深く塗りつぶすような、闇を彩る深い黒。


蕾のまま、円を描くように陣地を広げ、

やがて、ゆっくりと、そのすべてが花を開かせた。


足元に黒ユリが広がった途端、ミーナを含めた街の住人たちが次々と力を失い、その場に崩れ落ちていった。

まるで糸が切れた操り人形のように、抵抗の欠片も無く倒れていく。


「セレナ、扉を開いて」


続くように、ノクスが命じる。

穏やかな声が辺りに沈み込み、セレナが手を翳す。


彼女が手を翳した場所のすぐ目の前。

薄く亀裂が入り、空間が裂けた。


「行きましょう」


セレナの一言に、全員が頷く。


躊躇いなどは一切無い。

次々とその裂けた空間の中へ身を投じていく。

冷たい風のような感覚が肌を撫で、視界が一瞬だけ歪んだ。


当然のように、ノクスがセレナの身体を抱き上げながら、彼もまた、裂け目の中へと飛び込んだ。

抵抗することもせずに受け入れながら、セレナが言葉を続けた。


「行き先は、大聖堂に設定しております。恐らくそこに……、フィサリスも、コレットもいます」

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